しんぞうと勇者と決着
勇者が受けたという予言、『魔竜のしんぞうを破壊すべし』。それを聞いて疑問が解けた。
俺がこの竜の世話を始めた時は、かなり攻撃的だった。それは性格だけではなく、爪や牙が分かりやすいくらいに鋭かった。牙を剥いてうなる犬のように警戒心がむき出しで、近づくだけでも難しかった。
それが世話をするうちに大人しくなっていき、今朝にはリラックスした様子も見ることができていた。
そしてその時には、爪も牙もだいぶ丸くなっていた。俺が削ったわけではない。この竜の気持ちに連動するように変化したのだ。
むき出しの女性の体が本体なのだろう。そこに触れようとするだけで警戒された。その時には鱗が逆立つ気配さえあったし、『フィー』という名前を本体から聞けた時は、爪まで柔らかくなった気さえした。
フィーは普通の竜ではない。それはずっと思っていた。そして商人が掲げた像、勇者から聞いた予言。それが一本の糸で繋がった。
「そっちの勇者、攻撃するのはもうちょっとだけ待っててくれ。俺はまだ耐えられる。パドマ、フィーの本体を引きはがせ!」
竜の瞳が理性と狂気の間で揺れている。彼女もまた耐えているのだ。
「フィー、いい子だからもう少しだけ頑張ってくれよ。みんなで助けてやるからな」
パドマが竜の背中に飛び乗り、フィーの体を掴む。その体と竜とのつなぎ目に指を差し込んで滑らせた。
音を立ててフィーの体が竜から引き起こされる。だがまだ上半身の一部でしかない。
竜の反応はない。狂気に抗っているせいで、それどころではないのだろう。
パドマがどんどんフィーを引きはがしていく。だがそれが途中でとまった。
「グレイ殿、背中から太い管のようなものが伸びていて、本体と竜とを繋いでいます。これは切ってもいいのでしょうか!?」
「それが重要なヤツだ!そのままにして、今はできるだけ本体を引きはがすんだ!」
「パドマさ、これを使ってけろ!」
ミミルが何かをパドマに投げ渡す。あれはザラの精霊魔法を閉じ込めていた球体だろうか?
パドマがそれを開くと、中から木の蔓があふれ出てフィーの本体に巻き付いた。
「ザラさからもらった動きを封じる魔法だで。オラたちも手伝うだよ」
伸びた蔓の一端を、ミミルとザラが掴んで引っ張る。
「とても助かります。一気にいきますよ!」
パドマの両手に光が集まる。その手で蔓をしっかりと掴んだ。
「せーのっ……!?」
蔓を引くパドマに合わせるかのように、竜がその巨体を振った。俺も少しひっぱられたが、それよりも体の上に乗っていたパドマはより揺さぶられた。だがより強く引っ張られることになったフィーの体が、竜からずるりと引きはがされた。
手足が完全に分離し、残ったのは背中と竜を繋ぐ管だけだ。
「勇者、今だ!あの管の先にしんぞうがあるぞ!!」
「よく分からないが、信じていいんだな!?うおお、喰らえ!奥義『レイジング・スティンガー』!!」
勇者が高く飛び上がり剣を突き出すと、その先から強烈な光の線が放たれた。それはフィーと竜を繋ぐ管を貫き、竜の体を内側から突き破った。
管が切れたことで、フィーの本体が竜から離れる。丁度こっちへ飛んできたので、空いていた手で受け止めた。
勇者の奥義の余波で、巻き付いていた蔓が焼き切れて外れた。フィーの体に傷はない。先ほどまで竜と繋がっていたからだろう。
竜の方を見れば、その瞳は穏やかになっている。どうやらうまくいったようだ。
竜はフィーの顔を見ると安心したように目を細め、ゆっくりとまぶたを閉じた。
竜の口から力が抜けたので、手をそっとぬく。それから竜の頭をやさしくなでた。
「お疲れ様、よくがんばったな。あとは俺に任せてゆっくり休みな」
竜の姿が薄れていき、その場にいくつものドロップアイテムが転がった。その中にはいまだ脈打つ心臓と、石の砕けた破片が混じっている。
フィーの本体をパドマに預け、とりあえず俺の予備の服を一緒に渡した。
「マジかよ!?やりやがったなチクショウめ!」
商人が二階部分から飛び降りてきた。
「まさか本当に倒しちまうとは思わなかったが、まあいい。これで当座の資金は都合がつく。あとはそこから手を広げていけば、またすぐに店をとりもどせる。おおっと、お前らは動くんじゃないぞ。逃げようとしても無駄だぞ、出口はワシの部下がふさいでいるからな。魔竜を倒せる勇者なら、欲しがる者もいるだろうしな。なんならアイツに連絡して……」
商人の言葉はブツブツという独り言に変わっていった。
やっぱり普通の状態ではなさそうだが、だからと言って見逃せるわけもない。今の俺はレベルが上がっているし、仲間もいる。商人一人くらいなら、無力化することは簡単だろう。
タイミングを計っていると、回復を終えた勇者一行が俺の前に出た。
「貴様がこの魔竜を秘密裏に買い取ったことはさっき聞いた。だがこの魔竜はベステリア王国の民であり、所有物でもある。つまり貴様がやったことはベステリア王国の法に違反している。すでにゼニスの市長と話はついている。大人しく法の裁きを受けるがいい」
「ほう、法律?そんなもの、この秘密の地下施設で通じると思っているのか?あいにくここは水面下、光の差さない暗い場所だ。ほら、足音が聞こえて来たぞ。ワシの部下どもが駆けつけてくる。いくら勇者といえども、数の暴力には勝てまいさ。さあ、ワシに生意気な口をきいた覚悟をするがいい!」
たくさんの足音が迫ってくる。重々しく、乱暴ではあるが、どこか整然とした足音が。
勝ち誇って笑う商人の後ろ、先ほど俺が蹴り開けた扉の向こうから、武装した集団が姿を現した。
彼らは次々と部屋に入り、商人の後ろで隊列を組む。そしてリーダーらしき男のかけ声でかかとをそろえて立ち止まった。
商人が後ろを振り返り、首をかしげた。
「ああん?こんなに多かったか?それにそろいの服なんて用意した覚えは……」
「警邏小隊、第一、第二。当施設の制圧ほぼ完了しました。勇者どの、ご無事で何よりです」
「警邏隊、だと……?」
戸惑う商人の後ろで、勇者が笑った。
「ご苦労さん、そいつが事件の首謀者だ。丁寧に牢屋へ連れて行ってやってくれ」
「なん、なんだとおおおぉぉぉ!!」
暗い石の部屋に、商人の叫びがこだました。




