浮浪者と徘徊者
「家を持たないことの利点は、家賃なんかに搾取される事は無いんです。そして、春は、『春の野にすみれ摘みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける』のようにホームレス生活には持ってこいなのです。夏は暑いから、冷房求め会社に行きやすくなる。秋は、紅葉を見たり少々寒いですが、寝るにはいい季節です。冬は極寒ながらも暖房の嬉しさを感じ会社に行くのが楽しくなります。」―放浪者の言う言葉より
東京都のとある橋の下、一人の男が生活していた。
「ああ。何だかなあ。」コンビニの廃棄された冷やし中華を食べている。
滅多に来ることもないこの河川敷に人が来た。サラリーマンとでも言うか。
背広を着た男が歩いてきた。お偉い人かと思ったが、そうではなかった。
「おっさん。どうしたんだ?こんなとこで。何もねえよここには。」浮浪者である彼は、28歳である。かなりひん曲がった変人で、自ら浮浪者の道を歩んでいる。
人々に「何でこんなところにいるんだ。」と訊かれたら、「社会学の参与観察をやっているんだ」と言い訳をしている。仕事はwebライターをしており結構な収入が入るものの、家を持たずにホームレス生活を自ら望んでしている。彼曰く、「家賃だけで日本人は損をしている。」と述べている。
「俺は一体、誰なんだ。俺は一体どこで何をしていたんだ!くそったれ死んでやる!」男は入水自殺を図ろうとした。
「やめておけ。おじさんは自分が誰なのか知りたくないのか?」浮浪者はそう言った。
「お前だって、こんなところにいて良いのか?世間に馬鹿にされるんじゃないのか?」
「口だけは達者だな…おじさん、だが名前が分からないんじゃ残念だ。自分探しに出よう。」
「自分探し?お、オメエこそアイデンティーをなしてねえんじゃねえのか。」
それじゃ、お茶になっちまうよ。彼はそのように思った。
「落ち着いて。人は日々細胞が入れ替わっている。俺も誰だかわからない。自分ってそういうものだよ。自分が何者か思い出せないなら、思い出すまで待てばいい。それができなかったら、新たな名前を名乗るといい。」
「本当にそうなのか?俺は何かえらい職に就いていたはずだ。仲間が待っている。だが、会社が思い出せない。」
「きっと心労が重なっているだけだと思うぜ。俺の生きる道は、ホームレスなんだよ。仲間が待ってると思うならTVを見れば行方不明者が出ているはずだ。おっさん、年長者だから敬意を持って協力してやるよ。」
「ふん。どの口が言うんだ。まあ、頼んだ。」徘徊者であるその男は口ではそう言いつつも、有り難いという表情を表していた。
「よし、ここで待っていてくれよ。知り合いに頼んでくるから。」
「知り合いって誰のことだ一体。」
「専門家だ。解決してもらうには心理的アプローチが必要だよ。」
ホームレスというは誰にも知られていない。住んでいるところは、一応実家の住所を書いている。ちなみに携帯、スマホも持っていない。「お金の無駄だ」と言っている。
「遠野の親っさん、認知症、若年性アルツハイマーだと浅学の目から見ると思う人がおるんです。見てもらえませんか。」
「勿論じゃ。お主の頼みなら聴いてやろう。コラムを立てて、俺の監修でカウンセリングのことについて書いてもらったからな。その節はお世話になった。今こそその恩に報いるとき。それで、どこにいるんじゃ?」遠野忠彦、臨床心理士であるが立地の悪いところに事務所を構えて人が来なかった。そこを、浮浪者に救われたのだ。
「近くに川がありますね。そこの橋の下です。」
「分かった。案内してくれ。」
早めに橋を下り、住んでいるところに来た。
「いやぁ、こいつなんだが。散歩で歩いていたら偶然自殺しようとしていて。」浮浪者は隠すようにやや高い声で話す。
「お前が、あの赤い段ボールハウスに住んで…」徘徊者は近いことは覚えてるようだ、慌てて口をふさぐ。
「自殺とは聞き捨てならねえな。よし何か抱えているのだろう。カウンセリングを施しましょう。」クライアントになるはずの男のセリフは聞いていなかった。
「とりあえず、この男に付き従ってくれ。俺みたいな門外漢よりもよほど頼りになる。」
「ちょっとあんた…」遠野と徘徊者の声がしたとき、浮浪者は霞のごとく消えていた。




