勇者パーティーの知らせ
コカトリス討伐から2日目の朝、俺は上機嫌で非番を楽しんでいた
兵舎の同じ部屋には、後二人非番仲間が居るから完全に気が休まる訳ではないが、慣れてしまえば案外楽しいもんだ
「だから俺は言ってやったんだよ。"それはいいけどお前頭にヒル付いてんぞ"ってな。そりゃもう大騒ぎよ」
「ギャハハハハ! エルゼの奴口だけだからな!」
二人がベッドの上下でふざけている中、俺はベランダで鼻歌を歌いながら一人兜を磨いていた
前の戦闘で出来た汚れがなかなか落ちないからな
「それにしてもジェードはえらく御機嫌だな」
「彼女でも出来たのか? いやそれはないか」
「おい、そう簡単に否定するなよ悲しくなるだろ」
誰が非リアだコラと怒りの目を向ける
いやまあ確かにあれだよ。俺彼女居ないよ
でもそれはあれだ。決して俺が魅力ないって訳じゃなくて、こんな兵隊やってるから出逢いの場が皆無だからであって……
「お前顔はともかくガサツだからな」
「性格ひねくれてるし」
「口説き文句とか知らなそうだし」
「プレゼントに鎧とか渡しそうだし」
「ちょっと待て流石にプレゼントにそれはない」
なんかこのまま行くと永遠にダメ出し食らいそうだったのですぐに止める
言うて、最後のプレゼントの下りしか反論出来そうになくてもう泣きそうだが
「じゃあお前ヤりたい女が出来た時何プレゼントするんだ?」
あ? プレゼントだ? そりゃあ、。相手が喜びそうな……
「ポーションだろ?」
「あ、駄目だこりゃ一生独り身だわ」
「何でだよ皆欲しいだろポーション!」
「あり得んあり得ん。そのチョイスはあり得ん」
マジかよ……ポーションじゃ駄目なのか……
ちょっとなかなかに衝撃的な事実を前にして兜を取り落としそうになる
だがやらかす前に良いことを聞いた。本番ではもう少し女子受けしそうな物を選ぼう。魔石結晶とかいい感じの武器とか
「それより結局のところ何か良いことあったのか?」
噂話に目がないライが興味深く聞いてくる
良いことねえ、まああるにはあるな。でかいのが
「へへ、まあな」
「ん~? そりゃなんだいジェード君?」
「昇進するかも知れんのだよ」
「……」カランッ
昇進の2文字を口にした瞬間ライが固まり、もう片方のアルフは手にしていたコップを落とした
「……それマジで言ってる?」
アルフが真顔で聞いてくるので、俺は満点の笑顔で返してやった
「おう、マジ!」
その瞬間、場が完全に凍りついた
ライに至っては色素が消え失せ屍のようになっていて、実に愉快痛快だ
「そ、そんな馬鹿な……そんな馬鹿なァァァァァァ! ルドだけでなくお前まで俺を捨てるのか!?」
「誰だよルドって!? いや待て落ち着け。ジェードのことだ、どうせ勝手な勘違いをしている可能性もある」
「フハハハハハ! 残念だが既に俺の出世は確定的に明らかなのだよ! フハハハハハ!!」
机の上に片足を置き、全力で嘲笑ってやる
何せ俺には大正義雑魚専中隊長が憑いているのだ。何も持たぬ貴様らとはなにもかも違うのだよ!
「安心しろ! 俺が上官になっても別に無茶なことは言わん」
「本当……ですか!?」
「ただちょっと気に食わなかったら兎跳び100回から追加してやるだけだ!」
「うっわ一番嫌なタイプの上司だそれ!」
上げてから落とすことで、二人の顔が面白い程変色していく
なんだこれ、思ったより楽しいぞこの感じ!
