第五章 アツアツ・2025
憧れのハカセの助手となった、砂漠の国出身・アリー大活躍のお話。
第三次世界大戦を回避したその実力とは…。
むかしむかしある砂漠の国に、たいそうお気の毒な父親がおりました。その苦悩は、かのハカセ的苦悩とは全く隔絶した恐怖でありました。まだ確かに砂漠であったそのあたりでは、あちこち掘り返してザクザク出てきたいろいろなものが随分高値で取引できるので、みんながお金持ちで何でも持っていて幸せなはずと、遠い国のの人々には思われていたものでしたが、本当は頑強な宗教に守られたり絞められたり盲目にさせられたりしている人々が、男ばかりで町をフラついている国なのでした。
その父親の一人息子という少年は、世にもまれな美しい子供でした。それはそれはナマツバモノになまめかしく、少年としての、東西融合の彼ゆえの性別を超越したムンムンな魅力に、信仰アツく、特に権力の座にあるおっちゃんたちの手は、股間を求めて大いにさまよったものでした。その地の宗教には、各種下半身のアツさを感じてどうしようもない時には、急いで妻の元に帰るようにとの教えがありました。かくして、そのへんのトコロの出生率が一時的に沸騰したものでしたが、そんな因果関係については、みなさん顔をほてらせてちょっとニヤつき、何も語ろうとはしませんでした。
父親にとっては、そんなコトとかいつナニがどうされてもおかしくないかもしれないということより、更なる内なる恐怖がフツフツと沸いていたのです。
そのテの情熱は死刑に値するものと、かの宗教ははっきりと教えています。語られない=存在しないコトならば、わざわざ死刑にすると言ったり書いたりする必要はありません。従って山ほど存在すると考えてもいいでしょうね。んん…。
ムズムズする少年の魅力とは、それを感じるおっちゃんたちに罪があるというよりも、感じさせる少年が悪魔なのだとされることが、父親の血の気を無くさせる恐怖なのでした。砂漠的公衆衛生上、少年一人が消えてくれた方が手っ取り早いというワケです。
自身ではたしなみませんが、西欧教育を受け、最もアツアツな信仰煮える指導者に技術協力をしていた父親でしたので、将来性ある息子がどうにかお触りなしに成長するにはどうすべきかと、握りこぶしをかじりながら、選択肢を絞り出してみたのでした。
①息子を閉じ込める。(娘だったものとあきらめようか…おっちゃんたちに見られなければ、そのうち忘れられるかも…それに一人前の大人になれば、魅力半減ってことになるかもしれないし…)
②息子を超キケンな指導者に渡してしまう。(そのへんのいまいちなおっちゃんの手でナニかされるよりはマシかな、運がよければナニもされずに保護してもらえるかも…)
③息子を留学させる。(怪しまれずに西の母親の元へ…もし息子がソノ気なら、帰って来ない方がいいし…)
④息子を不具にする。(ちょっと顔を傷つけるとか?誉れ高きおっちゃんたちには穢れに見えるように…顔だけでダメなら腕の一本くらい切らなきゃかも…)
⑤親子で棄教し、亡命する。(絶対いつか殺される…もしかしたら、というか絶対身内の手で…うぅコワいよう…)
⑥死刑にされる前に息子を絞める。(苦しまないように…名誉のために、か…オエ…)
⑦革命を起こす。(いやはや、手に余る…)
お分かりのように、この父親はたいした大人物ではありませんでした。知恵あれど勇気なく、資金あれど信念なく、逃げ足早く、保身に努める俗物でした。キケンな指導者の信頼ブ厚く、何となく成功してしまうのが、どうにも腹黒いカンジです。目の前の危機を脱した途端に息子を忘れてしまうような男は、どうなるでしょうか。
ある日、キケンな技術にコンコン勤しんでいると、ちょっとした拍子に血管を詰まらせて、コックリ死んでしまいましたとさ。メデタシ、メデタシ。
父親がその③を選んだことは、息子にとって、もっけの幸いってもんでした。父親自身が早めに自然に消えてくれ、莫大な腹黒遺産は欧州中の川という川を飛び越え、西へ西へとうまいこと辿り着くことができたのですから。そうして少年(と遺産)は母親の親戚筋によって浄化され、可愛がられ、すくすくと成長したのです。
