凡人の日常
あれから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう
時と流れに流されるまま歩き続けて時が過ぎ去り、気付けば何度目かも分からぬ冬が訪れ、暖房設備が整っていた昔とは隔絶した極寒の季節に、毎年のように恐怖し、結局今日まで生き長らえてしまった
それどころか、もう少しで冬も終わりだ。チクショウ、無駄に可愛いケセランパサラン擬き兼雪の精とももうお別れだ。ざまあねえぜ無邪気な殺人鬼め、また来年も顔見せろよ
「おいジェード、薪を切らすな死んじまうよ」
「あ? ああ悪い悪い考え事してた」
何か妙に寒い寒いと思っていたら、何のことはねえ、薪が燃え尽きてやがった。同僚の…こいつは確かアルブとか言ったか。音節文字さえ読めない馬鹿だが、平民上がりの割には度胸のある三十路親父だ
馬鹿だから入隊してもう10年も経つのに昇進できず、比較的には新顔の俺と同じ扱いを受けている
「頼むぜジェード、お前が薪の近く占領したんだからよ」
「うるへえ、研ぎが下手糞なてめえ等が悪い。そんなてめえ等は根性を鍛える為、率先して薪を取りに行くべきだと思うんだ」
「かぁー、調子がいい奴! いいから行け狩猟民族!」
「ちっ、わぁーたよっ!」
他の分隊員から半分追い出される形で、極寒の野外へ繰り出す。チッ、誰だよ焚火に近い奴から薪供給するなんて伝統作ったのは
詰所も詰所で馬鹿みたいに寒いが、外はその比じゃねえな。今日は雪の精が寿命を悟ったのかこの時期にしてはあり得ない程に寒い。誰もそんなこと望んでないのに迷惑な奴等だ。これだから精霊は好きになれない
「うう、薪すらちべたい…」
全く、こう辛い時間が続くと、嫌でも昔の記憶が蘇ってくるな…
温かいストーブに旨いラーメン、餃子、白飯、トンカツ……今じゃ近づきゃ熱く離れれば即寒い微妙な焚火に雪の中で保存していたカチカチの干し肉だ。よくこれで脱走兵が殆ど出ないなと不思議なくらいだ
そしてここで疑問に思う連中もいるだろうからぶっちゃけると、俺はこの世界の人間ではない。いや、こう言うと語弊があるな。正確に言うと、元々はこの世界とは違う世界で生きていたんだ
高校で可もなく不可もなくひたすら惰性に生きてきて、通学中に頭上から鉄筋ストーン! 頭パッカーン!となりまして、ふと気が付いたらこの無駄にメルヘンチックで猟奇的で文明の遅れに遅れた妙な世界の寂れた村で赤ん坊になっていたというね
いやもう当時は凄い荒れてた。泣きに泣きまくり、自分の親を親として認識出来なかった。少し育ってからも他の子供とはどこか態度に違和感がある俺は当然村で孤立したし、友達も出来なかった
だが俺は考えた。これは所謂【異世界召喚】というもので、実は自分には何か特別な力が秘められているのではないか、と
この考えに至ったのが弱冠6歳の頃で、その日から積極的に山へ行っては猟に勤しみ、死ぬ危険の高い夜の畑の見回りや襲って来た野盗や魔物を迎撃する集団にも付いていった
必死に頭を捻って準備をし、油断をせずに行動し続ければ、上手くいくことも多かったが、それでも失敗し、死に掛けるようなことも何度となくあった
時には罠に掛けたイノシシにフォレストウルフの群れが集まってきて囲まれたり、時には村に侵入したゴブリンの一頭に頭を殴られ一晩意識を失った時もあった
これでは駄目だと近くの観測所に居る兵士に剣を教わり、時間が許す限り様々な特訓を己に叩き込み続けた
そして、何時しか俺は最強になっていた……
…なんてこともなく、結局村一番の腕っぷしとして、なんとか自分の居場所を確保しただけだった。当然だ、俺だけが頑張っているわけじゃない。皆今日を生きるために日々苦しみ、血を流し続けているんだ
幾ら効率的に、寝る間も惜しんで特訓をしたって、それで皆の努力が帳消しになるなんてことがある筈がない
努力は無駄ではなかったが、それで他の人を圧倒する特別な力が手に入るのなら、この世界の人々は皆超人だ。それだけの苦難と逆行を、彼等は今日も生き抜いている
最初から分かっていたことだった。俺は特別な人間じゃなく、ただの寂れた田舎の村人だ。長くなったが結局のところ、勇者とかチートとか、そんな優れた才能は、俺には一欠片もなかったということだ
