昼下がりにクラスティ隊長あらわる!
「仮縫いするので、手伝ってもらえますか?」
「あっ、可愛い!」
「柄あわせ、ばっちりですね」
秋祭りが終わったあとの〈三日月同盟〉は今日も制作作業でてんてこまいだった。そのお祭り騒ぎを笑顔で眺めながら、マリエールは空の大きな荷物カートを引いていた。
「マリエールさん、これが必要な品物のメモです」
「ありがとうな、セララ。どれどれ。……糸とビーズが多いなぁ」
「はい。ビーズ刺繍をしたスカーフが〈大地人〉によく売れていますから、すぐになくなっちゃうんですよ」
「ほな、ちょっと仕入れに行ってくるから、留守はお願いな?セララはしっかりしてるから、いつも安心して出掛けられるわ。ありがとうな」
「はい!どうか気をつけてくださいね!」
マリエールはにこにこと出掛けていった。
セララは、しっかりしていると誉められてすごく嬉しかった。もともと、商売をしたくて〈エルダー・テイル〉をはじめたセララは、いろいろな洋服や小物を作っては売る作業すべてが面白くてたまらないのだった。
「マリエさん大変だなあ。最近はしょっちゅう、布地や資材の仕入れに行ってる」
横で見ていた小竜が言った。
「ファッションショーが大成功しましたからね。お店に出すと、すぐに品物が売れちゃいますから」
「こっちも気合い入れて品物を作らないとな」
セララは、それまでやっていたビーズ刺繍の作業に戻ろうとした。
と、そこへ。
軍服風のいかつい装束に身を包んだ長身の男が現れた。
「こんにちは。マリエールさんはおられますか」
「どちらさまですか?」
セララは、190センチはあろうかという背の高い男を見上げながら言った。シロエのように眼鏡をかけていて、切れ長の目が鋭い光を宿している。姿勢が良く、ゆっくりと歩く姿は堂々として上品だった。
「〈D.D.D〉のクラスティと申します」
それを聞いて、小竜は慌てだした。
「ク、クラスティさんですか!すみません、ついさっきマリエさんは出掛けてしまって…」
「そうですか。ちょっとそこまで来たので立ち寄っただけですから…。またそのうち遊びに来ると言っていたと、それだけお伝え下さい」
セララ達に手間を取らせては悪いと思ったのか、クラスティはすぐに去ってゆこうとした。
「あの、もしよろしければマリエールさんに念話で連絡を取るので、少し待ってもらうことはできますか?」
セララは焦ったが、マリエールの大切なお客様かもしれないと思って引き止めた。
「そうですか。……それではお願いします」
「では、お掛けになってお待ちください。どうぞ、こちらに」
セララはてきぱきと応接間にクラスティを通す。
応接間の扉を閉じながら、セララはマリエールに念話をする。
「マリエールさんですか?今、5分くらいお時間頂いても大丈夫ですか?」
「んっ?どうしたん?大丈夫だから、話してええよ」
セララは、突然クラスティがやってきたことを知らせた。
「おっ。クラやん来たんやね〜!わかった!ぱぱっと買い物して帰るから、30分だけ世間話でもして、おもてなししたってや?」
「えっ、あの、世間話ですか?」
「そんな心配そうな声出さんでも、クラやんはちょっと強面だけど、いい人やから。いっぺん話してみ?」
「あっ、あの…はい、わかりました!頑張ります!」
「ほんまごめんな。お茶菓子買って帰るから、紅茶を出してもらってもいい?」
「了解しました!」
小竜は心配そうな顔でセララを見た。
「どうだった?」
「30分後には戻るから、おもてなししてて、って言われました。゛おっ、クラやん来たんやね~!゛って、すごく嬉しそうでしたよ」
「く、クラやん!?マリエさんすごいな…。あのクラスティさんを゛やん゛づけで呼ぶなんて」
「クラスティさんってどんな方なんですか?」
「ああ、セララは戦闘系ギルドのプレイヤーと顔を会わせることないよね」
そう言って、小竜はざっくりとクラスティについて教えてくれた。
〈エルダー・テイル〉最大手の戦闘系ギルド〈D.D.D〉のギルドマスターであること。