母親は、あなたはそのままで素晴らしい人間なのよ、と息子に言い聞かせました。息子はもう、すっかりソノケに浸って抜けられないものと思ってのことでしたが、本人としては、着飾ったりするのは普通以上に好きな少年であり、鏡を見るのはもっと好きであるくらいのものでした。また、勉強も好きでした。サラサラと何でも頭に入るので、知らない言語を学ぶのが趣味という青年になっていました。
そして、恋をしたのです。お相手はどうやら男性ですが…。それから二か月も経たないうちに、彼の元へ旅立っていました。目指すべきところが見つかったと、希望が膨らんではち切れたのです。
アリー青年(アリー=リシャール・アーキル・アブナキーラ・ダントン、独身、女性経験は未遂に終わる、アブナイ・アブナイ)は、ニュースで見た極東の大学へ留学し、あこがれの新技術を開発したハカセの助手となる夢をかなえたのでした。実際、このアリー青年なしでは、ヌケ作ハカセは救世主にはなり得なかったのです。
アリーは優秀な助手であり秘書であり、救世主全管理請負人たるべく、コニチワくらいしか知らなかった言葉に加え、各種慣習や法律、各地で儲かる経営学、地球環境論的人質交渉、メディア操作、スケジュール管理、上から下の体調管理、スピーチ矯正、視力矯正、大人物向け服飾効果研究などなどと、何でもかんでも学びましては、さらに恋するヤマトナデシコを目指しました。手料理も和食を得意とし、かいがいしく仕えて見返りを求めず、常にハカセの側にいるのです。
ハカセが寝てる間にハカセ代理として衛星会議に出席し、ハカセの行うべきスピーチ原稿を書き、ハカセの書いた論文を翻訳し、アイロンがけをしてはハカセの特大サイズのシャツに頬を寄せ、うっとり溜め息をついたりするのです。無理に愛されようとするよりは、ただ役に立てれば、時々必要としてくれればそれで、もうトロけそうに幸せと思ったのです。もちろん、ああして欲しいとかこうしてどうにかして欲しいとか思うトコロはありましたが、とりあえず夢の中でトロトロに煮詰めるだけでも結構な恍惚でありました。それはもう夜な夜なコツコツ弱火で煮込んでおりました。
強火で煮立てたのは、各種演出家として華麗に奔走していた、父親の威光残るアリー自身の名前でした。かの停戦交渉は成功し、ハカセの影でグツグツ煮詰められたアリー青年の鍋の中で、世界情勢は動かされていたのです。それを知っていたのは、数人のおっちゃんたちと、娘が一人だけでした。
…ピーッ…
…プッ…
「モシモシ、ミオチャン?アリです。お元気ですか?心配かけてゴメンなさい。お父さんは今、世界のためにガンバッています。とっても立派です。もう少しで帰れると思いますので、待っててあげて下さい。私も会うのを楽しみにしています。また連絡します。体に気をつけて、お仕事がんばってね。またメールちょうだいね。」
…ピーッ…
ハカセは人質として口をポカンとさせっぱなし、アリー青年は秘密裏に多忙を極めていた2025年、未央にとっては第三次大戦の危機(PTCK世界危機と命名される。第三章参照)など、まるで他人事に思えました。そしてまた、このおっちゃんにとっては永遠の謎かと見えたのです。
…プッ…
UFOからお知らせ致します。ここからは関係のないおっちゃんのお話で、一時をお楽しみ下さい。
…パッ…
おっちゃんは、最高級ホテルをピカピカに保つプロとして、ボチボチ人生の42年を職場で過ごして来ました。迫る定年退職後には、どんなヨゴレ仕事でも何でもしますと、ここで働き続けるつもりです。格差社会を泳ぐおっちゃんの世界は、昼夜構わずフットワークの軽い、時給制ってヤツなのです。ホテルは世界だ、というのが自論のおっちゃんは、人生を賭けた退屈な仕事に、おっちゃんなりの深い愛情を持って生きて来ました。時々、おっちゃん的にちょっとキラッとする瞬間があるので、大したモンだ、オレは一流だと思っています。
歴史的ニュースに世間が盛り上がっていたこの日も、おっちゃんは、豪勢な人々が残すヨゴレを存分に堪能していました。そうです、ちょっとキラッとする瞬間が迫っています。
さてこの部屋は?ドアを開ける度、ちょっとキラッとはしないまでもワクワクがあるはずが、その部屋に限って、あまり面白くないとおっちゃんには思われました。ヨゴレがないのです。おっちゃんにはドンチャン騒ぎ明けのヨゴレぐらいが結構なのですが、ここでは泊まった上客の生き様が見えません、残念。とりあえずまあ、ベッドぐらいはそれなりに乱れているはずと期待して、仕事に掛かります。姿勢が大事ってことですね、頑張れば道はひらけます。
