虫の過去 1
加筆修正 2016.10.30
俺は、京都在住のサラリマン、安田圭佑。
ブラックな企業で働くちょっと夢見がちな39歳だ。
信じられないが、異世界転生をしたらしい。
夜11時までみっちり残業を行い、家に帰り、娘の寝顔を見てから、妻の作った食事を食べ、安月給の愚痴を聞いてから床に付き、起きたらダンジョンの中だった。
何の前触れも無かった。
「貴様ッ!マスターの御前で何を寝そべっておるかぁ!」
脇腹に激痛が走る。
容赦無い蹴りが捻じ込まれ、内臓が飛び立しそうになるも跳ね起きたのは、社畜のなせる技か。
気がつけば、直立不動のポーズであった。
「あえ?マイコ?え?」
安月給に耐え兼ねた妻の逆襲かと思い、
妻の名を呼ぶが、明らかに部屋の雰囲気が違う。
ブンブンと首を振りながら周囲を見渡すが、理解が追いつかない。
妻は?娘は?
嫌な汗が出てくる。家族を置いて異世界に来てしまったのか?ラノベの読みすぎで夢を見ているのであれば良いのだが、そうでは無いらしい。脇腹の痛みが酷く、夢では無いと全力で主張してくる。そう、夢では無い。
正直、異世界転生に憧れはしていた。
チートな能力を手に入れて美少女に惚れられる生活を夢見る人間が、いいオッさんでもいいじゃない。
でも、それは幸せな家庭を維持してこそ許される妄想であり、現実逃避だった。
俺の安月給では碌な貯蓄も無い。妻はパートで働いているが、すぐに生活は困窮するだろう。
俺は家族を養う為の愛情にあふれたどこにでもいる普通のオッさんなのだ。
すぐにでも帰らねば。
ゴツゴツとした岩をくり抜いた部屋。
15メートル四方の広さで、段高いステージの様な場所に座る茶色のニンジャ装束の男。
その両脇には1メートル程の柱があり、先端では松明が燃えている。
ああ、アレだ。大河ドラマでよく見る戦陣の中にある松明だ。無駄に偉そうなステージだ。
茶色のニンジャは目を閉じたままだ。人が目の前で蹴り飛ばされても微動だにしていない。
何だこの人?マスターだと?
どうやらこいつが俺の生殺与奪を握っている事は何となく理解できる。
そして、俺を蹴飛ばしたのであろう紅いニンジャ装束を着た男が、俺を見ている。
この赤いニンジャが中間管理職に違いない。つまりは俺の直近の敵であり、今後、靴を舐めさせて頂く対象だな。ブラック企業で働くサラリマンを舐めるなよ。舐めるのは俺だ。
赤ニンジャが俺を見る目は虫を見る様だ。
全くの感情が無い。
「主も、もうちょっと覇気のある男を呼び出してくれれば良いものを…」
赤ニンジャの男がため息を吐き出す。
やはり目には感情が無いままだ。
とにかく彼らから現状を聞き出さねば。