模擬戦と前世の話
「喰らえ!」
「甘い!」
木剣と木剣がぶつかり合う、甲高い音がひびく。ホテルに隣接された広場で、パドマとジークロードが模擬戦をしていた。
実力はほぼ互角。どちらかと言えば、パドマの方が押しているだろうか。つばぜり合いになるとなぜか途端にジークロードが弱気になり、大きく距離を取ろうとする。
追撃しようとするパドマを大振りで牽制し、呼吸を整えながら様子を見ている。
端から見ていると、とても消極的な戦い方だ。
「ジークらしくないわよ、もっと攻めて攻めて!」
「パドマ!思いっきりやっちゃいなさい!」
ヒートアップしている女性陣とは裏腹に、俺たち男性陣はとても冷静に状況を見ていた。
「あれは卑怯だな」
「とても集中できたものじゃない。ジークじゃなくても心を乱されるだろう」
「近いともっとヤバいぞ」
「「本当か!?」」
勇者の仲間である彼らの視線がパドマへ向かう。
模擬戦であり、お互いそれなりにレベルを上げているということで、防具はほとんど着けていない。
そのせいでパドマの大きな胸が、とても躍動感のある動きをしていた。
革の胴当てがコルセットの役割をしていて、さらにスタイルの良さが強調されている。胸まで覆えるサイズがなかったためだが、本人は問題ないと言っていた。だが意外な所で問題になっているようだ。
「あれじゃあ本気を出せないな」
「レクリエーションみたいなもんだし、いいんじゃないか?」
「次にやる時は、ガチ装備の方がいいだろうな」
装備で固めれば、揺れが抑えられる分まだマシだろう。
戦況はパドマがどんどん優勢になっている。決着がつくのは時間の問題だ。今のうちに聞くべき事を聞いておくか。
視線は試合の方に向けつつ、勇者の仲間へ問いかけた。
「ちょっと聞きたいんだが、あんたらは前世のことは憶えているのか?」
「ん?ああ、やっぱりお前もそうなのか。だが、それについてはココアコルデに聞いてくれ。担当はあっちだ」
「頭脳担当か、わかったよ。確かに彼女が適任だろうな」
その言葉に、特に意味を込めたつもりはなかった。だが、小柄な男の方が不機嫌な声を出してきた。
「別にあいつに全部まかせてるわけじゃねえよ。オレたちはそもそも憶えてないんだ。知らないことを聞かれたって答えようがないだろ?重要なことだけ分かってりゃいいんだ。それぞれ被らないように知識を分けた方が効率的だろ」
「知識を分ける?」
「そうさ。そっちはお前だけなのか?仲間がいれば協力できただろうにな」
なんだろう、まるで憶えておきたいことを選んで記憶しているような言い方だ。
「なあそれは……」
「決着がつくわよ!」
質問は横からの声に遮られた。
パドマがジークロードの剣を弾きとばし、のど元に剣を突きつけた。
「やった!パドマさんの勝ちですねっ」
フィーが手を振りながらパドマに向けて走っていった。彼女はパドマに一番懐いている。元ドラゴンとドラゴニュートの間柄だからだろうか?
パドマの方もまんざらではないようで、まるで実の姉妹のように仲がいい。
今もフィーが木剣を見まねで振るのを、手をそえて指導している。
フィーも冒険者になると言っているが、どのくらい戦えるのかは未知数だ。今回の模擬戦も参考にしてもらうつもりだったが、どうやら師匠については迷うことはなさそうだ。
負けてすねているジークロードの方には、仲間の男たちが行っている。聞かなくても分かる、間違いなく「あれは仕方ない」と慰めているにちがいない。
そうやって眺めていると、ココアコルデが横にやってきた。
「さっき、前世について話していましたよね?グレイさんはどのくらい憶えていますか?」
「俺はほとんど憶えてないんだよ。この世界がゲームなこととか、後は前世の一般知識ぐらいかな」
「なるほど。あなたがどうしてそれだけしか憶えてないかは分かりませんが、一つだけはっきり言えることがあります」
「それは?」
「あなたが選んだ結果だ、ということです」
さっきのヤツラも言っていた、『その方が効率的だ』と。憶えておくことにも効率が必要なんだろうか。つまり俺は、記憶よりも大事なものがあったのか。
今のスキルを俺が選んだ?そんなわけないと思いたい。
ならばアイテムだろうか。リョウゾウたちは装備を持っていたし、俺ももしかしたらと思ったが、目が覚めた時にそんなものがあったようには思えない。
「もっと具体的に知りたいんだけど」
「だとしたら、タダでは教えられないですね。私たちだって、いろいろやりくりして手に入れた情報なんです。なにか代わりが必要ですよ」
そうきたか。
今の俺が出せるものと言えば、予備の装備やネタ装備くらいだが。
「それはちょっと気になりますけど、情報料としては安すぎます。そうですね、頼み事を聞いてくれるんだったら、少しだけならお話しますよ」
「……頼み事の内容によるな」
「前世の事を知りたいんじゃないんですか?本当に聞かなくていいんですか?」
「今はあいつらの方が重要だ。あいつらを危険にさらすくらいなら、情報なんてどうでもいい。別なやつから聞けばいいことさ」
リョウゾウたちからは重要なことは聞けなかったが、まだ他にもいるだろう。短い間にこれだけ会えたのだ、探せばたくさん見つかりそうな気もする。
「彼女たちの方が大切ですか、やっぱりあなたはいい人みたいですね。だったら安心してください、ぜんぜん危険なことじゃありませんから」
ココアコルデは力強く言った。
その日の夜、部屋で休んでいる俺にフィーが飛びついてきた。
「ねえグレイ、昼間にココアさんと何を話していたの?」
「大したことじゃないよ。ちょっと頼まれごとをされたのさ」
「頼まれごと?それってココアさんと連絡先を交換したこと?」
フィーの言葉で、ミミルたちが一斉に俺の方を見た。
「そ、それじゃない。連絡先は交換したけれど、それは頼まれごとの報告をするためだ。本当にそれだけだ」
思わず降参するように両手を上げてしまった。
「その頼まれごとってなあに?」
「亜人領の他の場所を見て回って欲しいんだってさ。ヒュマと戦争をしたがってるヤツラがいるとか、なんかキナ臭い噂があるらしい。俺も戦争なんてできるだけ無い方がいいと思うからな」
「あら、亜人をヒュマから救うには、ヒュマを潰す方が早いとは思わないの?」
「ザラ、ヒュマの全部が悪いワケじゃないのは分かってるだろ。それに戦争になったら、真っ先に亜人奴隷が殺されることになる。戦争は起こさない方がいいんだ」
戦争になれば、弱い立場のものから死んでいく。だからそんなもの、ない方がいい。
「それじゃあ、すぐにでも出発するのですか?」
「とりあえず外の冒険者ギルドに戻って、しばらくしてからだな。俺たちと魔竜討伐を結びつけられると、素材オークションの関係で面倒くさいことになる。外で聞かれても知らない振りをしておいてくれよ」
魔竜の素材は希少だから、どんな手を使っても買おうとするヤツラが出てくるかもしれない。気をつけるにこしたことはない。
「はい、分かりました」
方針は決まった。また移動が増えることになるので、それまでゆっくり休んで英気を養うことにしよう。




