ダークエルフの里
エルフの森と言われれば、深い森の奥に進んでいけばたどり着くと勘違いをしている奴が沢山居るが、実際はもう少し面倒だ。エルフは人間ほど製鉄技術と繁殖力に優れていない為、ただ森に居住地を構えてもすぐに滅ぼされてしまう。
そうならないようエルフは森に細工を施す。木々の傾きや川の流れに細工をして道に迷わせ、精霊の力で里を隠してしまうのだ。それによる変化は微々たるものだが、これが非常に厄介だ。分かっていても必ず道に迷うし、最悪の場合窪地に落ちて死ぬ。
エルフの里に入りたければ川の源流に毎日葡萄酒を置いてひたすら媚びへつらうか、一人掴まえて道案内させるしかない。さもなければ森ごと焼き払う荒業を使うことも視野に入れる。
「ハアハアハア……疲れたなのです……」
「ふぇぇ……」
「も、もう少しですから……」
今日の場合案内人のテテルが居るから安心して進める。軍隊で会談に行ったときは足元見られて試練という名の嫌がらせされまくったからな。こんな奥まで何事もなく進めるのは夢のようだ。
「質問なんだが、何が出てきたか分かるか?」
俺は里に着く前に出現した魔物について聞いてみることにした。何が出てくるか分からないなんて危なっかしくて仕方ない。
「沢山居ました。アラネア、リベルラ、オルミガ、スコルピオンにレッサーモスキート……」
「呆れるぐらい具沢山だな」
並べられた魔物の種類の多さに俺は軽く眩暈を覚えた。どれも一匹出てきたら注意喚起が必要な面子ばかり。アラネア、オルミガの二種はぶっちゃけデカい蜘蛛と蟻なのでまだ楽に倒せる奴等だが、それ以外が厄介だ。
空から一方的に攻撃してくるリベルラは群れこそ作らないが放っておくと家畜と子供が食われる。スコルピオンはデカくて硬くてしかも尻尾に毒針があるときた。
それにレッサーモスキート……ある意味一番厄介かも知れない。
奴は1メータル程の肉食性の蚊で、集団で体液を吸いに来る。全身ガッチガチの俺や魔法で幾らでも防御できる勇者はともかく、非戦闘員への被害は恐らくこれが一番デカいだろう。
身の丈の半分ほどの蚊に集団で吸い付かれればどんな戦士も数分で死んでしまう。
「キャア!?」
「うわっ!?」
「イヤアアア!!」
前を進んでいた三人が揃って悲鳴を上げた。俺も後に続き彼らの見たものを見ることになる。
「……最悪だ」
そこは、地獄だった。鬱蒼とした木々に隠すように造られた美しいエルフの里が、文字通り血濡れになっていた。
見える範囲だけでも10数人の遺体が無残な形で残されており、中には干からびたような遺体も落ちている。
「お、オエエエ!」
見るに見かねてお姫様は今朝の食事を戻してしまう。他の奴等もそれに近く、厳しい顔つきをしている。
「全滅か?」
「いえ、近くの隠れ家に皆隠れています。案内します……」
震える声でそう言った少女が血で出来た水溜まりに躊躇なく足を踏み入れた。俺とタンザナイトもそれに続く。
「わ、私は進めません……」
「はぅぅぅ……」
「!」
しかし、数名が渡れずに立ち竦んでしまった。お姫様と、幼女二人組だ。よく見ると三人とも靴が華美で冒険向けでない。逆に長靴に近い作りのブーツを履いているタンザナイトとデレツン娘はなんとか渡れている。
ここで立ち止まられては怖い。フラグじゃないが、最後尾は最前列の次に危ないのだ。
「来い、足を止めるな」
「で、でも私は! ひ、人の血に染まるなんて……!」
「おい!」
お姫様が声を荒げた瞬間俺は踵を返して走り出した。剣を抜刀して振り被る。顔を真っ青にして頭を庇う彼女に容赦なく斬りかかった。
「ご、ごめんなさっ!!」
「屈めぇぇぇぇ!!」
振り下ろした剣は僅かな手応えを切り裂きお姫様の頭の上で止まった。何が起きたか分からず目を泳がせる彼女の両側に両断された巨大昆虫がはらりと落ちる。
「ひっ!?」
「リリーラ!?」
ワンテンポ遅れて勇者が駆け寄ってくる。俺はそれを気にせず戻ってきたタンザナイトを先に行くように促す。
「気を付けろ、ここはもうこいつ等のテリトリーだ。早く進まないと命が危ない」
「わ、私は……」
「さあ行くぞ」
それだけ言って俺も先頭の三人に合流する。今は後ろより前が危険なんだ。今は死体で妥協している連中がいつ新鮮な肉に我慢出来なくなるか予想がつかない。
「タンザナイト、探知は出来ないか?」
「やってます……けど多分一部だけです。【隠密】スキル持ちが多い……」
「……分かった」
申し訳なさそうに言うタンザナイトに短く了承の意志を伝える。恐れていたことが起きている。魔物の中でもインセクト系は身を隠す能力を取得する個体が多い。俺達人間が彼らと対峙するときは基本開けた場所だからいいが、ここは奴等が隠れられる場所に溢れている。
希少スキルの【探知】も無効化されているとなると、これは厳しい戦いになりそうだ。
『ギギギギィィィィ!!』
「きゃっ!?」
言ってる傍からこれだ。最初に標的にされたのはタンザナイトだった。
「いやっ……!」
『ギッ!!』
彼女はそこらの魔術師とは比べ物にならない天才だ。足元から出てきたブラッドワームに驚いて目を瞑りながらも魔法障壁で迎撃して見せた。弾かれて仰け反っているそれを足で踏みつぶす。
「きゃあああああああ!!」
「君、後ろです!」
