表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/85

VS剣鹿

怖いが、俺が下がるわけにはいかない。

せっかくカッコつけたんだ。食らいついてでも止めてやる。


剣鹿はもうすぐそこにいる。

鋭い角が俺を切り裂こうとして揺れている。

ヤバイ、このままだと首切られるんじゃないか?

体を沈めて避けようとしたが、なぜだか膝が思うように動かない。

手を前に出せばその手が切れてしまいそうに思えるくらい、剣鹿の角は鋭く見える。

そんな角はあっと言う間に俺との距離を縮めてくる。


もう避けられない。

そう思った時、ザラの方から風を感じた。


いや、風ではなかったのだろう。

服も髪もそよとは動かなかったにもかかわらず、確かに何かが彼女の叫びとともに放出されたのだ。


「『隆起ウプリフ』!」


地面が盛り上がり、俺たち3人をあっという間に持ち上げた。

何が起こったのか理解する間もなく、地面がドスンと揺れる。

下を見れば、剣鹿がその角を土壁に埋めていた。


【体力:152(-38)】


けっこう体力が減っている。

突進の勢いがすごかった分、衝撃が首にモロにかかったんだろう。よく見れば、角の根元にヒビが入っているのがわかった。


俺たちが立っていた場所が、2メートルほどの高さの壁になっている。

これが、ザラの魔法か。

そう思った直後、背中に気配を感じて振り返ると、ザラが杖を地面に突き立てて睨んでいた。


「ったく、カッコつけてんじゃないわよ。だいたいアンタみたいなブタがそういうことやっても、見苦しいだけだっての」

「きっつい意見だな。でも助かった。さすがにアレを無傷で止めるのは無理だったからな。それにしても、ザラの魔法はすごいな」

「ふん、当たり前よ。でも何度も使えるわけじゃないわ。強力な魔法ほどスタミナを多く使うのよ」


そう言う彼女の肌には汗が浮いている。

さっきまで走っていたのに、これだけの魔法がすぐに使えるのはやっぱりすごいと思う。


「ザラ、ありがとな」

「……別にアンタのためじゃないわよ」


ツン台詞いただきました。


「さすがザラ殿です。では次はワタシが!」


パドマは飛び上がると、左右の崖を蹴ってさらに高く昇る。左右の崖より高くなった時、そこから槍を下に構えて真っ直ぐに落ちてきた。


「『鷹の嘴(バサコンカ)』!」


槍が赤く輝き、その速度を増す。

そして鷹の鳴き声のような風切り音を上げて落下し、剣鹿の背を貫いた。


【種族:剣鹿

 体力:98(-54)