ハイレベルのプレイヤーばかりが集まる攻略の難しいゾーンでしか彼の姿を見かけることができないこと。
巨大なギルドを取り仕切るだけあって、カリスマ性のある冷静沈着なリーダーであること。
「そんなにすごい人なんですか」
「うん。いわば伝説級のギルドマスター、ってとこかな」
そこまで聞いて、セララはうっかり忘れていた大事なことにはっと気がついた。
「すみません小竜さん、私、クラスティさんにお茶をお出ししてきます!」
「そうか、ごめんよ?引き止めちゃって。あとは任せたよ」
「はい!」
セララはぱたぱたと台所に走ってゆく。
電光石火でティーポットに紅茶を4匙投入し、海洋機構が開発した海洋印魔法瓶からお湯を注ぐ。そして茶器をセットするまで、50秒フラット。
マリエールが何か買ってくるとは言っていたが、それまでの間をつなぐため、白磁の皿に手作りのバタークッキーを数枚載せたものを添えた。
茶器を載せた盆を片手に大きく息を吸って吐いて、応接間の扉をノックする。
「失礼します」
扉を開けると……応接用のソファにクラスティの姿がなかった。
「……あれ?」
茶器の盆をテーブルに置いた。ぐるりと見回すと、壁に飾ってある寄せ書きを眺めるクラスティが目に入った。
それは、セララがススキノから戻ったあとの帰還祝いパーティーのときに、にわか仕立てで作ったテーブルクロスを再利用してみんなでメッセージを書き込んだものだった。
「ススキノから戻ったセララさん、ですね。無事に戻ることができて、良かったですね」
「えっ…あの…」
(どうして、私なんかの事を知ってるんだろう)
セララは、頭の中が疑問符でいっぱいになった。
「どうして名前を知ってるのかと、不思議に思っているような顔をしていますね」
クラスティは、セララよりも頭ひとつ分以上は背が高い。見上げると、眼鏡の奥の切れ長の瞳は茶目っ気たっぷりに笑っていた。
「ええ。その通りです」
「マリエールさんから、ススキノの街の様子を聞いた時に、貴女の事を聞きました」
「そうだったんですか」
セララは、自分の知らないところまで噂が伝わっていることがなんだか恥ずかしくて赤くなった。
「マ、マリエールさんにもシロエさんにも、とてもお世話になりました。ススキノはすごく遠いのに、助けに来てもらったときは本当に嬉しかったです」
セララは、ススキノでした怖い経験を一瞬思い出して、少し涙目になった。
その空気を察したのか、クラスティは眼鏡のフレームを押し上げながら目を伏せた。
「そうですか……。すみません、怖いことを思い出させてしまって」
「いえ、そんな。今はもう、安全な〈三日月同盟〉の中で毎日過ごせていますから、平気です」
(ああもう、私ったらススキノって聞いただけで泣きそうになるなんて。しっかりしなきゃ)
セララは、ゆっくり呼吸するよう気をつけて、平静を取り戻そうとした。
「ところで、マリエールさんに連絡はうまくつきましたか?」
「はい。30分ほどで戻るそうです。それまでお時間を頂いても大丈夫ですか?」
「ええ。今日は時間がありますから、心配ありません」
「そうですか。良かったです!」
セララはクラスティに暖かい紅茶をすすめながら、次には何を話そうかと頭をめぐらせた。
(クラスティさんは、どんなことなら楽しく話せるかな?)
セララは最近戦闘訓練に参加しておらず、もともとあまり戦いに興味がないため戦士職のクラスティとは共通の話題が見つけにくかった。それでも、なんとかもてなしをしたい気持ちだけは人一倍あった。
「ええと……クラスティさんは、どんな職業をなさってるんですか?」
「〈守護戦士〉ですが……それが何か」
何を聞かれるのかと、クラスティはセララに注意を向けた。
「クラスティさんは、どんなきっかけでその職業を選んだんですか?」
「それは……」
クラスティは、思いがけない質問に、しばらく考えこんだ。
(あっ、聞いちゃいけないことだったのかな?)