俺はその後も調子に乗って二人で遊び倒した
そして、昼過ぎ頃どこの配属になるかとか話していると、不意に部屋の扉が開かれた
パッと姿勢を整え扉のほうを見ると、見たことのない女性が立っていた
「ジェード一等兵は居るか」
「わ、私がジェードです!」
女性はその鋭い目で俺を睨むと、お付きらしい高級重装兵から小綺麗に畳まれた衣服らしきものを引ったくり俺に押し付けてきた
て言うかよく見たらこの人階級中佐さんやんけ! ちょっとなかなかに驚いてるぞ俺!?
「とにかく今すぐにその汚ならしい姿をどうにかしろ! 貴様には王に直接会って貰うからな!」
「はいぃ!?」
お、王!? 何それなんか話が違くない!?
どうなってんだ中隊長!? 上司に何吹き込みやがったんだあの野郎!
「さっさとしろ! 訓練では優秀なんだろう!?」
「は、はいィィィィ!!」
訳も分からず服を着替え、そうかと思えば説明もなしに馬車に乗せられ全力で走らされた
馬車に乗るときチラと見えた同室二人の顔が特に印象的だった
馬車の後ろに乗るなんて初めてだった俺は、何がなんだか理解出来ないまま運ばれていくのである
「あの、中佐……」
「なんだ」
「な、何が起きているのかだけでも……」
「…………」
「てか中佐殿美人ですな! 言い寄る男も多いんじゃないですかい? 男ばかりの兵舎に居た自分は少し緊張してしまいますわ! ハハハハハ!」
「…………」
「ハハハ……」
「…………」
……なんか喋れや上官殿!
もうなんでもいいから早く着いてしまえ!
この服も無駄に華やかでセンス悪くて最悪だよ畜生!
俺はとにかくこの常に上から押さえ付けられているような時間が早く過ぎるように祈るばかりであった
「おい、着いたぞ貴様」
「はぃ…」
永遠かとも思える時間をひたすら無言で過ごした末、遂に馬車が停車した
といっても、日はまだ高く実際には数時間しか経っていないようだが、もうどうでもいい
「……デカイ」
目の前には、見上げるような石造りの城が聳えており、辺りを覆うように囲む城壁から数人が此方を眺めているのが分かる
「あの、本当に自分は生きて帰れるのでしょうか」
「生きるか死ぬかは貴様の言動による。まあ死なないよう礼を尽くして励むことだ」
「た、中佐殿ぉ……」
中佐の発言に冷や汗がどっと流れ落ちる
なんだよ死ぬかも知れないのかよ。一体何が起きてるんだよ
あれか? 中隊長が馬鹿して俺に責任擦り付けたとか? 若しくは中隊長が下手に俺を異動させようとして怪しまれたとか?
ひええ、駄目だ中隊長関連なら幾らかでも後ろ暗いことが浮かんでくる!
「中佐殿、もし俺が腹を斬るような事態になったら、中佐殿に介錯してもらっていいですか? そしたらもうなんか本望です」
「馬鹿言え。女の私に殺られるなどそれこそ悪夢だろう」
「本望です」
「お前変わった男だな」
すがり付くような懇願をしてみるも、簡単にあしらわれ城内に連れてかれる
直行で連れてかれるは玉座の間……ではなく、なんか良い匂いが漂う小洒落た部屋だ。うん、何もかもでかいな
部屋には綺麗なメイドが数人と、セバスチャンみたいな名前してそうな出で立ちのナイスガイが俺を出迎えるように待ち構えていた
「ジェード様、急な御用でお疲れかと思いますが、少々時間がありません。陛下にお目見えする前に、先ず身嗜みを整えさせて頂きます」
「Ok落ち着け先ずは話し合おうじゃないか。今何が起きているのか若しくは起きようとしているのか、当人に説明があってもいいんじゃないですかい?」
「申し訳御座いません。時間が惜しゅう御座いますので」
テンパりながらも必死に質問しようとするも、どうやら彼方さんは問答無用の構えのようだ
とはいえ、こうなってしまっては下手に逆らうのは厳しい選択だ。命惜しさに暴れるなんてそれこそ自殺行為となるだろう
「分かったよ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「ご安心を。先ずは湯に入って貰います」
「え、風呂入んの!?……ですか?」
返答は無しでメイドに連行され、疾風のような手つきで丸裸にされる
どういうことだ? なんで俺はこんなとこで女性に服脱がされて風呂にぶち込まれてるんだ?
