完全無欠の編入生?
「じゃあ京都さんは窓際の1番後ろの席に」
クラスの人数は規定人数一杯だから新しく席を作るとなると少し外れた席になるんだ。丁度、タバコの箱から一本取り出した感じに。
「はい分かりました」
編入生が指定された席に向かっているその時
「京都さんは真ん中の席が良いと思いまーす」
とある男子がそんなことを提言した。クラスを見回しても反論がありそうなヤツは見受けられない。それどころかクラスの真ん中の席に居座ってる俺にどけと言っているようだった。
「そんな、私はこの席で…」
ガタッ
編入生の言葉が終わるのを待たず俺は立ち上がった。
「ここは観測者である俺にそぐわない席だったからな、深奥の淵のあの場所が俺の性に合ってる」
全員に聞こえる声で俺はそう言うと、何か言いたげに此方を見ている編入生を通過して窓際の席に座った。アチャーって声が聞こえた気がするが気のせいだろう。
俺と彼女と後1人を除いたクラス全員が俺の存在がなかったかのように、彼女を俺の座っていた席へと促した。
「窓際は主人公席じゃないか、フフッ、ハーレムでも作るのか?」なんて自嘲してみたりする。
おい前のヤツ露骨に嫌な顔すんな。嫌ならお前が真ん中行けよ。
「私は窓際の席が良いです。あの人の前の席にして頂けますか?」
ーー何を言ってるか分からない。そんな顔をクラス全員が浮かべたと思う。何故なら俺も分からなかったからだ。
「え、いや良いよ、私はここで。京都さんは真ん中の席に座ってよ」
なんて言ってるのは嫌な顔したヤツだ。替わりたいけど、替わるとクラスの意見に反することになるから遠慮してる感じを演出してる。丸分かりだな。
「先ほど貴女は嫌な顔をなされていたじゃないですか。あの人は私に席を譲ってくれたのに、私は貴女に席を譲れないのですか?」
なかなか筋が通ったことを言うな。
でもなんでだ?完全無欠なあいつがヤツの嫌な顔の理由が分からないとは思えないし、さっき俺はあいつに振られた(?)じゃないか。
いや、俺の近くに来るのが目的じゃないな。
「何か他に目的が…?」
考えを巡らしても結局納得のいく答えには行き着かなかった。
「それはそうですけど…」
こっちをチラチラ見ながら彼女を諌めようとする前のヤツ。
「どうかお願いします」
騒めく教室。何故なら彼女が頭を下げたのだ…たかが席を替えたいと言うだけの理由で。だが、頭を下げられた以上無下には出来ず、俺の前に座るという理由は分からないけどクラス全員が彼女の席替えを認めなければならないことになった。
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「ねーねー京都さん、昼休憩学校案内してあげようか?」
「いや、それより京都さん好きなバンドとかある?俺はワンパクなんだけど」
案の定、HR後の休憩時間に俺の席の前が騒がしい。多少の変な出来事はスルー出来るんだあいつらは。にしても、数日前は俺があの状態だったんだがな。(1日で終わったけど)
「じゃあ昼休憩、皆さんに案内してもらっても良いかな?バンドはよく分からないけど、優しく教えてくれると嬉しいな」
側から聞いてれば高飛車に感じるが、丁寧な対応で反応は良いらしい。
「おいおい、さっきのはなんだよ。あれはないぜ」
突っ伏してる俺に話しかけてくる男。そんなヤツは1人しかいない。
「なんだよ。どうしようが俺の勝手だし、あの席は衆人環視が酷すぎる」
「ダメだこりゃ…」と、肩を竦めてるようだ。
「…」
「…」
何をするでもなくこいつは教室の隅っこに佇んでいた。
「勘違いして貰うと俺は困らないが、こいつが困るようだから言っとくがこいつは俺と違って嫌われ者じゃなくて一応顔は広い」
「褒めてくれて嬉しいが、一応は余計だ」
「ねえねえ」
いつの間にか前の席の喧騒は止んでいた。編入生の声が良く聞こえる。
「ねえちょっと、起きてる?」
誰だよスーパー編入生が呼んでるのに起きねえヤツは。泣いちゃうぞ?俺が
「おい」
ん、どうした?お前まで加勢したのか、なかなか起きねえヤツもいるもんだなぁ。
「はぁ、スゥ...タケちゃん起きて!」
ビクッ!
突然可愛い声で名前を呼ばれた俺は擬音付きで頭を上げた。そこには、天使...ではなく編入生こと京都柚七がいた。俺はもう死んだのかと思ったぜ。
「はぁ、やっと起きてくれた」と胸を撫で下ろす天使。
なんで俺を呼んだのかとか色々思うことはあったが何より、
「なんで俺の名前…」目をパチクリさせながら俺は訊いた。
「え?…あ、ごめん竹山くん。名簿に書いてあったから」
「…っそ」
さっきと呼び方が違う気がしたが聞き直すことは出来ないし俺の聞き間違いだろう。
「んで、なんか用?」
「えっと、さっきは迷惑かけちゃったかなって思って」
ぶっきら棒に用件を聞き出すのはどうかと思ったが普通に返してくれた。"さっき"ってのはHRのことか。
「別に、大したことねえよ」
「そう?それなら良かった」ニッコリ
そんな天真爛漫な笑顔を見せないでくれ、俺の濁りが薄まる。
「おいおい、もうちょっと言い方ってのがあるだろ…」
俺の守護者のようだった男が注意喚起してきた。
「大丈夫ですよ。えっと…」言い篭る編入生。
「ん?あぁ俺はひろし。よろしく京都さん」どうやら名前が分からなかったようだ。それを解して意図を汲んでやる器量が有るからこいつはウケるんだろうか。
「どうも、こちらこそ宜しく」
「ひろしって言うのか…」と、素直に率直な感想を述べたところ
「やっぱり覚えてなかったのかお前」
「はっ覚える価値がないもんでね」
「へいへい」
と三文芝居と名するのも烏滸がましいぐらいの遣り取りをする俺たち。
「フフッ」
「どうかした?」
「いえ、楽しそうだと思いまして」
「そうか?こいつと話すなんて苦痛以外の何物でもないぞ、委員長気取りだし」
「ひでえな!…でも、京都さんさっき楽しそうに話してたじゃん」
「それは…うん、2人は何か他の人たちと違う感じがして。それが凄いなと思ったんです」
「ん?」何か言い淀んだように感じられたが気のせいか。
「そんな大したものじゃないよ、そろそろ予鈴だ。席に帰るよ」
「はい、また来てください」
と言うと、ニコッと笑顔を見せて背を向ける編入生。話しかけてきた時と違い、どこか寂しそうな背中だった。そう、街で知人に会った時覚えてもらえてなかった時のような。
ただの会話の筈が、このアマと話すと俺が見透かされてる気がして落ち着かねえな...
「何か企んでるのか?」俺にしか聞こえないような声でぼやく。
前の女子を睨みながら授業を受ける俺なのであった。
第6話・終