おやおや、おっちゃんのアゴが落ちました。ホテルは世界だ、とおっちゃんは信じていますが、それ以上のモノが見えるのです。べッドにいるのは何モノでしょう。人間でしょうか、天使とか、菩薩とか、幽霊とか?とにかく、美しい人がしくしくと泣いています。おっちゃんの足は、思わずその人の元へ引き寄せられました。
おっちゃんは、優しく話しかけます。どうされました、とか何とか、この世界で学んだ国際語を駆使しています。おっちゃんも、ナカナカ隅に置けません。その人は、顔を上げました。
常識的な皆さんには敢えてお伝えしておきますが、その人はどう見ても男性です。そして、おっちゃんには気になりません。涙で輝く肌はミルキーに白く彫り深く、隅々までいちいち端正です。国籍や年の頃や職業など、おっちゃん的世界基準では計測できそうにありません。でもいろいろ知りたくて、おっちゃんの口はポケーッと開いてしまいます。
「どうかお気を確かに、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」
「いいえ、ありがとう…」
美しい人はご当地言語で返し、再度涙をあふれさせます。もうちょっと休めば落ち着けるはずと、おっちゃんの手を握るのです。隣に座ると、その人はとってもいいにおいで、おっちゃんはドキドキです。
「お呼びしたい方はいませんか?お一人でそんな…」
「もうすぐお客さんが来るので、しっかりしなきゃいけないんですけど、ゴメンなさい…」
ティッシュを差し出すおっちゃんは、指先にまで気を配ります。ぜひとも最後までお付き合いしたい気満々です。元気を出して欲しいと、必死で話題を探します。
「日本語が随分お上手ですね、すばらしい、どうやって勉強されたんですか?」
「愛してる人の言葉だから…ずず、すんっ (涙鼻水すすり音)」
「あぁなるほど、その人は運がいい、うらやましい限りですよ、きっと素敵な方なんでしょうね。」
「世界一ステキな人を、私が敵に売ったんです、ひっく、しかも無理やりキスしたりして私ったら、ずっ、かわいそうな先生!」
想像を絶するキラッと感に、おっちゃんはクラクラしてしまいます。ホテルは世界だ、ここにすべてがある!
「でも、理由があってのことでしょう、ね、その方も分かってくれているでしょう?」
「…どうもありがとう、すんっ、あなたはホントにいい人ですね、ずっ…」
おっちゃんは菩薩の微笑みを見ていました。心は浄化されて頭のてっぺんからシューッと吹き出すものがあるようです。
…コンコン…
菩薩の君の慌て振りを見て、おっちゃんのワクワクは頂点に達しました。すわ涙の源降臨かと、指先から足先から毛先までピシピシ立派な執事のフリで、訪問者を迎え出たおっちゃんでした。
見下ろした顔は、普通に現地人であり、小娘であり、化粧ッ気も華も素ッ気もなく、おっちゃんの両膝もガックリ落っこちそうに拍子抜けでありました。
「 …白井ですが。」
目に迷いあり、怒りあり、イライラ多き小娘は言いました。
「 …お待ち下さい。」
おっちゃんはピシピシ報告に戻り、小娘が待ち人だと悟った次第です。
おっちゃんの頭の中で、好奇心がキリキリ舞いです。それはそれは、アクロバティックに踊り狂います。菩薩的お礼を重ねられ、たんまりチップを渡されたり、ふんわりごこちでもあります。足許から震えが伝わり、徐々に大きな津波となってザブンと押し寄せ、おっちゃんはもう、あっぷあっぷです。菩薩の君の口から発せられると、感謝の言葉がこんなにも美しく響くとは、おっちゃんはアツアツに熱狂してしまいました。
コッソリ盗み見した菩薩の君と小娘の対面は、涙、涙でありました。お父さんにひどいことをしたとか何とか、菩薩の君は涙のうちに語ります。何というキラキラを見たことでしょう。小娘が重要人物の娘であるらしいとの情報が、おっちゃんにはまるっきりマタタビ効果です。内なる魂はトロトロになっています。
おっちゃんはここで引き下がるつもりはサラサラなく、根回しをグイグイ開始します。二人は座って話し込み、部屋を出るつもりがなさそうなので、白鳥作戦の決行です。優雅な白鳥は、おすまし顔でも水面下では激しく足を働かせて泳いでいます。どんなヨゴレ仕事でもさりげなく美しくこなすおっちゃんたちの仕事ぶりは、まさに白鳥なのです。