セララは焦って、言葉を重ねた。
「えっと、まあそういうのって人それぞれですよね!私は、商売がしてみたくて〈エルダー・テイル〉を始めたから、戦士や魔術師以外ならどれでも良かったから適当に〈森呪使い〉に決めちゃったんですけど……」
「そうですか。セララさんは、商売をしたかったのですね」
「ええ。まだ高校二年だったし、見渡すかぎり田んぼばっかりでコンビニがないような田舎に住んでいたから、アルバイトもできなくて……。〈エルダー・テイル〉の世界の中で、商売っぽいことができるって知って、それでゲームを始めたんです……あっ、クッキーもどうぞ。バターたっぷり、甘さ控えめで作ってありますから」
「そうですか。では遠慮なく」
クラスティは、とても美味しそうにクッキーを食べた。
(ああ、マリエールさんが言ってた通りだなあ)
クラスティは、何を考えているのかつかめない雰囲気があったが、話してみると意外と気さくな感じがした。何より、誰かと話すこと自体が楽しいようだった。
「……私が〈守護戦士〉を選んだのは、ごく簡単な理由です。私は、誰かを護れる人間になりたかったし、そしてきちんと戦える人間になりたかった。その訓練になるかと思って、選んだんです」
クッキーを一枚かじり、紅茶を飲むと、打ち明け話をするような、静かな口調でクラスティは言った。
「えっ……」
「まあ、やってみた結果、ゲームの中では護れても、現実世界ではうまく護り切ることができなかったのですがね。……不甲斐ない話です」
クラスティは、まるで他人事のように淡々と言った。
「あの……」
セララがさらに質問しようとした時、マリエールが戻ってきた。
「クラやん、お待たせしてごめんなっ!セララ、ありがとう!イチゴたっぷりのフルーツタルト買ってきたで!」
右手にお皿とフォークを三人分、左手に〈秋葉原洋菓子店〉の巨大な紙袋を手に、にぎやかに応接間に入ってくる。
「わあ~っ!ありがとうございます」
「お皿とフォーク持ってきたから、食べようね!」
と、その時。
応接間の扉がまた開いて、小竜が顔をのぞかせた。
「セララ、にゃん太さんがむきたてのグリーンピース持ってきてくれたんだけど…」
「えええっ」
みるみるうちに、セララの表情がぱあっと輝き出した。
「そうか、にゃん太班長が来たのか!セララ、行っといで!タルトはキープしとくから」
「は、はい!すみません!ちょっと失礼します…!」
両頬を桜色に染めて、セララは出ていった。
その様子があまりに可愛らしくて、クラスティは思わず微笑んだ。
「いや~、うちは騒がしくて、ごめんな?」
マリエールは大きな洋菓子店の箱を開けて、クラスティと自分の分のタルトを取り分けテーブルに置いた。
「いえ、そんなことはありませんよ。うちも皆が集まると同じです」
いただきます、と神妙に手を合わせ、クラスティはタルトにフォークを入れた。
「そうかぁ。〈D.D.D〉は大所帯やから、いろいろ大変やろ?」
マリエールは、ビッグスマイルで小さく切り分けたタルトを頬張る。
「…大変ですね。でも、変化が多いほうが楽しいです」
「言われてみるとそうやなぁ……ん~、このタルト美味しいわぁ!さすが評判なだけあるねぇ」
「〈秋葉原洋菓子店〉ですか。今、ずいぶん流行しているようですね。うちのギルドでもお茶の時間によく出ます」
「そっかあ!これ、カラシンさんとこにいる、元の世界でパティシエやってた子が立ち上げた店やねんて。どんどん美味しいケーキが新発売されるから、楽しみやわ~」
二人とも、あっという間にタルトを食べてしまった。クラスティは、そのあと腰につけていた小型の〈魔法の鞄〉を取り出した。