しかし、それでも諦めきれなかった俺は、よせばいいものを13歳の頃国が経営するギルドに登録して冒険者になった
3年ばかり続けたものの、稼ぎは少なく、死ぬような目に遭って倒したワイバーンも、欠損が激しいとか言われて手元に渡った金額はたったの500Gだけ。宿と飯、それに装備の修理と入用な小物を揃えていたらもう殆ど残らないときた
文句を言えば「冒険者家業で贅沢したいならもっと危険な魔物を倒しまくるか物価の高い国に行け」と怒鳴られる始末だ
「ワイバーンだって、大した魔物なんだがなあ…」
あの時倒したワイバーンは軽く見積もっても1000Gは貰える案件の筈だ。現に最初の報酬金額は2500Gだったのに、帰ってきたらあの様だ
分かってる、体よく値段を誤魔化されたことくらい。でも冒険者の地位はこの国は馬鹿みたいに低い…食い下がれば「人格に難あり」の烙印を押され昇格の道が閉ざされてしまうのだ
男でも女でも、それこそ元盗賊や娼婦でも簡単になれる代わりに、半ば奴隷のように酷使される冒険者は、この国では落ちこぼれの掃き溜めだったってことだ
当然他の国に渡るような金も伝手もない奴等ばっかだから、それでも一応続いているってところか
「おらてめえら薪だ。この俺に感謝しやがれ」
「ああああああああ! 待ちくたびれたぞジェードオオオオオオオ!!」
それに気づいてから俺はとにかく冒険者を止める道を進み続けた。ギルドとしては貴重な手駒が減ると疑惑なり書類改ざんなり妨害してきたが、生憎と俺は軍関係の伝手は幾らか持っていた
軍と冒険者両方に参加要請が掛かる【大規模防衛作戦】に積極的に参加していた折、知り合いになった軍の士官さんに話したら翌日には入隊試験の許可証が送られてきたよ
当然軍の下部組織に近いギルドは逆らえず、俺は晴れて兵士になれたって寸法よ。規則はあるが弛んだ軍隊だから抜け穴は多いし、何より飯と給料が安定して出るってのが強い
「うううう…ああ生き返る…」
「なんかもう今日は上りで良い気がしてきたぜ…」
「…寒い…」
「コニ―、死相出てんぞ。唐辛子でも齧ってろ」
「あ、ありがとうジェード…」
まあ後女っ気がないってのは痛いところだけど、正直それは今までだって同じことだから今更改めて言うこともない。ていうか言ってもどうにもならない
それに、身寄りのない貧乏軍隊の下っ端が女を養えるとも思えないしな…
「ん、誰か来たらしいな」
そんなことを考えていると、詰所の外がやけに騒がしくなってきた。感じからして別に俺の昇格が決定したとかそういう嬉しいものじゃなさそうだ
「分隊長殿、残念ながら一仕事ありそうですよ。それも意外と大仕事だ」
そう言いながら手早く鎧を締め直し、剣と盾を装備して最後に飾りっ気のない武骨な兜で顔を完全に覆う
分隊長も「またか」と泣きそうな面になりながら装備を整え、死に掛けている他の隊員を蹴り起こしていく。分隊の準備が整うのと、詰所の扉が乱雑に開かれるのはほぼ同時だった
「第二分隊! 緊急の仕事が入った! 即刻戦闘準備し小隊に合流しろ!」
髭の生えた偉そうなじじいはお馴染みのしかめっ面で怒鳴り散らすが、言い終わる前に俺達が完全装備で登場し出すと、目に見えて勢いを無くして黙り込んでしまった
「第二分隊、すぐに小隊へ合流します!」
小隊長のじじいが何かを言う前にぱっぱと列の最後尾に押し入ると、やっこさんは真っ赤な顔で行進命令を出して誤魔化す
最近ではこうやって小隊長を小馬鹿にする遊びがどの分隊でも流行っているらしく、皆ニヤニヤとその様子を見ている。まあ結果的に練度は高くなるかもだし、遅いよりはマシだと思うんだがね
「なあジェード、今度は何が出たんだろうな」
「さあな」
大体こういう場合、下っ端小隊に状況説明など降りてこない。何も知らされずに現地入りして、現地指揮官の指揮に従順に動くだけだ
そんなんだから魔物戦での損耗率が連合軍最高なんだよと言いたいところだが、それ以上に練度が低いからなあ、この国の兵隊さんは
『コルコルコルキョェェェェェェェェェェェェェェェ!!』
「うわぁお」
雪道を2キロ程進んだ先では、既に激しい戦闘が繰り広げられていた。矢の斉射と魔法が散発的に空を切り裂き、およそ100人あまりの歩兵が槍と剣で突撃を敢行している
『コケエエエエエエエエエ!!』
