記憶と絆
宴会中の元奴隷の顔を見回し、【ステータス窃視】を使う。
ゲームでのひとりひとりのステータスを憶えているわけないが、記憶操作された者とそうでない者では明らかな特徴があった。
それは【忠誠】の数値。俺とは関わりなかった者たちは50もなく、俺との記憶がある者は100を越えていた。
テントに個別に呼び出して、俺との記憶が作られたものである可能性を話す。
誰もが最初は戸惑っていたが、調教を受けた記憶を消せることが分かるとそれを望んだ。
記憶を消すには本人の体力と理性が必要で、負担が大きいことがよく分かる。しかもステータスは完全に戻るわけではなく、偽の記憶で過ごした期間が長いほど影響が残るようだった。
全員の処置が終える頃には、真夜中になっていた。
スキルを使いすぎたからか、頭がひどく痛む。ミミルが出してくれた温かいお茶を飲むと、やっと心が落ち着いてきた。
最後の一人を送ったブリセイダが戻ってきた。
「やはり彼女もキミを憶えていないようだった。処置の前はキミを見ただけで恐怖していたのに、終わればとたんに忘れてしまう。これはとても興味深い」
「どちらにしろ俺は心が痛い。向こうが楽になる分マシだけどな」
頭痛が少しは楽になったので、気合いを入れて姿勢を正す。まだ俺の仕事は終わっていない。
「処置するとどうなるかは見た通りだ。それで、ザラとパドマはどうする?」
そう、この二人も記憶とステータスをいじくられていた。
俺がこの世界で目覚めて会った、最初からいる二人。彼女たちのそれまでの記憶は偽物かもしれないが、俺と過ごした時間はそうではない。消せるのは作られたものだけだ。
ザラはブリセイダに目を向けた。
「アタシたちの故郷に起きたことは偽物じゃないのよね?」
「うむ。残念だが、確かな事実だ。偽物の記憶は、捕まってからのものだけであろうな」
それを聞くと、ザラはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「じゃあいいわ。消しても消さなくても同じだもの。別にアタシは困ってないわ」
「そうですね。ワタシも同じです」
パドマがザラの横に立つ。
「グレイ殿は以前、偽物の記憶も含めて謝罪をしてくれました。グレイ殿も偽物の記憶に苦しめられていた上で、ワタシたちを気遣ってくれたのです。その記憶はワタシにとって大切なものです。消してしまうなどとんでもない」
「パドマ……」
二人の顔は晴れやかで、嘘偽りの欠片も見当たらなかった。
「なのにそれを消すか問われるなんて、ワタシは信頼されていないのかとちょっとショックでした。おわびに一発殴らせてください」
「パドマ!?」
「それいいわね。アタシも乗るわ」
「ザラも!?」
「二人だけズルいだよ。オラもやるだ!」
「私も私も!」
「そっちは関係なくないかな?」
「む、今のはひどいだ。オラには関係ないとか悲しいだよ」
「私も悲しいです」
二人ともちっとも悲しくなさそうだが、このままでは収まりそうにない。ブリセイダはいつの間にかテントからいなくなっていたので、助けを求めることもできない。
どうやら諦めて彼女たちの一撃を受け入れるしかなさそうだ。
翌日、目が覚めると日がすっかり昇りきっていた。テントから這い出せば、他の者たちは移動のための準備を始めている。
ミミルが持ってきてくれた朝食を食べていると、ブリセイダがやってきた。
「昨夜は大変だったようであるな。他のものたちも昨日の疲れが残っている。今日はあまり進めそうにないが、それでも動かぬわけにはいかぬだろう」
「そうだな。ここに留まる理由がない。何事もなければ、日暮れ前に森を抜けられるはずだ」
「我々は森の中の方が警戒しやすい。森を抜ける手前で陣を張ることはできぬか?」
【地図】を見ながら考える。森を抜ければ目的地はすぐそこ、一日もかからないだろう。
「問題なさそうだ。じゃあそれで行こう」
そういうことになった。
移動中、なぜかブリセイダが隣を歩いていた。
「昨夜の話だが、グレイ殿もまた記憶を操作されているのだろう?自分のそれを解除することはできないのか?」
「ためしてみたんだが、無理そうだった」
自分のステータスを見れるし、スキルの力は俺の中にある。だが記憶を取り戻すのに使うのは【女殺し】のスキルだ。男には当然効果はないし、自分自身を効果対象にすることもできない。
「それに……」
それに俺の記憶を取り戻したとして、俺は【今の俺】のままでいれるのだろうか。果たして【この肉体の俺】は、【ゲームを知る俺】と同じなのだろうか。それを知るのが、怖い。
だから今は、どうにもできないから、俺は俺のままで頑張ろうと思う。
俺が俺でいられるうちに、俺がやりたいことをやってしまおう。
「それに?」
問いかけられて、意識を現実に向ける。
「いや、なんでもない。それよりいつまでいるつもりだよ。安全確保を部下に任せたままでいいのか?」
「しっかり教育しているので問題ないぞ。たまには我がおらぬ方が楽になれてよいだろう。なに、あのモンスターの大移動の影響で、まともなモンスターは影を潜めているだろうよ。なので明日くらいまでは平和であろう」
「そうか」
ならこのままくだらない話が続くのだろうなと思ったが、口に出すことはなかった。