いや、悪い気分じゃないよ? こんな温かい風呂に入れて、しかも綺麗な女の人達に洗って貰ってるんだから
ていうかなんか凄い興味深々な顔で見られてるんだけど、そんなに俺は色男かい?
「兵隊様、凄い体ですね……」
「お、おう。毎日前線通いだからな!」
「こんな無駄のない体つきは初めてですよ。傷も凄い……」
「汚れもあまりないみたいですね。あれ、こんな兵隊さん居るんだ」
「は、ハハハハハ……」
な、何これ超むず痒い。貴族とか王族って、毎日こんな生活してんのか。滅茶苦茶贅沢だなおい
ニヤつきそうになる口角を表情筋総動員体制で抑え、俺は文字通り清められていった
「お、おおう……」
「如何なれましたか」
「いや、木や石以外の椅子に座るの初めてで……」
風呂が終われば次は髭剃りだ。久しく味わっていなかったフカフカな椅子に思わず声が漏れる
「メイド達が話題にしていましたよ。身の清潔は相当気を付けていらっしゃるのですか?」
「まあ、泥とか血とか、放っておいたら病気に掛かっちまうかもだろ? 同僚もそれで何人か死んだし、何より気持ち悪い」
「ハハハハハ、これは珍しい御方ですな。寧ろ町民や騎士団より、貴方は綺麗好きなんですよ」
「そりゃ、俺達兵士より生活環境がいいからだ」
そうなのだ。多くの人が失念しがちだが、兵士はかなり清潔性を求めるものだ
軍は町民とかと違って前線で血にまみれたり傷口に泥が入ったりしてしょっちゅう炎症だの感染症だのが起きる
すると自然に少なくない数の兵士が何時までも汚れた格好をしていることを"怖れるようになる"
そりゃ当たり前だ。戦場で死ぬなら高々数時間もがいて事切れるもんだが、汚れを放置した仲間は何日も苦しんで身体中腐っていき最期にゃ人間の姿ですら無くなって死んでいくのだから、怖がらないほうが異常だ
俺の場合は日本での習慣あってこそということもあるかも知れないが、とにかく軍人が汚いってのはお上の偏見だと俺は思うわけよ。いや汚い奴は汚いが
「はい、次は髪をセットさせて頂きます」
「あー、丸刈りで構いませんぜ」
「そうはいきません。ジェード様の髪はかなり良いものですし……後ろに流してしまいましょう」
まさかのオールバックですかい……
気持ちは有り難いが、これは後で降ろしちまおう。後があればだが……
「なあ、俺はどうなるんだろうな」
「…………」
セバスチャン風の男は何も話さない。中佐といい、何かそういう縛りでもあるのかも知れない
だが、暫くすると男は目の前の鏡で俺の髪型を確認するような仕草を取りながら、ソッと耳打ちをしてきた
「私も全てを知っている訳ではありませんが、今現在城内に居る全ての職員に対して緘口令が敷かれているのです」
「緘口令?」
何やら大事なキーワードに大声を出してしまいそうになるのを必死に押し殺す
「隣国アンドルクセンから、とても素晴らしい人物が輩出されたという噂はご存知ですか?」
とても素晴らしい人物? 全く身に覚えのない俺は静かに首を振る
「今回の件は、十中八九その者に関してのことです。恐らく、王は貴方に何か任務をお与えになるつもりかと愚考致しています」
「王直接に任務? 俺は貴族でもお抱え騎士でもないぞ」
「あくまで仮説です。ですが、少なくとも王は貴方に危害を加える気はないと思って頂いて構わないと思います。そうでなければ、一々こんな回りくどいことをせず軍法会議に掛ければいいのですから」
その言葉に、俺は少し気が楽になった
確かに、たった一人の雑兵を殺すのなら、軍法会議すら要らないだろう。それこそ処刑場に直接引いてって「貴様は反逆者だ」と言って殺せばそれで済む話だ
だが、それでは根本的な疑問は解決しない。もう一度確認するが、俺はただの一兵卒に過ぎない。王や貴族にとっちゃ、書類上で増えたり減ったりする金と同じ単位に過ぎない下賤の輩だ
そんな俺を直接呼出し、あまつさえ王自身の時間まで割いて謁見させるなど、現実的な話じゃあない