言われて振り向くと水溜まりを越えてきた四人がモスキートに襲われていた。すかさず腰のスリングを取り出して小石を挟ませる。彼らの頭上を飛び交う群れを俺の石とタンザナイトの魔法で迎撃する。
狙いはやけっぱちで当たったものはタンザナイトの火球1発だけ。だがそれでいい、自分を狙う敵が居ることを教えるだけで狙いは分散させられる。
『ギギギギ……』
『ギギ……』
「ッ!」
音を出したのが不味かったのか、今度は周囲の草むらから続々と魔物が姿を現し始めた。多くは巨大蟻ことオルミガ種。死体を漁っているアラネアに怯えて隠れていた奴等が新たな獲物に気付いて攻撃を仕掛けてきたのだ。
顎の大きな兵隊蟻の数からして、近くには数百からなる働き蟻の集団が居るだろう。俺は出しっぱにしていた剣をしまい、穴だらけになったダークエルフから鉄製のメイスを頂戴して構えた。
作りは甘く無駄に重いが、今はこの重さが心強い。
「俺が引き付ける! 全力で駆け抜けろ!!」
トゲ付きのメイスで威嚇してきたオルミガ・ファイターの頭を粉砕する。更に腹部をナイフで刺せば、集合フェロモンを含んだ体液が流れ出す。
これでオルミガに関しては俺が殆ど釘付けに出来る。勇者も一緒に逃げやがったのがムカついたが今回は何も言わない。彼には女性陣のお守りを務めて貰おう。
「待って下さい!」
そんな俺の元にタンザナイトが駆け寄ってくる。俺は慌てて彼女に叫んだ。
「馬鹿来るな! 俺は大丈夫だ!」
「煩いですね……いきますよ」
制止しても彼女は聞く耳を持たなかった。それどころか危険地帯の真ん中で魔法の構築を始めた。
実力はともかく俺と彼女では肉体の強度に雲泥の差がある。当然オルミガは切り崩すに難しい俺より簡単に引きちぎれるであろうタンザナイトの方に殺到することになる。
「勘弁してくれ!」
そうなれば俺は彼女を守るしかない。慣れないメイスを振り回して殺到するオルミガを牽制し、殴り飛ばす。魔法構築中俺が援護に入るのは彼女の中では確定事項になっているようだ。
彼女が木を背中にして最低限の自衛をくれているのが唯一の救いと言えよう。
「これ意外とキツいぞ! まだか!?」
「…………」
構築に集中しているせいか彼女からの返事はない。その間にも押し寄せるオルミガの並は絶えることはなく、寧ろ増えている。
しかし思っていた以上の群れだ。俺一人なら突破も可能かと考えていたが、これはちょっと厳しい気がしてきた。おまけに今は援護が必要な仲間まで後ろに居る。
……判断を誤ったかも知れない。
最初に出てきた数から予想出来る総数でものを考えていたのが仇となった。最初は少なくともファイターだけで50前後と考えていたのに、これじゃあ100は下らない。
ワーカーを含めたら1000に近い数ではないだろうか。
「クソッ……舐めてたか」
ここまでか……。
そう感じた俺の後ろで閃光が走った。放射状に伸びた雷がオルミガを切り裂きながら進み後方のオルミガ・リーダーを三匹射殺した。一瞬にして突破口が切り開かれる。
「ナイスだ!」
「まだです。【アークファランクス】!【アークプロテクション】!」
「オオオオオオオオ!?」
突然に視界が赤と金色に包まれたと思いきや、自分でも信じられないような力が腹の底から湧き出てくる感覚を覚えた。
今まで重かったメイスがまるで棒きれのように軽く感じられる。本能的に蟻の攻撃も全く受け付けないほど体が丈夫になっていることも分かった。
魔法構築に時間が掛かっていたのはこのせいか! 彼女は攻撃魔法と身体強化魔法の構築を同時にこなしていたのだ。それも全部中級以上の大技ばかり。これは有り難いどころではない、完璧な援護だ。
「さあ殺っちゃって下さい」
「任せろットォォォォォォォォォォォ!!」
身体が強化されたと同時にテンションも爆上げになった俺は思わず変な雄たけびを上げながら突進を開始した。鉄の塊たるメイスと今拾った棍棒を新聞紙の剣よろしく高速で振り回し、統率が崩れたオルミガを滅茶苦茶にしていく。
「ギ……」
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
突然大暴れを始めた俺に数に勝るオルミガもたじろき攻撃を躊躇し始めた。ならば弱そうなタンザナイトをと狙いを変えた奴等も5~6匹纏めて殴り飛ばされる目に遭う。
動きの止まった敵に対して闘争本能の赴くままに殴り、潰し、吹き飛ばす。不利を悟った個体は遂に逃走を開始した。
「よしっ! 俺達も撤退だ。後ろをピッタリついてこい!」
「はい」
こうも面白く戦況が好転したので心は高ぶり次の敵を狙いたがっているが、それをグッと堪えてここは突破に専念する。
戦いは勢いが大事だが、頭が熱くなってはいけない。それに目に見えるだけの敵を倒しても、頭上と地中にも敵が居るのを忘れてはならない。
目で地上の敵をけん制し、音で上からの奇襲に備え、身体強化によるごり押しの踏み付け歩行で地面の敵を予防する。
タンザナイトはその俺の後ろをピッタリ着いていけば安全に進めるということだ。
「こっちです!」
「先に行けタンザナイト!」
「君も早く!」
「すぐ行く!」
大きく裂けた木の虚からテテルが顔を出して手招きをしていた。あそこが隠れ家に続く出入口ということか。
俺は尚も恐れず向かってきたアラネアの足の解体作業を終わらせると、タンザナイトに続いて虚に飛び込んだ。
明日、次話投稿します。