「ゴブリン討伐の時に手に入った素材アイテムを持ってきました。アキバを警護したり、レイネシア姫のお守りをする仕事は大変だったでしょう?」
「いや、そんな、うちらはゴブリン討伐に行けるほどスキルがあらへんかったから……当然のことをしたまでや」
「いえ、そうしてアキバを守る誰かがいてくれたからこそ、〈D.D.D〉はゴブリン討伐に出ることができた。だから、討伐で手に入ったアイテムは皆で分けたほうが公平ではありませんか?」
そう言って、クラスティは〈魔法の鞄〉をマリエールに渡した。
「鞄は空にしたらあとでギルドルームまで返してもらえればいいですから」
「ホンマにええのん?…ありがとうな、クラやん」
マリエールは、小さな〈魔法の鞄〉をおしいただくようにして受け取った。
「いやぁ、レアアイテム手に入るとすごく助かるわ。最近いろんな注文が来るんやけど、籠手やら胴着やらは普通の素材じゃ丈夫なのが作れんからね…っと、話は変わるんやけど」
マリエールはこほん、と咳払いをした。
「レイネシア姫がずいぶん寂しがっとるんやけど…どうしてあんまり会いに来ないん?」
マリエールは、直球勝負で問いただす。
「それは……貴女が思っているような理由ではありませんよ」
クラスティは痛くもない腹を探られるのに困ったような笑みを浮かべた。
「そんな、あいまいに逃げようとしてもいかんで?」
マリエールはにこにこしながら言う。
「マイハマ側のスパイがレイネシア姫を見張っているのはご存知でしょう。そこへ私が訪問することは、〈大地人〉と〈冒険者〉の紛争の火種になりかねません」
「そんな……姫は、本当にクラやんが来ることを待っとるんよ……」
「知っています」
(だからこそ、行ってはいけない)
クラスティは、いつからかレイネシアが自分にほのかな好意を寄せてくれていたことは知っていた。
だが、クラスティにとってレイネシアは、元の世界にいるはずの゛妹゛の代わりだったのだ。
大規模戦闘で何度も命を落とすたび、家族の記憶が淡く消えてゆく。
その虚しさに耐えられず、レイネシアの側にいた自分はなんと愚かだったろうか、とクラスティは思った。
「……手紙もダメ?」
「駄目です。いつか、〈冒険者〉が元の世界に戻る日が来たとき、レイネシア姫はまたマイハマに戻らねばならないでしょう?その時に手紙が手元に残っていたら…」
「そうか……。そうやね。いつまでも、姫と私たちは一緒に過ごすことができないんやね」
「……そういうことです」
マリエールは少し落ち込んだ顔をして、はあ、とため息をついた。
「あー、あかん!なかなか現実はうまくいかんね?」
クラスティは諦めたような表情で、窓の外を見やった。
「まあ、良くも悪くも゛思った通りにならない゛だけですよ」
「こんな、しんねりしとったらあかん!よし、もう一個タルト食べへん?」
「……いったい何個買ってきたんですか」
「んー、ギルドのみんなの分とか、デザートとか夜食の分もあわせて50個!」
「……もうひとつ、頂きます」
クラスティは、マリエールの無邪気さに一瞬あっけにとられたが、やっぱり良い人だなあこの人は、と思った。
こうして、この日のお茶の時間も、にぎやかに過ぎていったのであった。
おわり
ここまで読んで下さって、ありがとうございます m(__)m
今回のお話は、「ログホラのキャラで、突然お茶をしに来たら一番びっくりなのは誰だろう?」と考えたところから始まりました。
個人的には、一番ありえないのがクラスティさんだったので書いてみたのですが…。
「ひょっとして、すごくやらかしたのかな……」
と思っています。
こういうのって自分ではわからないので…。
もし、ふつつかな点がありましたら、ご指導頂けたらと思います。