極端な話、大企業の社長が子会社の工場で働くパート従業員を呼び出すみたいなもんだ
何か、とんでもなくでかい話が裏で進んでいるような気がするのは、俺の勘違いだろうか
「まあ、碌な話じゃないだろうな」
「はい、十中八九、碌な話題ではないでしょう。はい、ヘアセットもばっちりです」
迷いのないセバスチャン擬きの返答に大きなため息が出てしまった
”碌な話題ではない”か…本当にそうとしか思えないから、嫌になるんだよなあ…
「では此方をご着用下さい」
そう言って持ってこられた服装は…ガッチガチのフルプレートアーマーだった
「鎧じゃないか」
「はい、鎧に御座います」
謁見に際して鎧を着込ませるってか…どんどん問題が難解化していっている気がする
どれどれ素材は…なんじゃこりゃ!
「オリハルコン配合のミスリル合金に、純金の装飾か……バカみたいな金の掛け方だな」
「お目が高いですな。此方、我が国が用意できる最高級の甲冑【ハードミスリルアーマー】で御座います」
「ハードミスリルアーマー?」
なんか聞いたことあるような名前だな。ハードミスリル、ハードミスリル…
ああ、確か我が国の初代国王がドワーフの王国を攻め落とした時その国に居た最高の職人に作らせたという古の…
「王家一族の所持品じゃねえか!!」
「はい、そうなります」
流石にこれには動揺を隠せず一歩…どころか三歩以上足が後退し、椅子にぶつかってしまった
待て待て待て待て、それはおかしい。何をどう間違ったか知らんがそれはおかしい
なんで歩兵にんなもん着せようとするんだよ頭おかしいだろ
動揺しすぎ? 馬鹿お前マジ馬鹿。お前…えっと、馬鹿野郎
例えばだよ? 家でゲームしてたらいきなり国会連れてかれて「どうぞこれをお納め下さい」って自衛隊の秘匿兵器渡されたらどう反応する? 今の俺はそんな状況なんだよ
「さあさ、お気持ちはお察ししますがさっさとご着用願います」
「え、ちょっと待って落ち着いて? そんなもの俺が着てどうするんだよおい待てって
あ、待ってそれ金具乱暴にしないで壊れやすいんだよそこ。あ、あああああああああああ…!」
全てが終わった時、俺の神経は完全に擦り切れていた
なんやこの場違い感……最高級黒毛和牛に包まれた中〇産野菜になった気分…
「うむ、なかなか良い見栄えですぞ。キツくはありませんか?」
「精神的にキツイです…」
「大丈夫そうですね。では次に簡単な作法をお教えします。まず、入室時の礼から…」
「あの、兜は…」
馬子にも衣装なんて言葉吹き飛ぶような扱いに完全にオーバーヒートした俺は、その後も阿保面を晒して指示に従い続けるのであった
そして時間は流れ、気付けば目の前には巨大で煌びやかな扉が…
「…」ゴクリッ
意図せず、堪った唾が喉を駆け下りる
金とオリハルコンとで無駄に重いアーマーは発汗作用抜群だし、最悪のコンディションと言っていい
落ち着け落ち着け、俺は、殺されない。殺す必要、マッタクナシ
要はこれは取引だ。国と俺との間で行われる取引に行くだけだ。大分俺の立場は低いが、取引だ
「まあ、色々大変だと思うが頑張れ、一兵卒」
「国王様との会話だけならそこまで気負うことはないぞ」
「は、はい…」
謁見の間を守る近衛兵に肩を叩かれ、僅かばかりの会釈をする
さあ、ここからだ。ここからが重要だ。深く、深く深呼吸をしてから、俺は扉を叩く
ちゃんと作法に乗っ取り謁見の5回ノックだ。すると扉の奥から深く、野太い声が響いてきた
「入れ」
この声の主が、国王【アルドス・バイ・アーノルド】だろう
もう一度、深呼吸をする
「失礼します」
大きな扉は、残念なことに見た目よりとても開けやすく、俺を易々とその内側へと誘ってしまう
扉の先では、王と宰相…それに数人の騎士が居るのみであった
扉を閉めて、まずはその場で一礼
「参れ」
「在り難きお言葉」
入室のお約束が済んだら、さっさとレッドカーペットを進み、王が鎮座する玉座から約5メートルの印で止まり、膝を突く