兵士達の中心には、鶏の上半身と蛇の尻尾を融合させたような異形の生物が、口から紫色の唾を吐きながらその体の大きさと気色の悪い動きで兵士達を苦戦させていた
「だ、第8小隊、突撃ィィィィィィィィィ!!」
否応なしに突撃の指示が飛び、俺達第8小隊も怪物に挑む哀れな歩兵の仲間入りになる。そして、前線に加わるとすぐに見知った顔と目が合い、その男に肩を掴まれる
「貴様、ジェードだな! ちょっと顔を貸せ!」
「アー、ナンノコトデショウワタシハソンナナジャアリマセン」
「嘘を吐け! このクソ寒い中でもご丁寧にフルフェイスの鉄兜を被っているのは貴様ぐらいのものだ!」
チッ、流石に顔見知りにはバレるか
ミスリルの装飾が入った立派な鎧で身を固めたこの軟派な顔付きの男は【アルベルト・パイク】
この中隊を指揮する士官様にして、何を隠そう俺の入隊への伝手先だった奴だ
中隊長は乱闘の中を器用に進み、俺を安全地帯へと誘導する。うん、なんでコイツが前線勤務で未だに生きてるのかよく分かる立ち回りだよ
「単刀直入に言うぞ。お前あれの弱点とか分かるか?」
「……」
中隊長の口から出てきたのは、まあなんというか、毎度期待を裏切らない他力願望な発言だった
「…まあ、分かるか否かと言われましたら、前者になりますな」
「よし、言ってみろ」
「そうですなあ…」
確かに俺はあの魔物の知識を充分に持っているし、戦闘経験も幾らかある
だが、ここで素直にペラペラと知識を与える愚策を俺は取らない。毎回の如く何か吹っ掛けるのが俺のやり方にして必勝の生存戦略だ
「聞くのはタダですが、それで得をするのは中隊長だけですからなあ」
「分かってる分かってる、お前はそういう奴だ。…2000Gでどうだ?」
お、今回は随分と上げてきたな。コイツ、人に頼りすぎてこういうのに味を占めやがったか?
でも、これひょっとしてもう少し吹っ掛けられるんじゃないか? いや、流石にキツイか? う~ん…よし、ものは試しにやってみるか
俺は精一杯の笑顔を込めて中隊長に媚びてみた
「中隊長殿、毎度我が小隊が来るまで兵に負担を掛けるのは非効率的だと思いませんか?」
「た、足りないって言うのか? お前それは如何せん……あー、そういう…」
我らが愛すべき中隊長殿はこれが何を意味するか理解したようだ。そう、これは俺なりのアプローチって奴だ。「俺をもっと近くまで上げてくれれば、もっと協力してやるよ」ってな
何せ真っ当な仕事をこなしていた冒険者で軍に移ってくるようなのって殆ど居ないからな。俺が積み上げてきた知識と経験はこういう使い方も出来る
中隊長は少し考えていたようだが、やがて決心したような顔で此方を見た
「具体的には、どの辺りが好ましいと思う?」
「はい、適当な役職……中隊長の副官でもいいですよ」
ここで俺はとんでもない提案をしてみた。一介の歩兵がいきなり中隊の副官になりたいと言うのだ。出来る出来ない以前に不敬罪でお縄を貰うレベルの暴言だが、これはあくまで斥候だ
人間、最初にとんでもないことをしろと言われた後まあなんとかなる程度のことを言われると意外に折れてくれることが多い。今回はその修正を利用してみることにした
まあ、副官は冗談としても、第1小隊の隊長ぐらいに召し抱えて貰えれば大満足だ。何せ給料がヒラの2倍も貰える。ギルドで働いていた頃にゃ想像も出来ない飛躍となるだろう
ふふふふふ、そしたらまずは肉だな。乾燥肉でも訳あり肉でもない純粋な肉料理を食おう。それに藁でない寝床と下着を…
「よし分かった、そうなるように働きかけてやろう」
「…え?」
「ん?」
…ちょっと待って今なんて言ったこの子
おかしいな…俺は副官にしてくれって言ったよなうん。でもそれってあり得ないことで本気には…
「マジ?」
「マジだ」
「副官?」
「副官だ」
「「……」」
…成程、完全に理解した
「より一層の働きにご期待下さい中隊長殿」
「任せろ一兵卒。バカバカ出世してやるわ」
「その時は末永くお供いたしますぜ旦那ぐへへ」
「馬鹿こけ、内地勤務になった時点で置いてってやるわ」
底辺同士の後ろ暗い取引が成立している中、俺の内心はと言うと……お祭り騒ぎだった
ウオッシャアアアアアアアアアアアアア!! 昇進大出世確定コースキタアアアアアアアアアアア!!
