世界は改ざんされていた、らしい
美味しいと評判のお店の情報を仕入れた。
お店に行きますか?
Yes < ピッ
No
美味しい紅茶とケーキのお店があるという話をクラスメイトに聞いた。
土日祝日はお休みで、平日の午後二時から七時までと言う非常に商売する気があるのか問い詰めたくなるような時間帯の営業。
場所は学校の裏通り、旧武家屋敷が並んでいるあたり。
ちなみに現在そのお店で宿題をするのが、はやりらしい。
あぁ、だから七時で営業終了なのが良い方向に行っている訳か。
下手な部活動よりも早く追い出されるし。
女の子が良く行くと言うことは、おしゃれなのか、お値打ちなのか、店員さんがイケメンなのか……とりあえず気になるので行ってみることにした。
美味しいと良いな、ケーキ。
柳さんを誘ってみた。
そうしたらいつの間にか先輩もいた。
柳さんと先輩、図書室で仲良くなったらしい。
良いことです。
そして先輩、私が柳さんを紹介しなかったと拗ねないでください。
いや、今日誘わなかったのわざとじゃないですよ。
先輩割と予定詰まっていて、当日じゃ無理じゃないですか。
あぁ、もう、奢れば良いんですね。
今日だけですよ。
お小遣い足りるかなぁ?
柳さんに笑われて、先輩に良いように転がされて、ドナドナされる子牛の気持ちでお店に行くことになった。
あぁ、今月購入予定の新刊よさようなら。
お店はクラシカルな雰囲気の家具で纏められていた。
椅子もテーブルも十八世紀末から十九世紀頃にかけてはやったようなロココ様式の特徴を持っていて、女の子達が好きそうな猫足のモノばかりだった。
優美でエレガントそしてどこか日本人から見たら重厚な作り。
広めの椅子とテーブル。
美しい曲線と、重厚な刺繍で美しく彩られた布張りの部分。
「へー女の子が好きそう」
そうですね。
先輩の好みとは違う雰囲気ですけれど。
先輩のお家は一見すると中華風な家具で纏められてましたし。
アジアンというわけではないそうだけど……中国のデザインなどが入ってきた頃にはやった、クイーン・アンと呼ばれる形式の家具らしいです。
奥様の趣味で纏められているとのことでした。
シンプルでいて優美、と言うモノがお好みだとか。
趣味がよいと素直に感心すべきか、良いモノを見慣れているんだなぁと納得すべきか……値段聞いたら恐ろしくて使えなくなる私は庶民です。
「いらっしゃい。三名様?」
「はいそうです」
「大きなテーブル席空いてるから、良かったらどうぞ」
ふんわり笑みを浮かべたお兄さん。
お兄さん?でいいかな?な人が一人。
身長は高い。
肩幅はある。
首も太め、かな?
腕もしっかりしている感じ。
でも表情も顔つきも優しくて、長めの髪を緩く三つ編みにして左肩にかけている。
動きやなんかが綺麗で、男の人っぽく感じない。
後、声や話し方も。
お兄さん?お姉さん?
どう呼んだら正しいのかな?
「メニューは女の子用のが良い?普通のが良い?」
「どう違うんですか?」
「商品の名前が違うの。男の子には口にしづらいネーミングにしてあるだけだけどね」
それって若干中二じみたのか、ロマンス大暴走なネーミングなのでは……
「見比べてみたいです!」
「はーい、三人だしね両方を一つずつ持ってくるわ」
柳さんが元気よく両方を要求した。
なれているのか、普通に対応された。
まぁ、見比べるのも楽しいよね。
そしてメニューの中の写真付きのケーキプレートの商品名は、何というか……
「乙女ゲームとかの攻略対象のキャッチフレーズっぽい?」
「え、それってどんなの?」
「こんな感じ?」
どんな風と言われても、何となくそう感じただけだから詳しくは知らない。
正直、自分がやりたいと言ったからやってるお稽古ごとや、学校の宿題と予習復習、そして趣味のための語学研鑽で私の毎日は忙しいです。
ゲームやっている暇はありません。
それでもゲームが好きな友達から聞いたりはするので、その知識から持ってくるとこんな感じ?と言う印象で。
お兄さん?お姉さん?はなんだか我が意を得たりというような表情をしていた。
え、つまり?
