虫の初戦 4
洞窟の中は暗かった。
ただ、真っ暗闇ではない。どういう仕組みか、等間隔にあるランタンの光だけが内部を照らしている。
遠くの方だが「ギャー」という声が聞こえた。
このダンジョンにいると、断末魔は定期的に聞こえるものらしい。嫌すぎる。
エレベーターを降りると、しばらくしてエレベーターが下に降りていった。
ゴウン、と音がして扉の下からブロック塀がせり出す。
しばらくするとエレベーターシャフトをブロック塀が完全に隠してしまった。
ここも片道らしい。
「3階だ。初戦のターゲットについて同意を得ておきたい」
ゴトウがパーティーを見ながら言った。
「いつも通り俺が斥候をやる。お前達は俺から10メートル程度離れた後ろからついてきてくれ。
敵の装備だが、戦士がロングソードを装備している場合は無条件で仕掛ける」
ロングソードは弱い武器なのかな?
「ロングソードを装備していたら、その敵は弱いのでしょうか?」
ゴトウはこっちを向きながら答えた、表情は笑顔だ。
「いい質問じゃないか。
冒険者のパーティーは、戦士の武器から整え始める。ロングソードは戦士が装備する武器としては下から2番目だ。3階を攻略する上で、最低限の程度と言える。
なので、ロングソードを装備している戦士がいるパーティーは弱い」
なるほど、納得のいく説明だった。
「例外はないのですか?」
「ない。ブリーフィングで説明した通り、冒険者の行動に例外は無い」
強いお言葉!カッコイイ!!
「おおー、ゴトウ先生の講義がまた始まったぜ、メモメモ_φ(・_・」
アベが茶化す。器用に柱みたいな棍棒で地面にメモしだした。(例外なし)と書いてある。
「ゴトウは学校の先生だったんだとよ。先公が盗賊とは泣けてくるよな(笑)」
こいつ性格ワリいな。でもゴトウは先生だったんだ。
どうりで教えたがりなワケだ。
ふー、とため息をつきながらゴトウが返事をする
「ま、確かに今となっちゃ関係ない話だがな。
品行方正に生きてきたつもりが、転生したら盗賊とか、なんの嫌がらせだろうな。罰ゲームだよまったく」
そうだ、まったく罰ゲームだ…。
俺も至極真っ当な社畜だったのにもかかわらず、ニンジャになって洞窟で殺し合いだ。
神も仏もありゃしないぜ。
「10階層以上を縄張りにしているの敵パーティーは様子を見ながら仕掛ける。
それ以下の階層を狙うようなパーティーはやり過ごすぞ」
「了解、センセイ!」
アベが敬礼をする。
「話はここまでだ。行くぞ。今後は会話禁止だ」
さっと前を向くゴトウ。全員にピリッとした空気が流れる。
いよいよ殺し合いだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1時間程度経っただろうか。
前を歩いていたゴトウがサッと手をあげる。
アベとカゴは音を立てない様に少し引き返して、曲がり角を曲がる。
ゴトウが身を伏せると、なぜかその姿はすごく見えにくくなった。
「ハイドだ」
アベが小声で話す
「バーグラーのスキルでハイドってんだ。伏せて息を止めると、姿が認識しにくくなる」
「シッ!」
カゴが怒る。喋るな、という意味だろう。
ゴトウが左手の指を2本立てて振る。
そのあとに指を1本立てて、からパーの形に手を広げる。
「やり過ごすぞ」
アベは低い声で言った。
「敵は15階層を縄張りにする様なパーティーだ。俺たちなら勝てなくはないが、誰か死ぬ。初戦に選ぶ相手じゃない」
ヤバイ、強敵だ。
「敵がこっちに来たらどうするんですか?そもそもゴトウは隠れ切れるんでしょうか?」
俺はできるだけ小声で聞く。生死に関わる事だ。間違いがあってはならない。
「ゴトウは大丈夫だ。アイツのハイドは完全に伏せると仲間の俺たちでも見る事が困難になる。
問題は俺たちだ、ここでは隠れる場所が無い。敵がこっちに来る前に道を引き返して曲がり角を2度曲がる」
「相手も同じ道を曲がって来たら?」
「…覚悟を決めろ」
アベは冷静に答える。
この覚悟って、死ぬ覚悟だろうか。
…こんな時、何を思えば良いか分からない。
過去のすばらしい思い出を振り返れば良いのか。
アベが言う通り、俺たち3人は出来るだけ音を立てずに道を引き返す。
T字路を曲がってさらに進んだ先の曲がり角を曲がって立ち止まる。
息を殺して敵が通りすぎるのを待つ。
こっちに来るな、こっちに来るな…
心臓が痛い。動悸が早くなりすぎている。
ガチャガチャと鎧を着た男の歩く音がする。
「いやー、腹減った!そろそろ休憩にしねえか?」
敵パーティーの声が聞こえて来た。
「もう!さっきご飯食べたばっかりでしょう?」
「干し肉2切れじゃ足りねえよ!なんか他にねえのか?」
「駄目!まだ3階なのに、食料を食べ尽くす気?帰りもあるのよ?」
「ちぇー」
ちぇー、じゃねえよ。
命のやり取りしてんだぞ、何をのんきな話をしてやがる。
足音がクリアになっていく…だんだん近づいて来た。
ああ、俺の転生人生も短かったなあ、くそ…ここで死んだら次はどこに行くんだろう?
