食料調達
本日はもう1話投稿します。
「はいでは只今より会議を始めたいと思う。とにかく沢山情報を寄こして欲しい」
「「「御意」」」
俺は灰色世界に戻りダークエルフ達と円になって腰を降ろしていた。両隣にタンザナイトとデボル長老が陣取り、右に女性エルフ、左に男性エルフの代表が俺に視線を向けてきている。総勢でも僅か20人足らず……生き残り自体が少なすぎだ。
「必要な人はこれで全部ですか?」
「うむ、あまり頭数を増やしても実がないですからな」
因みに勇者は部屋に置いてきた。彼に建設的な話し合いなんて求めてないし、居ても混乱を招くだけだ。
そうなるとこの場での指揮系統は俺と長老に一任される訳だ。
少し緊張するが、程々に頑張ろう。
「では最初に、何が起きたのか説明してほしい」
「それは私がお話ししましょう」
説明役を買って出たのはここの長であるデボル長老であった。長老はしゃがれた咳払いを一回すると、事の顛末を語りだした。
「あれは一週間前の真夜中のことです。森の奥から理解し難い程の魔物の群れが我等が里に迫ってきたのです。
私を含めて村の戦士を総動員にして敵を周囲の防壁で食い止めていたのですが、魔物どものあまりの数と異常な肉薄攻撃により苦戦に苦戦を重ね次第に疲弊していきました。
エルフからの援軍にも期待出来ません。魔物どもは毎夜のように押し寄せてきて、遂に空から飛来する魔物を里に入れてしまいました。
そこからは地獄です。前線は崩壊し多くの仲間が倒れました。皆散り散りに逃げて逃げて……生き残った者がこの【安息地】に逃げ延びたのです」
目を瞑り時より頭痛に耐えるような仕草を見せながらも、長老は全てを語ってくれた。
全てを預かる長として、多くの仲間を死なせてしまうという悲劇はどんなに辛いだろうか。人間社会では数の増減でしかない兵士の命も、彼等にとっては家族を失うに等しい。
それは話を聞くダークエルフ達の表情を見れば分かる。
しかし、この話の中で俺にはどうしても解せない部分がある。襲ってくる魔物が異常な攻撃をしてきたという点だ。
一部の狂信的な私設軍隊ならいざ知らず、本能で生きている魔物が命を掛けて敵を倒そうとするだろうか? いいや絶対にない、相手が絶滅するまで攻撃するのは人間とドワーフと魔族くらいのものだ。
「攻撃してくる魔物に何か違和感は感じなかったか?」
「違和感……はい、どれもこれも薄気味悪い目で見てきやがりますんで……腹を差しても死ぬまで戦おうとするんでさぁ」
「薄気味悪い目か……」
戦ってる最中、それも敗色濃厚な状態では敵が何時もより遥かに怖く見えるものだ。これだけでは何とも判断出来ないが「気のせい」で一蹴するには危険過ぎる。
「敵は虫系の魔物で、何時もよりずっと好戦的になっていたんだな?」
「ああ、あいつら普通じゃなかった。アラネアがオルミガみたいに行進してくるんだ、今思い出しても吐き気が……オェェッ!!」
「ラウル! ラウル大丈夫!?」
戦士らしき女性が最後まで言えずに戻してしまった。何を思い出したかは俺には予想も出来ない。一先ず落ち着かせるよう背中を擦っていた女性に彼女を下がらせるよう頼む。
アラネア種は基本的に単独で生活する魔物だ。大物の獲物を貪っていて同じ場所に居ることはあっても、一緒になって行動するなんてことはあり得ない。
幾ら飯に困らなかろうが絶対にいつか仲間割れを起こして自滅する、団体行動なんてもっての他だ。
嫌な予感がする。これはただの魔物の異常行動で片付けられる問題じゃない。明らかにそれ以上の何か異変が起きている。
しかも最悪なことにそれを調べる手立てが見つからない。何か他に有益な情報はないものか……。
「前兆みたいなことはなかったか? 例えばドラゴンが森に居着き始めたとか……」
「森の最深部はデスセクトが支配している。ドラゴンでも安易には近付かん」
「デスセクト……」
【デスセクト】話には聞いたことがある。戦闘に特化した昆虫種族で、4種類の階級を持つ森の支配者だと言う。チェスに例えて【ポーン】【ルーク】【ナイト】【ビショップ】に区分されるこれらの魔物は、軍でもギルドでも"絶対に交戦してはいけない魔物"として扱われていた。