まずは情報がヨダレだくだくに欲しいおっちゃんは、ルームサービスの確認を取りました。担当者は、おっちゃん的世界観を理解する別のおっちゃんです。菩薩の君から予約はないとのことで、素早く最優先で極上の紅茶が求められました。貸し借りや横流し、過剰介入、越権行為などは、おっちゃん同士では日常のお楽しみなのです。特級のキラキラを察知した別のおっちゃんは、全力を挙げました。3分14秒後にはドアをノックし、当然のように応対したおっちゃんに、こっそり白鳥のポーズを提示します。すなわち、右肘を前方へ上げ、手首を屈折、前腕を白鳥の首に、指先をくちばしに見立てるのです。おっちゃんたちは、仲睦まじ指先をつつき合って互いを称えます。
白鳥もおっちゃんの生態も露知らず、菩薩の君は語っています。
…人質と言ってもね、危ないことはないから…ちょっと宮殿にいてくれればいいだけだから安心して…あの人達はお父さんに何もできないから…実は私の父が昔協力してて、いろいろ知ってるし…単純な人で新技術に弱いから、無償提供すればすぐ解放してくれるはず…
おっちゃんは呼吸も忘れて耳を尖らせます。
おっちゃんがさりげなく紅茶を差し出すと、菩薩的微笑が返ってきます。小娘は、ふわふわに焼き上げた豪華洋菓子タワーを謎めいた目で見上げ、遠慮なく口に放ります。お気に召されたかと、おっちゃんもニッコリしています。
「それで、あの人のこと好きなの?」
ホテル・ドラマティック!
仕方なく奥に引っ込もうとしたおっちゃんの背中で、小娘の一言が炸裂しました。白鳥の首は、爆風で悲しいことになってしまいそうです。しかし白鳥が倒れても、おっちゃんは負けません。物陰から死に物狂いで臨戦体制を整えます。
「…ゴメンナサイ…」
お気の毒な菩薩の君、あんな小娘の攻撃に激涙です。
「アリー、あんな人、いくら想っても何の甲斐もないでしょ。やめた方がいいよ。それとも片想いが趣味ってだけ?」
「ミオちゃん!」
「別に私に遠慮することもないし謝らなくたっていいんだけどさ、あの人のためにはなっても、アリーのためにはならないよ。もっと泣かされることになる。で、いつからよ、かれこれ何年ぐらい片想いなの?」
「 え、…12年と、…さ…3週間ちょっと…」
「忘れな。永遠に片想いだよ。」
「…んが…え…う…あ…」
「よく考えて。ね。あの人ちょっとくらいいじめられても全然気付かないでしょ、いくらでも監禁してて平気だって。一人で反省させて、アリーの有り難みを感謝させればいいの。」
…ポーン…
ここで、おっちゃんには見えなかった事実をいくつか補足させていただきます。涙、涙、であったのは菩薩的に一方だけであって、二人の温度差は摂氏52度分も隔絶しています 。距離としては一万三千キロを超えて、地中にめり込んでいるようです。また、小娘的発言は大方正しいようでいて、けっこう間違っているかもしれない値も観測できました。詳細はまた後程、お楽しみに。
…ピーッ…
衣替えを済ませたその日、いいかげんいつまでたっても菩薩的対話の真意について内に外に盛り上がるおっちゃんたちは、テレビの前でおったまげてひっくり返っておりました。白井博士大先生の解放と、PTCK危機回避のニュース速報に吹ッ飛ばされてしまったのです。ヒゲを伸ばし、少々やつれた博士と喜びを分かち合う人の中に、見紛うことなき、菩薩の君がいます。
あの日のキラキラの、キとラ間がようやく一つにつながりました。おっちゃんの、究極に局地的な幸せは、壮大な歴史の一部だったのです。おっちゃんの思った通り、いえ、それ以上にも、ホテルは世界だったのです。おっちゃんたちは、白鳥のポーズで涙にむせびます。そして、謎多き世界情勢についてガリ勉に勤めることを誓います。菩薩の君の愛を総力を上げ応援することもです。
一瞬のキラキラをつなげ続けるには、努力が要ります。キとラの間に落ちないように、おっちゃんたちもそれぞれの日常を磨くのです。願わくば、菩薩の君にまたお仕えできるその日まで…。キラキラの湖に包まれる白鳥のバタ足は、永久に不滅です。さあ皆さんも、楽しくつっつき合ってみませんか?ぐわーっ!(あ…白鳥の鳴き声ですよ、んん…)