はなさないで
タイトルちょっとだけ変更しました。
やっぱりこっちの方がいいよね。
「楽にするってどういうことだよ」
「わかってるでしょ。見られるのがいやだろうから、コテージくらい作ってあげるわ」
ザラが杖を森に向ける。
「『妖精の小屋』」
見えない何かがザラから森へと発せられると、森の木々が動きだした。幾本もの幹が寄り添い、枝が絡み合っていく。
数十秒後、そこには小さな家と呼べそうなものが出来上がった。
相変わらずケタ違いの魔法だ。
後は俺がパドマをあそこへ連れ込めばいいんだろうけど、それにはまだ迷いがあった。
「どうしたの。まさか、これでも不満があるって言うの?」
「いや、そんなことないけど」
ザラが言う、パドマを楽にするという言葉の意味は、よくわかっている。パドマは媚薬に抵抗してるから苦しんでいる。それを楽にするということはつまり、媚薬の効果を受け入れさせるというコトだろう。
でもそれをすることは、本当にパドマを助けることになるのだろうか。傷つけることにならないだろうか。
「その、俺がそうしていいのかなって思って」
「アンタね。前も言ったけど、アンタはアタシたちを散々弄んだのよ。アタシたちを助けたのは、その罪ほろぼしだったんじゃないの?それともまだパドマを苦しめ足りないっていうの?」
「そんなわけない。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「アンタが何を言ったとしても、パドマを助けることにはならないわよ。一度アタシたちを助けたなら、最後まで助けなさいよ。ほら、男ならグズグズしてないで、さっさと行ってきなさい!」
ザラはそう言って、俺の尻を蹴飛ばした。
くそっ、俺が言いたいことそうじゃなかったのに、俺が欲しかった言葉を言われてしまった。
そうだ。俺は2人を助けたんだし、これからも助ける。それがゲームの中だったとはいえ、酷いことをした彼女たちへのせめてもの償いだろう。
パドマに急いで駆け寄り声をかける。すると彼女は、焦点の合ってない目でこちらを見上げた。
「パドマ、大丈夫か?」
「グレイ殿……?」
体温が高く、呼吸が荒い。これは思ったよりも症状が重いのかもしれない。体力が減ってないかステータスを覗いてみようと目線を合わせると、強い力で肩をつかまれた。
「ぱ、パドマ?」
「グレイ殿、ああ、ぐれいどの」
パドマがうわごとのように名前を呼びながら抱きついてくる。
正面からしっかりと抱きつかれたので、彼女の顔がすぐ目の前にある。それが熱っぽくうるんだ上目遣いで、少しずつ近づいてくる。
大きな胸が押し付けられ、柔らかい感触を伝えてくる。
鮮やかな唇から漏れる熱い吐息。
俺はその唇へ唇を……。
「ここでナニを始めるつもりなの?」
鋭い殺気。
背後から、魔法を発動する前の恐ろしい気配が俺に向けられている。
そうだった。こんな場所で、パドマのあられもない姿を野盗たちに見せるわけにはいかない。
「よしパドマすぐに楽にしてやるからちょっとだけ我慢してくれよ!」
急いでパドマをお姫様抱っこで抱え上げると、木の家へと走り込んだ。
入り口は葉の茂った枝によって隠されていたが、ドアのようなものはなかったので、両手がふさがっていても問題はなかった。
家の中は木の枝で組まれた大きなベッドが一つあるだけ。そのために作ったのだし、他の物を作る余裕もなかったのだろう。
ベッドの上にパドマを優しく下ろした時、パドマが急に強く抱きしめてきた。
「グレイどの、だいすきです!」
「ええっ!?」
「パドマはあなたにどこまでもついていきます。あなたのためならなんだってします。だからわたしをすてないでください。わたしをはなさないでください」
はっきりと俺の目を見て、必死に懇願している。
たぶんパドマは、今と過去が重なって見えているんだろう。俺に捨てられるのではないかという胸の奥で消えずいた不安が、薬によって理性が緩んだせいで顔を出しているのだ。
だから俺は額と額を合わせながら、ゆっくりと言い聞かせる。
「大丈夫。俺はお前を捨てたりしない。約束する。だから落ち着け」
髪を優しく撫で、背中をさすり、目を見て言う。
「俺にはお前が必要だ。できればずっとそばにいて欲しい。俺の方から頼むよ。だから安心してくれ」
「……わたしを、はなさいでくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
一瞬の間の後、さらに強く抱きしめられた。
腕の回された背中が痛い。でも耐えられない程ではない。彼女の心の傷がどんなものかは分からないけど、この俺の痛みよりはるかに強いはずだ。だから俺はこのくらいの痛さなど、余裕で耐えて見せねばならない。
そうじゃなきゃ、彼女が安心してついて来れないだろう。