お伽噺にも出てくる悪魔で、魔王を倒す秘宝を求めて勇者が戦った最大級の敵でもある。勇者の鎧は切り裂かれ、戦士の斧は砕かれ、最後は仲間を一人失ってしまう。
森の絶対的支配者にして調律者。彼等がこの時代まで残っているのなら、そりゃドラゴンでも恐くて近寄れないわな。
俺は頭に拳を置いて思考に耽る。確かに異常は起きているが、その原因は尻尾も掴めていない。生き残りのダークエルフの精神状態は劣悪を極めている。
「…………」
「じ、ジェード殿……」
「……よしっ」
不安を声に出さないよう振る舞いながら立ち上がる。全員の目が俺の次の動きに最大の注意を向けているのが分かる。ここでふざけたことなんて抜かしたら一気に統率が崩壊するだろう……だが俺はここで敢えて明るい声でこう言い放った。
「じゃあ飯にしよう! 食いたい物あるか?」
空気が停止した。比喩ではなく現実に。
「は、ハァ!?」
タンザナイトに関してはもう完全に「何言ってんだコイツ」って顔をしている。だが俺は態度を変えない。方針はもう決まっているのだ。
「せ、戦士様。貴方は何を……」
「腹が減った」
「はい?」
「腹が減ったと言うんだ。こんな空腹で戦えるかっ、俺は食料を採りに行く! 情報は充分集まったから次は食事だ。飯にするんだ」
困惑する面々に被せるように「飯だ飯だ」と捲し立てる。理解を得るなんて今は二の次だ、とにかく彼等の頭から恐ろしい現実を忘れさせるのだ。
「君、食べ物や調理器具は何も無いんだな?」
「は、はい! 全部置いてきてしまって……」
「俺が取りに戻る。腕に自身のある者と、それから食料がある場所を把握している者に同行して貰いたい。誰か居るか?」
そう言うと前列の方からチラホラと立ち上がる者が現れた。
「た、戦いなら俺が」
「食料の場所なら私も……」
「護衛は任せておれ」
多くは筋肉質な戦士だが、中には細身の非戦闘員も立ち上がってくれた。一歩遅れて隣のタンザナイトも立ち上がった。
「馬鹿にしか見えないですが……心配なので付いていってあげます。感謝して下さい」
「おう、お前が居れば百人力だ」
「…………」
立ち上がった者達は非戦闘員を除いて15人。一位階級の戦士5人の内3人を残していくとしても12人、単純計算で非戦闘員を6人で護衛することになる。
「2部隊を編成して仕事に移る! 1部隊は里に戻り物資の回収、もう1部隊は水と食料の確保を担う! 責任者は俺が務める!」
足りないようで、充分な戦力だ。現状は最悪だが詰んではいない。少なくとも今周囲に居る魔物は通常だ。命を捨てて俺を殺そうとする奴が居なかったのがその証拠、俺とタンザナイト、そして一位階級の二人で里から魔物を一時的に追い出し仕事に移る。我ながら完璧すぎる作戦に笑みが溢れそうだ。
「と、言うことです、長老。戦士達をお借りします」
「元より我等は助けを乞う身……全霊を込めて従いましょう」
長老は深々と頭を垂れ、俺もそれに習う。次いで気持ちを入れ替えてダークエルフ達を引き連れて灰色の世界を進む。外へと続く亀裂が見えてくるに従い全体に緊張が走る。
「先に俺が見てくる。入口正面は空けていてくれ」
「いや、俺が行きます」
亀裂に手を掛け飛び込もうとした俺の腕を若いダークエルフが掴んで止めた。背は低めだが、特に筋肉質な戦士だ。
「貴方は迂闊になるべきじゃない、俺が行きます」
「しかしだな……」
「先導するだけが責任ではありません、強かに保身して確実な勝利を手に入れて下さい。その捨て石にならば喜んでなりましょう」
若いダークエルフはそう言って朗らかに笑うと、俺が止める間もなく亀裂へと身を投げ出した。投げ出した手が虚しく亀裂に触れる。
「なんて野郎だ……」
人間とは根本的に違う死生感……自らを捨ててでも"勝利"を託して死にに行ける崇高なる魂。開いた口が塞がらないとはこのことか。武者震いでも恐怖でもない、この言い知れぬ感覚を人に与える凄みこそダークエルフという種族だというのか。