「正解。テーマを決めてケーキを飾り立ててるからね。その時にもしこんな感じの男の子だったら、という想像をしているの」
おぉう、多分擬人化とかそう言う方向なのかな?
でも確かにそういう風にテーマ?みたいなのを決めての飾り付けであれば、このネーミングも判らなくもない、カナ?
「まぁ多少その乙女ゲーム?女の子が好きそうな男の子が沢山出てくるゲームとかアニメの商品のネーミングは参考にしてるけどね」
「へー面白いですね」
「おに、いさん?が全部考えたりしているんですか?」
「そうですよ」
にこにこ。
そう言う擬音が相応しい笑顔。
しかし受けるのは圧力。
何だろう、これは何なのだろう。
なにかを、けっていてきにまちがえたようなかんかくはっっ!
私は引きつらないように笑みを浮かべるので精一杯で、やはり圧力の発生源であるお兄さんなのかお姉さんなのか不明な相手から意識がそらせなかった。
「オトメゲームですか……シナリオの依頼来て居るんですけれど、よくわからないんですよね」
「ゲームしたこと無い?」
「シューティングとパズル以外は食指が動かないのですよ」
「へー私は落ち物が好き。海外との通信対戦もやってるんだけど、時々脳みそが焼き切れそうになって生きてるって感じがするわ」
「先輩それ、オーバーヒート一歩手前何じゃぁ……」
「えぇ、そうだと思う」
輝くような笑顔、まぶしいです。
「ふふふ」
「あ、スイマセン。注文ですよね……えっと」
「んーん、違いますよ。お嬢様学校に通うような女の子でも、ゲームするんだなぁと思ったらほほえましくて。ごめんね、お詫びに今日は驕りましょう」
「えっ、えぇそ、そんな悪いですよ」
「まーよ、年長者が申し出てくださっているのだから、ありがたく受け入れるのも年少者のつとめですよ」
「祀先輩、こういうときばかりに淑女然とするのは卑怯だと思います」
「佐伯さんの言うとおりだと思います」
「あはははは!本当に仲良しさんね」
大笑いされてしまいました。
うん、でも仕方がないような気もしなくはないですが、この人ようやく人間の気配になりました。
先ほどまでは何というか……妖怪?っぽい?
怖さが軽減しましたが、それでもやっぱり油断ならないと思う。
何か、私の根源を揺さぶる恐怖が引っかかっているような。
思い出さないようにしたいと思います。
「もちろん、仲良しです。仲良しに相応しいモノお願いしたいですわ」
「かしこまりましたお嬢様」
恭しい一礼。
訓練されて身に着けた教養がかいま見えるその動作に、それなり以上であることが判る。
そしてやっぱり油断してはいけない相手だとも。
年齢は二十代後半くらい。
立地は商業地ではないとはいえ、古くからの家が軒を連ねる閑静な場所。
なかなか土地が空かないはずの所に、こうして店を構えている。
営業時間もやる気あるのかと聞きたくなるような時間だけ。
店に置いてある家具も、もしかしたらアンティーク調ではなくアンティークの本物かもしれない。
何か、嫌な予感がする。
「まよチャン、だったかな?獲って食べたりはしないから、そんなに身構えないで欲しいな?」
微笑まれてもロックオンしたという宣誓にしか聞こえない。
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。
私食べても美味しくないです。
多分私は混乱していた。
強制的に。
そしてその原因は目の前の大人。
男でも女でも、老人でも子供でもなくて全てである。
其所にいるのにいない。
母や妹に抱いた何かをより強力にしたナニカ。
「ほら、深呼吸」
「ひゃぃ!」
肩をつかまれ、混乱はピークに達し、私は意識を手放した。
遠くに聞こえる会話は微妙に納得しがたかったけれど。
先輩、柳さん、私男性恐怖症じゃないですよ!
ソレが変なだけです。
えぇ。
声を大にして言いたいけれど、声を出せるような状況じゃなかった。
目を覚ましたら誰もいなかった。
知らない場所だった。
あれ?