しかし、本当に人が居ないな……
人払いが済んでいるということは、人に聞かれちゃ不味い話をする気だと言うことだ。ああ、嫌だ嫌だ
「…面を上げよ」
「北方方面軍ライラ大隊所属、アルベルト遊撃中隊一等兵ジェード。御召喚に応じ、馳せ参じました」
「……」
そして、沈黙
…この沈黙はどういう意味だろうか…何かマズいことをしでかしたんじゃないか? いや、それか何か作法を忘れている可能性もある。そうでなければ何か意味があるのだろうか
「……プフッ」
「うっ…?」
その時、玉座に座る王が吹き出した
何事かと頭が真っ白になるが、それでも一応姿勢は崩さない
そうかと思えば爆笑された。なんだなんだ何が起きているのだ
明らかヤバい雰囲気の中で、王だけ腹抱えて笑ってるってどういう状況だよ
「いや、すまんすまん。あのようなことがあったばかりでな、自分の中の常識を疑い出していたわ」
笑いながら喋る王の言葉は、正直意味不明だ
少なくとも笑われた本人には"あのようなこと"なんて存ぜぬ話だからな
「あの、私は田舎者で、卑しい身分の者でありますから、作法云々に関しては酷く無知です。何か恐れ多いことをしてしまったのであれば相応の罰を受けます」
取り敢えず思いきり卑屈に出てみると、王は柔和な笑みのまま首を振った
「ハッハッハ、そなたは階級にしては素晴らしい教養を持っているようだ。安心せよ、そなたの振る舞いに不備はない」
「勿体無い御言葉です」
「ハッハッハッハ! よいよい、これで幾らか安心したわい」
「まどろっこしい真似すんじゃねえよ!」と言いたいのを噛み殺し、ひたすら下手に出る
だけど意外に気さくそうな人だな王って。この国って絶対王制だし、もっと高圧的なのを想像していたからちょっと拍子抜けだ
「ところで、そなたは今日自分が何故呼ばれたのか理解しておるかな」
「……いえ、説明は何も……」
テメエが出した緘口令だろとは口が裂けても言えない
「うむ、中の者共は私の命令を遵守しているようだな。実に結構」
「何か、大きなことが起きているということは、私めも察しが付きますが」
どうやら今のふざけた発言は自分の命令に従わない者が居るかどうかの確認作業だったようだ
相手がそこらへんの雑魚だと思って随分なやり口だな。ちょっと久々に殺意湧いてきたわ
王はその無駄に厳つい顔に皺をやり、人を見定めるような目線を送ってくる
ついでに言うと横目にちょいちょい移る騎士連中も似たような感じだ
「…時に、そなたの出身はどこであるかな」
脈拍もなくそんなことを聞いてくるが、別に隠すようなことでもないので素直に答える
「北方の山奥にある【ラカゴ村】という小さな限界集落です。陛下が御心を割くような者ではありません」
「北方のラカゴ村か…いや、すまぬ、不注意な発言だった」
「いえ」
王は分かりやすい謝辞の態度を声色で示す。意外にも俺の故郷の話は王の耳にも届いていたようだ
「うむ、実はな、今日はそなたに頼みがあるのだ」
「私に…ですか?」
王からの直接の頼み事…。これについては執事のナイスガイとの会話から察しが付いていたので特には驚かない
それも高確率で禄でもない話だ。浮かれるなんて感情は全く出てこない
王は俺の反応が思いの他薄かったのか少し黙り込んだが、すぐに調子を整え、会話を再開させた
だが、次に続けられた言葉に、俺は大いに動揺することになる
「そなたは【勇者】というものを知っておるかな?」
「勇者…!?」
「ん、どうかしたかな?」
「いえ、あまりに突飛なことで…」
望んでいた反応が得られたのか少し満足そうな王に対し、俺は素晴らしく動揺してしまっていた
少ない頭をフル稼働させて情報を整理する
勇者、勇者…RPGとかで有名な、物語では大体主人公なアレ
こっちに来た俺が迷いなく目指したが、結局挫折した、弱気を助け強気を挫く、魔王の天敵、ヒーロー的なアレ
てっきりこの異世界ではそんなもん居ないものだと思っていたんだが、それが居るって言うのか!?