中隊副官だよ俺ったらもう! これはとんでもない上がりだぞあり得ねえ! 内地勤務になったら置いてく? 馬鹿はてめえだ、副官になった時点で下克上して這い上がってやる! そんでもって毎日高級料理食って羽毛のベッドで寝て優しい嫁さん貰う幸せライフを謳歌してやるんだ!
アアアアアアアアアアアアア脳が震えるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
「流石に嬉しそうだなジェード一等兵」
「そりゃそうです隊長殿! さあそうと決まればやりますよ!
あれを見て下さい!」
俺は上機嫌で中隊長の腕を引き今も兵士をちぎっては投げている怪物を指さす
「奴は【コカトリス】といいまして、この辺りでは滅多に見掛けない本来山奥の開けた場所を生活拠点とする魔物です」
「そんな奴がどうしてこんな平地に居るんだよ」
「あの何もない禿げ頭を見て下さい。やっこさんは今発情期が終わったばかりの雄です」
俺が指さすそれは、コカトリスの鶏冠だ。コカトリスの鶏冠は発情期になると毒々しい赤色になり、番を見つけて交尾を終えると一旦剥がれ落ちる
目の前の個体は鶏冠が無くなり剥げているので、丁度その段階であると判断したわけだ。だが当然こんな説明では中隊長も理解が出来ないので更に付き加える
「コカトリスと戦う時気を付けることは、毒と番です」
毒とは言わずもがな、到着した時から既に吐きまくっていたあの紫色の唾がそれだ
毒に直接当たった奴は全身の痛みに立つことも出来ずのたうち回っている
「それでは、雌が加勢に来る危険があるっていうのか?」
「いえ、雌か卵のどちらかでも健在なら雄はその近くを絶対に離れません。あの段階の雄が巣を離れてこんなところで荒れ狂っていること自体異常事態なんです」
そう、コカトリスはとても家族思いという特徴を持っている。それこそ、雌が残した卵1つでも残っていれば、1万の大軍を持ってこようと絶対に見捨てずに死ぬまで戦うだろう。
「何!? ではこれはどういうことなんだ!?」
何が起きたかは確かなことは分からないってのが本音だ。巣が焼き払われ雌も殺されたってのが一番しっくりくるが、コカトリス討伐の注意点はギルドなら行き渡っている筈。そうでなくてもそこまで言った冒険者ならコカトリスの卵を全部潰すのがどういうことか理解できる筈だ
軍がやったというのはもっとない。そんな金の掛かる仕事ならまず間違いなくウチが請け負うことになるだろうからな
となると、ただの異常行動かどうなのか…魔物とはいえ相手は生物、完璧に理解は出来ない
「今はただ、増援の心配はひとまずないと言うことだけ念頭に入れて頂ければ結構ですわ
それより今はどう倒すかを考えましょう」
「ああ、だがあの怪物をどう料理する?」
俺はひとまずふざけた感情を捨て置いて暴れまわるコカトリスをよく観察する。うーむ、立派な成体の雄だ。だが食事を摂ってないのかかなり痩せている
在り難いことに一番の脅威である羽根は激戦で傷付きとても飛べそうにない
「不安要素はありますが、行けます。確か馬用の縄がありましたよね? それをできるだけ長いものが欲しいです」
「つまり長くて頑丈な縄が欲しいんだな? それならいいものがある
おいそこの! 捕縛用のあれ持ってこい!」
「はっ!」
用意されたものは、大型の魔物を捕縛する強化ロープだった。馬を繋ぐ縄よりも頑丈で、そしてしなやか。今回の作戦にはこれ以上ない味方だな