「目、覚めた?」
「えっ」
綺麗な顔をしている人がいた。
でも私は怖いと思った。
「ん~貴女はどうして私が怖いのかしら?」
どうしてって、それは私が聞きたい。
どうしてこんなにも怖いのだろう。
逃げなければと思うのだろう。
「佐伯、真夜ねぇ……お友達の一人は柳六花で先輩が上条祀。ずいぶんと本筋からずれているようね」
「えっ」
それは、どういう事だろうか。
この人は何を知っているのだろう。
知りたくない、でも知らなければならない。
敵なのか否か、それを知らなければならない。
「初めまして、『双花の悲嘆』の片割れさん。私は花鶏藍、一応双花の悲嘆では影も形もなかった攻略対象ですよ」
「なに、それ……」
「ん?もしかして知らない?勘が鈍ったかな……病弱な双子の妹居るでしょう。貴女はその子を虐める配役」
「な、で…それ、を」
「元々双花の悲嘆は事実を元にして作られた同人ゲーム。ゲーム的に王道的な妹が沢山の男子生徒にちやほやされるストーリーと、周囲にいた人間や悪役的な印象を植え付けられた姉から見た現実のストーリーの二部構成だった。それが別の世界で新しいキャラを追加されて、ゲーム的に完全な悪役になっているのが『私と貴方の仮面』二面性を持つ男性との恋愛ゲーム」
割と売れたみたいよ。
そんなことは耳に入らなかった。
この人は何を言っているのだろう。
何を知っていて、私に話しているのだろう。
判りたく、ない。
「私は、双花の悲嘆での何も出来なかった、しなかった生徒の一人だった」
「えっ」
その言葉は驚きを持って私の混乱を沈めた。
どういう事?
「何も出来ないままで、三十年近く経過してから友人に頼まれて当時を思い出して文章に起こす手伝いをしただけ。ゲームの体裁を整え、名前を文字を変えただけで基本事実にそったままで公表したのは友人」
それは、やって良いことなのだろうか?
知っている人が目にしたならば、確実に判るのではないの?
でも三十年か……それは、子供が大人になって、子供が生まれていたもおかしくないくらいの時間。
当事者達の目には触れないように世に出されたと言うこと?
でもそれよりも、この人が本当のことを言っているのだとして、現実にあったことをゲームとして公表して、それが別の世界で?別の世界!
「これは評判は微妙。妹のルート全て埋めた後でなければ、姉のストーリーは見られない。そして姉視点でのストーリーは恐怖しかない」
あぁ、判る。
判ってしまう。
どうして恐怖しかないのか。
妹がヒロインのシナリオを、全てのルートを見た後ならば余計に。
だって、姉は……
「無実の人間を、恋にトチ狂った人間達が、貶める話、だから?」
「正解。結構酷評を貰ったらしいと聞いた」
そりゃそうだろう。
乙女ゲームだと思ったら、視点変えたらホラーですって何それ。
購入者は文句を言うと思う。
「HなシーンはないのにR-18での販売だったらしいけどね、何かあるとは思えるようにしてあったらしいけれど……そんな仕掛け、誰も望んでいないだろうに」
うん。
でもきっと、作った人にとっては姉視点のシナリオこそが重要だったのではないだろうか。
姉視点だけでは手にとって貰えない、だからこそ妹視点のシナリオが表ルートとしてあって、妹視点のシナリオがあるからこそ余計に姉視点が恐ろしく感じられる……
「さて、佐伯真夜。私が知る『私と貴方の仮面』での双子の姉の名前を持つ貴女、貴女は知っている?」
「……多分、ですが。でもあなたはそのことを知ってどうするのですか?」
「どうもしない。しなくても良い事が判ったから」
「えっ」
「貴女が気を失った後、お友達に頼んでお家に連絡して貰ったの。おばあさんが迎えに来るまでお友達も待ってると言って、今店で宿題しているわ」
「宿題……」
あ、一気に現実的だ。
そう言えばと辺りを見渡せば、ココはバックヤードっぽい休憩スペースで、そこに置かれた大きな三人掛けのソファーの上で寝かされていたようだった。
「店で寝かせておく訳にもいかないし、プライベートスペースに入れる気になれなかったからね。そろそろ、立てそう?」
「はい」
「今日は混乱していると思うから、また後日一人でおいで」
来るときに連絡くれたら、店開けないで待っているからと名刺を一枚渡された。
其所にはお店の名前と店長の名前、そしてお店のらしい電話番号とその下に手書きで携帯の番号が書かれていた。
今日は、頭が痛いです。
大きな転換です。
語り手以外で明確に、この世界がゲームだと自覚している人が登場です。
しかも攻略対象者。
どうやら彼はまだまだ情報を隠し持っているようです……
多分後一話か二話で終われそうです。