「その様子だと、勇者がなんたるかは知っているかな?」
知るも何も、思いっきしなろうとしてましたよ
でも素直に「俺も違う世界から来たんで、そうなろうと頑張ってました」とか言えないし、適当に誤魔化そう
「幼少の頃、母に聞かされました。遥か昔人類の危機に現れ、世界を救うおとぎ話の存在です」
取り敢えず、昔読んだ絵本に書いてあったことで誤魔化してみる
どうせこちとら無学な村人出身よ。多少世間知らずでも怪しまれまいて
でもここで勇者の話が出てくるってどういうことだ? 俺のこの防具のこともあれだし「実はお前こそ勇者なのだ!」って展開だったら凄い燃えるんだけど
「その勇者が、現実に現れたと言ったら信じるか?」
「現実に…?」
「隣国アンドルクセンが、その勇者を召喚してしまったのだ」
「は!?」
勇者を召喚だぁ!? 俺は思わず口を伝って出てきた素っ頓狂な声を抑えるが、内心全く納得していない
何その王道ファンタジックな異世界への行き方! 俺なんて不遇過ぎて感覚的には某オカルト版のほうの異世界迷い込みの気分で生きてきたのにどういうことだ、おい! 扱いが違いすぎるんじゃありませんか神様!
「そして、その勇者一行が数日前から我が国に来ている。旅の中継として我が国に立ち寄ったとのことだ」
愕然とする俺を無視して、更にとんでも発言が上乗せされる
そんなんが来てるなら話題の一つくらい上がりそうなもんなのに、なんで誰も話持ってこないんだ
街での話題なんて、「最近酔狂な冒険者が女奴隷を連れて歩いてるんだってよ」程度のどうでもいい他愛のないものばっかりだと言うのに!
「流石に驚いたかね。かくいう私も、初めて勇者召喚の話を聞いた時は耳を疑ったよ」
ははははと乾いた笑いをする王
だが、話はそれで終わりじゃない筈だ。俺は膝を突く姿勢を崩さぬまま話の核心に迫る
「陛下、勿体ぶらずにお教え下さい。勇者なり旅なり、軍の戦闘単位でしかない私には縁遠い話です。陛下は私に、何をお求めなのですか?」
「うむ、そなたにはそれを聞く必要があるな。単刀直入に要件を言おう。勇者一行に同行し、旅のお供となって欲しい」
「……なんて?」
予想だにしない王の言葉に、俺は脊髄反射で聞き返していた
横で騎士が剣に手を掛ける音が聞こえてきたが、そんな重要なこともマトモに頭に入らない
勇者一行? 同行? 旅のお供ぉ?
一体全体、何がどうしてどうなっているのか
王はもう思考停止になり掛けている俺にご丁寧に追撃を仕掛けてくる
「そなたに、勇者一行の同行者として名を上げてもらいたいのだ」
勘弁してくれ、神よ……
当然俺の嘆きは誰にも届かくことはなかった