足音がT字路に差し掛かる雰囲気だ。
曲がり角を…曲がった!
クソッ!こっちに来る!
「…殺るぞ」
アベが言った。
「最初にゴトウが仕掛けるわ。アンタは盗賊を殺して」
カゴが早口で説明する。
「私達は最優先で魔法使いを殺る」
ドドドドドドドド、と心臓が脈打つ。
苦しい!苦しい!
「ケェー!!」
道の向こうから獣じみた声が聞こえる。
「ゴトウだ。敵の気を引いてくれた。突っ込むぞ!」
バッ!と全員が動きだす。
一本道、敵は5人、敵パーティーの向こう側にナイフを持ったゴトウが見える。
敵は隊列をゴトウ側に組んでいる。
服装から予想すると、
前列に戦士、騎士、
後列に盗賊、僧侶、魔法使いだろうか?
敵はまだ俺たち3人に気づいていない。
ゴトウは緑色の刃のナイフで戦士の手を切る。
「バーグラーよ!毒のナイフだわ!」
敵の僧侶が叫ぶ。
敵の魔法使いが何やらブツブツとつぶやいている。
僧侶の手から光が出て来た。
こいつら、何かしようとしている!
俺たちは目標に向かって走り続けている。
もう心臓の音は聞こえない。キーン、と耳鳴りがする。
ゆっくりと盗賊の背中が近づいて来る。まだ気付かれていない。いける。
俺はヤッパで盗賊の背中を切りつけた。
革の鎧が裂けて、盗賊の背中に切り傷が入る。
「イヤン」
???
俺の口から意味不明な言葉が漏れる。
と、同時に盗賊の首が飛ぶ。滝の様に血が飛び出す。
なんだこれ、切ったのは背中だぞ?
なんで首が飛ぶんだ?
ドグシャ、と嫌な音が隣から聞こえる。
アベの棍棒で魔法使いが肉の塊になる。
「ギフトか!ついてるな!」
アベがこっちを向いて叫ぶ。
ギフト?
ギフト??
「僧侶も殺った!」
カゴが叫ぶ。
可哀想に、僧侶は頭から鉄球をはやしていた。
頭が半分えぐれている。どう考えても致命傷だ。
あとは戦士、騎士の二人だ。
戦士が大剣を振りかぶる、アベが俺の前に割り込んで大剣を棍棒で受け止める。
刃が棍棒の浅い所で止まる。
「なん…だと…?」
アベが何故か芝居掛かったセリフを言う。
なんだそのセリフ?
と思ったと同時に戦士が10メートル程度向こう側に飛んで行った。
アベが力を入れた様には見えない。なんだこれは?
騎士の方はどうだ?
「ウグッ」
騎士の刺突剣が深々とゴトウの腹に突き刺さっている。
ゴトウの口から血がゴボゴボと溢れた。
ヤバイ、致命傷だ。
「ゴトウ!ギフト使え!」
アベが叫ぶ
ゴトウは力を振り絞って、腹の剣を抜き、後ろに飛び下がりながら言った。
「俺は4天王の中でも最弱!これから真の恐怖がお前達を襲うのだ!」
え?何それ?4天王ってだれ?
と、同時にゴトウの腹の傷が消える!
「ガ!指3本かよ!結構死にかけてるんじゃねぇか!」
アベを見ると左手の指3本が取れて血がだらだらと流れている。
何が起こっているのかさっぱりだ!
俺は騎士の方を見た。
騎士はゴトウの意味不明なセリフを聞いて、少し戸惑っている!
背中がガラ空きだ。仕掛けるなら今しかない。
俺は騎士に一太刀入れるために急いで近付く。
「上半身は鎧で刃が通らない!下半身を攻撃して!」
カゴはやっぱり早口だ。
騎士の背中をみると、腰のあたりには鎧が無い。
ここだ。
俺はヤクザまんまのドスの刺し方で体重を込めて腰にヤッパを差し込んだ。
「往生せいやぁ!」
ドスッとヤッパが腰に刺さる。肉の感触が手に伝わる。
妙に手応えがない気がした。人を刺すとこんな感じなんだ。
「イヤン」
俺の口からセリフが勝手に出る。
まただ!なんだこれ!!
と、思うと同時に騎士の首が飛んだ。だから狙ったのは腰だって!
首のあたりから血が噴水の様に飛び出る。
俺はヤッパを引き抜こうとするが、肉が締まってまったく抜けない。
返り血をドバドバ浴びながら、敵の戦士を見る。
10メートル向こうで、戦士がガタガタと小刻みに震えてからバタリ、と倒れた。
「毒が効いたか、勝ったらしいな」
ゴトウがフー、と息を吐く。
…なんだか分からないけど、勝っちゃった。
俺の初戦はハテナだらけのまま、気づいたら終わっていた。