用意されたものは5本だが、俺はその内3本のロープの片側を大きな輪っかに調整する
「面白い結び方だな。冒険者の知恵か?」
「いえ、猟の知恵です。罠結びって言って、リスとか捕るのに使ってました
それより、戦闘中の部隊に指示を願います。罠で動きを止めるので指示に注意せよと」
「おう、そこの! 戦闘指示だ!」
「罠だ! 罠を仕掛けるぞ! 前衛部隊は注意せよ!」
中隊長から指示を貰った兵士が叫ぶ中、俺は折りたたんだロープを抱えて戦場に飛び込んだ
コカトリスは迫る兵士を潰さんと何度も足を持ち上げ地面に叩き付けている。動きが大雑把な分、このやり方とは相性がいいだろう
「おい、これ持っててくれ。合図と同時に思いっきり引くんだ
ああ、お前も一緒に頼むぞ」
コカトリスに近付きながら、手近な奴からロープを直線状に託していく。反対側でも同じことをして、俺はロープの先端にある輪っかをコカトリスの足元に投げる
本当は木の枝とか獣道とかの通り道に仕掛けて置いていくもんだが、これだけ一か所で暴れまくっていれば、いずれは…
『コケッ!?』
その時、コカトリスの足が見事に罠を引掛け、足首の辺りまで浮いた
「今だ引けええええええええええええええ!!」
合図から一テンポ遅れて縄を持っていた兵士が綱引きよろしく思いきり引っ張った
二つ仕掛けた縄の内片方はスルリと抜けてしまったが、もう片方は上手い具合に引っ掛かったので、余った縄を引っ張って輪を縮めてやる
『コケェェェェェ!!』
「怯むな諦めるな引っ張りまくれ! 最後尾の奴は木に縄を結んじまえ!!」
叫ぶように指示を飛ばしながら、俺はひとまずその場を離れてコカトリスの正面に向かった
「流石にそう簡単に倒れねえか……だが、これならどうだ」
手に持つのは最後の縄だ。それを最初の縄と同じく兵士数人に持たせると、コカトリスの頭に向かって思いきり放り投げる
『ゲエエエッ!』
「はっ! 上手くいったぞ馬鹿野郎が!」
縄は狂いなくコカトリスの首に引っ掛かり、ギョッとした目が此方を向く
『コケェェェェェェェェェ!』
「今更喚いても遅い! それ引っ張っちまえ!」
「「「オウッ!!」」」
右足と首、両方から力を加えられれば、流石のコカトリスも堪らず体勢が崩れる
遂には足が絡まり、その重い巨体が地面に倒れ込んだ
「今だ、中隊長!」
「任 せ ろ !!」
そこに颯爽と現れた中隊長
重苦しいフルプレートアーマーをガシャガシャと鳴らしながら突き進み、その幅広の長剣を動けぬコカトリスの喉元に射し込んだ。流石は雑魚専中隊長、相手が動けないと分かれば動きに迷いがない
『コ、コケェェェ……』
「討ち取ったぞォォォォ!!」
コカトリスが事切れると、中隊から勝利の雄叫びが上がった
誇らしげに剣を掲げる中隊長も、満足そうに刻の声を上げている。まあ、かく言う俺もその中の一人だ。ほら、色々ある戦いだったけど、やはり生きて勝利を得られる喜びは良いものなんだよ
「ハハハハハ! 貴様もお手柄だったぞジェード!」
そんな中、中隊長がわざとらしく此方に手を振ってきたので、敬礼をして返す
何はともあれ、俺も少しは運が向いてきたのかも知れないな。勇者でなくても、特別でなくてもいい。ただ、生活さえ良くなれば、少しは何か見えてくるものもあるかも知れない
その時は、きっと昔みたいに、心から笑えるんじゃないだろうか
暁の空に照らされて、ソドラの蕾がキラリと光る。気付けば、あの凄まじい寒さも和らいでいるようだ
冬が終わり、春になろうとしている事実に、幾らか気分がよくなる気がした