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イブの拳銃

拳銃を見た。別に見ようとしたわけではなかったが、たまたま、ほどけた靴紐を締めようとしてしゃがんだ瞬間だった。紐がほどけた靴の先、目の前に"どすん"と黒い拳銃がそ落ちてきた。


「俺は見てない、見えていないぞ」と言い聞かせ、震える手で靴紐を締めた。

「そのまま、じっとしてるんだ、じっと」と自分に言った。しゃがんで座る私の足元に落ちた拳銃のほんの数十センチ先に、先の尖った黒靴と揺れるネイビーのトレンチコートの裾があった。その右足の靴先が私に上を向けと催促するかのように"トントン"とリズミカルに床を叩き続けた。


ショッピングセーターが集まる繁華街にある人目のつかない柱の影で、靴紐を絞め直そうとした私が悪かったのか、行き交う人の誰も、今、私の身に起こっている不幸に気づきはしなかった。

数秒間目を閉じた、無駄だとわかった。黒く光る拳銃と不気味な黒靴は消えることはなかった。


額に汗が吹き出した、細身で日頃は汗をかかない、~ましてや、12月のクリスマスイブの寒い日に~私は何十年かぶりに汗腺を大きく広げた。「カシッ」と何かが頭の中で弾けた、「どうして俺が撃たれるんだ」私は歯を食いしばって身構え、覚悟を決め再び目を閉じた。


数秒が数十分にも感じられた。目を開けた時、私の視界から拳銃と黒靴は忽然と消えていた。何の前ぶれもなく現れた死の恐怖から解放された私は、そおっと上を見た。拳銃を構えて私を狙っているであろう黒靴の男の姿はどこにもなかった。行きかう人々が何事もなかったようにクリスマスイブを楽しんでいる姿だけが私の目に写っていた。


"生きていた"という安堵感に体中の力が抜けた、私の耳に、どこからか流れてくるテレビニュースの声が聞こえた。


「最近、世界中で起こっているトレンチコートの男による銃乱射事件が、ついにアメリカのニューヨークでも起こりました、クリスマスイブを祝う人々に向けられた銃は14人の尊い命を奪い・・・」


声が聞こえる方向に向いた私の目に、壁面に備え付けられたテレビジョンに映し出された映像が飛び込んだ。乱雑に散らばったクリスマスプレゼントと歩き回る警察官。その後方にある柱の影に隠れて立つ、ネイビーのトレンチコートを着た黒靴の男の姿が映し出されていた。


そして、どす黒く光る拳銃が、「次は、お前の番だ!」という言葉と共に、ぐるぐると、混乱する私の頭の中を回り続けた。


再びその男が私の前に現れたのは一年後のやはりクリスマスイブの日だった。あれ以来、あのショッピングセーターにある柱のそばを歩くことはしなかった。その日も柱から遠く離れた所を歩いていたのだが、通路の天井の工事があり、通行制限のためその柱の横を通る羽目になってしまったのだった。見ずに通り過ごそうと強く思っていたはずだったが、何かの力が働きチラリとその柱を見てしまった。あのトレンチコートの男だった。


私は、ふらふらと、男に吸い寄せられるように近づいて行った。初めて男の顔を見た。端正だが、全く表情のない無機質な顔がそこにあった。男の口だけが、別の生き物のように動き、「次は、お前の番だ!」とあの時同じ、何度も頭の中を回り続けた言葉が発せられた。そして、一年前のように、男は忽然と消え失せた。


ショウウィンドウのガラスには、黒く怪しく光る拳銃を手に取り、体にネイビーのトレンチコートを纏っている私が写っていた。


「次は、お前の番だ!」そう、次は私が"イブの拳銃"を日本で実行する番だったのだ。


一年前、柱の近くでしゃがんでいた私の頭の中で鳴った「ガシッ」という不気味な音が、再び鳴り響いた。"私の頭脳"いや、あの時置き換えられた"私の人工頭脳"が起動した。そして、人間としての感情は抑制され、これから世界を支配するであろう強大な"ニューラルネットワーク"にあるコンピュータの命じるままロボットとして思考し始めていた。


私が持つ「イブの拳銃」の銃口は、楽しそうにショウウィンドウを見てプレゼントを選んでいるカップル、子供を肩車する父親と笑顔の母親、それらの人々に向けられた。


私の人工頭脳のニューロン(神経細胞)とシナプス(神経細胞結合)の回路は複雑な結合を繰り返し、"やるべき"正しい答えを導き出した。この、世界を支配する日本での一歩を実行するという答えを。


引き金が引かれたあと、人工頭脳に繋がれた私の耳に、イブのプレゼントとして、最後の幸せに満ちた人々の笑い声を"私の心"に届けた。私の人間としての後悔、悲しみそれらの意識はすぐにニューラルネットワークに溶け込み、構成する電子の一つとして世界を回りだした。


終わり


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