かつて辺境の小さな村が魔物に覆われた際、命を掛けて仲間を助けようとした戦士が俺達の仲間に居ただろうか。思わず拳に力が籠る。これだ、俺が目指していた理想の一端ではないか。
どんな犠牲を払おうと敵に勝たなくてはならない。時にはこのように犠牲を出して、踏み台にして……だがそれは犠牲のまま終わらせてはならない。
死んでいった奴等を風化させたまま満足してはならない。犠牲は人柱になるべきだ。犠牲は必ず活かして報われなくては、意味がない。
俺は何も言わず内心で敬意を抱いた。俺一人では決して見つけられなかった答えに導いてくれた若き戦士に対して。
「あの」
「今は邪魔してくれるな、タンザナイト。俺は今感動に浸っているんだ」
無粋にも腕を引いてくるタンザナイトを適当にあしらう。時には異性より優先するべきことだって男にはあるんだ。
「あの、ジェード」
「ええい今は忙しいんだ、少し静かに」
「み、皆ー!! 一大事だ!!……えっ?」
「えっ」
鬱陶しく腕を掴んでくる彼女と押し問答していた俺の視界に影が差す。チラと見た時、そこには筋肉質な男の肉体が迫っていた。
「アデュバアアアアア!!」
気付いた時にはもう遅い。俺は亀裂から帰ってきた若エルフの腹筋に弾かれて灰色の床に五体を投げ出していた。
「だから言ったのに……」
「だ、だだだ大丈夫ですか戦士様!?」
な、なるほど確かに、亀裂の正面は危ないと言ったのは他ならぬ俺自身だった。そりゃ外に出て何もなけりゃ戻ってくるよな普通……。
「いや、俺は大丈夫だ。それより一大事って?」
「敵が……敵が居ないんです!」
「何?」
興奮して息も絶え絶えな彼が語った報告は俄に信じがたい内容だった。聞き間違いの可能性を考慮して同じことを言わせても語られる内容は変わらない。
「何か妙ですね……お前、ボク達を騙そうと入れ替わった敵じゃないでしょうね」
「そ、そんな訳ないですよぉ! イテテテテ!」
疑心を抱いたタンザナイトが【サイコキネシス】で若いダークエルフを掴み上げ始めた。頭を掴まれている彼は苦しそうに足をばたつかせている。
「止めてやれ……すまんな、ちょっと突拍子もなくて」
「は、はひ……」
親の仇が如く勢いで尋問に掛けるタンザナイトの杖を降ろさせる。しかし妙な話だ、俺はもう一度彼に問い掛ける。
「それはあいつ等が遺体を食い尽くして数を減らしたと違うか?」
「いえ! 死体はあるんですが、魔物だけ居ないんです! まるで任務を終えた軍隊みたいに1匹の例外もなく……」
俺はここに逃げ込む前の光景を思い返す。地面にはワームが触手を張り巡らせ、地にはオルミガとアラネアが満ちていた筈だ。それが僅か一時間足らずで全て姿を眩ませるなんてことは……。
「見てみるしかないな」
「!」
少し考えたが、こればかりは頭の中で考えても意味がないと結論が出た。なら思いきって外に出て自分達の目で確認してみるのが一番確実だ。俺は後ろを振り向いて皆の武器を見る。
多くの戦士は肉厚な長剣かメイスといった近接武器。次いで巨大な盾を担いだ槍持ちの戦士が主だ。非戦闘員を含む数人のみエルフらしい弓を装備している。
「一応警戒はしておこう。大盾持ちの四人、前列を頼む」
「ハッ!」
「お任せを」
万が一にも間違いが怒らないよう先頭は盾持ちのダークエルフに任せ、その次に俺、戦闘員、その後ろに非戦闘員とタンザナイトが続き、最後尾を一位階級の戦士二人に固めてもらう。
因みに今回来てくれたのはワイルド系イケメンのバルルと眼鏡理系イケメンのファリロルだ。それぞれメイスと盾を両手に装備しており頼りがいがある。
「前列は亀裂を抜けたら即前方に五歩前進。大盾と槍を構えて敵襲に備える。以降はなるべく前列に寄って周辺警戒だ。よし行くぞ!」
全体に指示を出してから前列四人の背中を見送る。安全は確認されたが鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。最大限の注意を払いつつ、俺も剣を構えて亀裂へと足を踏み入れた。
ダークエルフ数十人が飢えるかどうかの瀬戸際だ。
絶対に失敗は許されない。俺はもう一度兜の留め具を指で触り、外へと続く奇妙なトンネルを通って行った。