俺もまた力を込めて、パドマを抱きしめる。
「んっ、」
切なげな声がパドマの口から漏れる。
俺に抱きついた腕の力が緩んだので、体を起こしてパドマから離れた。
「あっ」
「大丈夫、安心しろ」
ベッドの上での位置を直してから、再びパドマへと覆い被さる。
「これから一生離れられないようにしてやるよ」
◇◇
それから何時間経っただろうか。
木の葉の天井は陽の光を通していたのだろう、今は薄暗い光を通していた。
パドマは媚薬にそうとう耐えていたのだろう、コトを始めるとすぐに乱れ始めた。腕だけでなく足も使ってしがみついてきたので、動くのが一苦労だったが、なんとか満足させてやれたようだ。
今は安らかな顔で眠っている。
俺も体力とスタミナをかなり使ったが、まだ余裕があるあたりオーカスという種族の体力特化ぶりに感心する。
俺の場合は特に、超絶倫という大っぴらに自慢できないスキルがあるので、スタミナ量に大きな補正がかかっているのだろう。
パドマはしばらく起きそうにないので、そっとベッドから降りて服を着る。
木の家から出ると、夕闇の迫るそこでザラがひとり焚き火をしていた。
「お疲れ様って言っていいのかしら。パドマは?」
「もう落ち着いたよ。今はぐっすり寝てる。起きた時には薬も全部抜けてるだろうさ」
「そう、よかったわ。あ、道具を勝手に借りてるからね」
ザラは料理を作っているようだった。
つたない手つきで切られた草やキノコを、ボトボト鍋に落としていく。元の姿が分からない肉や根菜のようなものも、ザク切りで鍋に浮いていた。
魔女の大釜を連想したが、なんとか口に出さずにすんだ。
「ええと、調味料とか要るか?」
「調味料?……あっ、そうね!忘れてたわ」
忘れんなよ!一番大事なものだぞそれは。味の無い料理とか絶対に勘弁してくれ。人が人らしく生きるためには、美味しい食事は不可欠だと俺は思うぞ。
ザラに任せておくのは心配になったので、味付けは俺がやることにした。
「いちおう聞くけど、食べられない物は入ってないだろうな」
「大丈夫よ。どれも動物が食べてるものを採ってきたから、最悪でも死ぬことはないわ」
「ちょっ、それは大丈夫とは言わないだろ。毒とか入ってたらどうするつもりだ」
「ちゃんと毒消しと麻痺消しの薬草も入れてるわよ。当たり前じゃない」
「いやそれどうなんだ?毒消しも麻痺消しもそれなりの処理しないと正しく効果が発揮されないんじゃないのか?」
「そんなこと言われても、習ってないんだから作れるわけないじゃない!もう入れちゃったんだから、今さら文句言わないでよ!」
「お前、自分がおかしいこと言ってる自覚ないの!?」
ダメだこいつ。早くなんとかしないと!
毒と薬は紙一重。例え薬の材料だとしても、ちゃんとした手順を踏まないと副作用が出るって何かで見た気憶がある。
素材がとてももったいないが、新しく作り直した方がいいかもしれない。
「悪いけど、これを食べるのはやめておこう」
「なんでよ!アタシが作った料理が食べられないって言うの!?」
「明日動けなくなったらどうするんだよ!例えお前が腹を下したとしても、俺は助けないからな」
「アタシ食べないわよ。もったいないから、アンタが食べればいいじゃない」
「良くない!!自分が食べられないものを他人に食わせるなよ!お前サイアクだな!」
コイツ、料理をさせたらダメなヤツだ。作った本人もそれを食べる他人も、誰も幸せになれない。
「わかったわよ!コレをどうにかすればいいんでしょ」
やっとわかってくれたようだ。被害者が出ずに済んでよかった。
ホッとしている俺の目の前で、ザラは鍋を地面に置いて、杖を手に取った。
「なあザラ。いくらなんでも魔法で鍋ごと吹き飛ばすのは大袈裟じゃないかな?」
「いいから、黙ってて」
俺の言葉がそんなに傷つけてしまったのだろうか。ザラはプライド高いし、もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれない。
ザラが杖を構え、鍋へと向ける。薄目で鍋をにらみながら聞き取りにくい呪文を小さく唱えると、魔法の気配が一気に鍋に集まるのがわかった。
「『毒蛙をどうぞ』」
鍋は爆破することなく、魔法の気配が収まった。
何をしたのか不思議に思って鍋に近づくと、そこから紫色をしたこぶし大のイボガエルが顔を出した。見た目からして、毒々しく気持ち悪い。
これが何か聞きたくはないが、スルーできるはずもない。
ザラをチラ見すると、自分の水袋を取り出して逆さにしていた。水の残りはわずかだったようで、すぐに空になった水袋の口を今度は鍋へと向ける。
イボガエルは鍋から億劫そうに這い出ると、水袋の中へ自分から飛び込んだ。そのまま液体になって、水袋の中に吸い込まれていった。
ザラが水袋の口を閉めると、その中身が少しだけ動いたように見えた。