 状態:出血 怒り】


すごいダメージだ。おそらく槍が急所をかすめたのだろう。

パドマが槍を引き抜いて離れると、そこから血が溢れ出した。血の流れとともに、剣鹿の体力がどんどん減ってゆく。

だがそのまま死ぬつもりはないのだろう、血を振り撒きながらも、角を引き抜こうと暴れ始めた。

その暴れっぷりは凄まじく、俺が立っている地面までがグラグラ揺れる。

この角が抜かれたら、コイツが死ぬ前に俺たちが殺されるかもしれない。


「させるか!」


段差を飛び降りて、剣鹿の首にしがみつく。

ふりほどこうと前足で蹴ってきたが、耐えられないほどではない。体力バカのオークスなめんな。


「グレイ殿、大丈夫ですか」


パドマが槍を構えて剣鹿の後ろから近づくが、制止する。


「後ろ足に気をつけろ、死にかねないぞ。それより、さっきの技はもう一度出せるか?」

「申し訳ありませんが、槍が壊れてしまいました」

「じゃあ俺の武器を……って、このままじゃ渡せないか。そうだ、ザラ、俺の腰の包丁をパドマに渡してくれないか……ザラ?」


見上げれば、ザラは杖を正面に構えて、何かをブツブツとつぶやいていた。

先ほども感じた風のような何かが、ザラから立ち昇っているのを感じる。

その何かは次第に濃さを増していき、カゲロウのように空間が歪んで見えてきた。

それとともに、ザラの表情が険しくなっていく。

額には玉のような汗が浮き、呼吸も荒くなってきた。


また魔法か。それもさっきのよりもすごいのを使うつもりなんだろう。

ザラから放たれる気配はさっきの比ではなく、見ているこっちの背筋が寒くなるほどだ。


剣鹿も何かを感じとったのだろう。暴れるカがさらに強くなる。

角の根元からミシミシと音が聞こえてくるが、全く気にしていないようだった。

俺も負けじと抑える腕に力を込める。できることならこのまま締め落としたいところだけど、首の筋肉が強すぎて締まる様子はなかった。


ザラの呪文を唱える声が、いよいよ大きくなってくる。

剣鹿の体力は、残り72。

時間で解除されたのか、いつの間にか出血の状態異常が消えている。

俺の120あった体力も、かなり削れて80をきった。このままじゃ近いうちに剣鹿の首を手放すことになって、みんな殺されてしまう。

ザラの魔法がどのくらいかかるか分からないし、それどころか今にも倒れそうに見える。


「パドマ!ザラを抱えて跳べるか!?」

「えっ?は、はい!ザラ殿なら軽いので、おそらく余裕かと。ですがなぜです?」

「もしコイツが抜け出して自由になったら、ザラを連れて上へ逃げるんだ。お前ならいけるだろ?」


先ほどの跳躍力があれば、ザラを抱えてても飛べるだろう。さすがに俺は重くて無理だろうが、2人だけでも斜面の上まで逃げられるはずだ。


「それでは、グレイ殿はどうするつもりですか!」

「俺は、自業自得ってヤツだよ。あそこから逃げ出さなけりゃ、こんな所で死ぬこともなかったんだ。せめてお前たちだけでも逃げてくれよ」

「そんな!?」

「でも簡単にあきらめるつもりもない。せいぜい足掻くつもりだから、俺が生きてたら助けてくれよな」


笑いながら言ったつもりだが、頬が引きつっているのを感じた。

本当は死にたくない。でもこのままだと、みんな死ぬか俺だけが死ぬかのどちらかになる。なら少しでも犠牲が少ない方がいいだろう。


この世界に来る前のことはよく思い出せないけれど、なんとなく、ずっと流されるまま生きてきた気がする。

この世界に来た時も、何をすべきかわかっていたのだから、そのままゲームの続きをやっていればよかったのだ。

でもそれを拒否して、彼女たちを連れて逃げることを選んだ。

そのことに後悔はない。ただ運とか実力が伴わなかっただけだ。


剣鹿の頭の揺れが大きくなり、もう抑えるのが難しくなってきている。それというのも、角の根元がほぼ折れかけ、取れそうになっているからだ。

例え角がなくなっても、俺を踏み潰すくらいはしてくるだろう。

せめてパドマがザラを連れて跳ぶまでは抑えなければ。


そう覚悟を決めたとき、つき刺さるような冷気を感じた。

目を向ければ、濃密な気配を立ち登らせたザラがこちらを睨んでいる。


「ふざけないでよ。さっき黙ってから聞いてれば、アタシのことを無視して勝手に話を進めてんじゃないわよ!」

「いや、キミはその、か弱い女性だし……」

「そのか弱い女性にずっと助けられてるのはどこの誰よ!そんなことも忘るなんて、脳みそ腐ってるんじゃないの?」

「確かにそうだが、いや、脳みそ腐ってはないが……」

「そうよね、頭に詰まってるのは脂肪だものね。そんなんだから、自分勝手なことしか考えられないのよ」

「おい、この非常事態に何を言ってるんだよ!コイツの角が抜けたら、お前も殺されるんだぞ」

「アンタが自分勝手な事を言い続けるなら、アタシにも考えがあるわ。アンタが言う、か弱い女性の力をとくと見なさい!その首を絶対に離すんじゃないわよ!」


ザラが杖で地面を叩くと、隆起した地面が一瞬で消え去る。

角を引き抜こうとしていた反動で、剣鹿の前足が浮き上がり竿立ちになった。

その首にしがみついていた俺もまた当然引っ張られ、中に浮くことになる。


何をしているんだ、あのバカ!

怒鳴りたかったが、いきなりすぎて驚きの声しか出ない。


腹の底が冷えるような浮遊感の中、ザラが杖を掲げ、振り下ろすのが見えた。


「『大地よ(テロ)圧殺せよ(スマーシュ)』!」


ザラの周囲に渦巻いていた気配が、剣鹿に襲いかかる。

一瞬の間の後、剣鹿の足下が陥没し、さらに左右の崖がせり出した。

剣鹿の足が割れ目に飲み込まれ、胴体が崖に押しつぶされる。俺がしがみついたその首からは、哀れな悲鳴が吐き出された。


剣鹿の70近くあった体力が、一瞬で0になる。

俺の目の前で、岩からはみ出した頭が急速に朽ちていき、骨も残らず消え去った。

そして、二本の角と毛皮と肉が、ドサリと地面に投げ出された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