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エクスタシー

「でも、レベルが上がったらそれなりに大変な不幸がくることもある。魂のテストというか…………きっと、そんなのが来たらオレだって、ものすごく取り乱すと思う」


 なぜか、少し悲しそうな顔をして高原はため息をついた。そりゃね。誰だって悩みくらいあるよな。


 そうか! じゃ、いい人が不幸になるの、ってテストでもあったんだ。神さまに見捨てられたとか、罰を与えられた、とかじゃなくて。何かが悪いんじゃなくて。そういえば、さっきお母さんが「この試練を乗り越える智恵をお与えください」て祈っていたな……あれ、正解だったんだ。


「―不幸な状態こそ、智恵の基盤となる。何を選び、何を捨てるべきか、判断力を培かっている―て、書いてあるね。


つらい時こそ人間、何とかしようとして考えるだろ、神に頼るだろ? それがポイントみたい。毎日ハッピーで楽しく過していたら、神さまのことなんて考えないよね? 


何を選び、何を捨てるか。これ、何を捨てるか、ってほうが大事だと思うんだ。今まで自分が生きてきた方法の一部を、捨て去らないと前に前進できないから。


安全に世間の常識につかって生きてきた人は、それを捨てて、他人に後ろ指指される道を選ばなくてはいけないかもしれない。けど、その時こそ、その人の中で成長が起きるんだ。


そんな時、指針となるのが、神への『知識』。けど、本当に神さまの力に頼ろうとしたら、今の宗教では無理なんだ。教会やお寺が権力を持つため実践をはぶいてしまったから、どうやって神につながれるか、もう分からないんだ。


だから、既存の宗教はもう捨てる必要がある。実践がある宗教だけが残るかもね」


「実践がある宗教? 」


「うん。禅宗、チベット仏教とかインドのヨギとか、は実践派かも。けど、現代人に山の中にこもってヨガしなさい、って言うのは、あまりにもハードル高すぎ。不可能。もっと、低いとこからラクにやっていくのがいいよ。…………ええっと、『絶対の存在』の法則に戻るよ」


 そういえば、自分を愛する、てことが法則だった。


「あのさ、赤池くんは自分のこと好き? 」

「えー…………うん、結構好きかも」

 へらへら、て笑う。


「じゃあさ、超好きな人とセックスしたことある? 」

「えっ」

 あまりの内容に、一瞬、意味が理解できなかった。


 セックスなんて言いそうにない高原の口からセックスって言われたのも、びっくりした。


 でも。


 僕はどんどんと表情が暗くなるのを感じた。超好きな人って……そんな人いたことないよ。……今ならいるかもしれないけど。目の前に。


「いいよ。別に。オレの質問が悪いよね。超好きな人なんて、普通、いないもん」

「でも、高原はいるんだろ? 」


 高原は目を見開いて僕を見た。


「だって、聞いたよ。高原くんはすごく大事にしている恋人がいるから、どんなにアタックしても絶対に無理だ、って」

 しばらく黙っていた彼は、苦笑するように息を吐いた。


「そうだね」

「そんなにその人のこと好き? 」

「…………うん」


 目を伏せて笑いながら高原は肯いた。とても綺麗だった。幸せそうだった。いや、どこか艶っぽく色っぽささえ感じた。彼にそんな表情をさせる恋人のことがとても妬ましかった。

 僕は胸の奥がきりきり痛んだ。


 ああ。

 今日は人生最悪の日か。父のクビと、本格的失恋が重なるなんて。

 時間が流れた。


「さっきヘンな事聞いたのは、『絶対の存在』とつながったら、どんな感覚がするか、って感じてみて欲しかったから。好きな人とセックスして、満たされた時は、ちょっと、似ていると思う。『絶対の存在』とつながった感じと」


「そうなんだ…………」


 てことは、高原はその恋人と、すごくいいセックスしたんだ。


「これはオレの予測だけどね。本物はきっとその何億倍もすごいと思う。でね、そんな超気持ちよくって、満たされていたら…………多少、不快なことが来ても『もう、しょうがないなあ』くらいになると思うんだ」


「でも、それって麻薬と同じじゃない? 」


「だから、そういう状態って必ず、続かない。落ちる。けど、その落ちる低さが、だんだマシになってくる。―ということは、普通の状態がかなり高くなってくるだろ。いい感じだよ。その頃になると頭も冴えてひらめきも沸いてくるから、かなり、生活、楽しくなってくるよ」


「ほんと? 僕みたいに父親がリストラされても? 」


「うん。ああ、じゃ、次どうしようかな、こりゃ、バイトするっきゃないかなぁ、とかね。動いてみたら案外、面白いことがあるかも。世間の印象で父親リストラ=不幸、て図式にのらなきゃいいんだよ」


「そうなの…………」

「そうだよ」

「そんな感じで、まず『絶対の存在』とつながる精神状態ってのは、ある意味、エクスタシー的なんだ。このエクスタシーは人間の感覚で感じる狭いもんじゃないよ。自然の葉っぱ一枚とか、水の一滴にも、自分の意識が入れて一体化している、そんな風に感じるエクスタシーなんだ。分かる? 」


「うーん……なんとなく。けど、それって出来るの? 特殊な能力がある人しか無理じゃない?」

「だから、瞑想とかイメージ力とかを鍛えるんだ。最初は妄想でもいいけどね。ホワイトサークルに入るんだから大丈夫だよ」

「う……ん」


 その時、バタン、て階下でドアの閉まる音がして、トッ、トッ、トッって誰かが二階に上がってくる足音がした。


「ただいまあ」


 階段から現れたのは、ひとりの青年。僕らと同じくらいの年だ。

 振り返った僕と、その人の目が合った。


「あれ、友達? 」

「うん。赤池くん。学校の友達なんだ」


 高原が立ち上がった。


「赤池くん、これ、ボクのおにいさまです」

「えっ」

「いつも暁斗がお世話になっています」

「い、いえ……」


 茶色いくせっ毛にメガネの色白な青年は、高原にぜんぜん似ていなかった。この人と兄弟? 


「あ、今、似てない、って思っただろ? 」

「いや、あの……」

「赤池くんは千夏さんの知り合いなんだ」

「えー、そうなの? 」


 おにいさまが僕をまじまじと見つめた。うわ、照れるじゃん。なんか、可愛いな、この人。それに、すごい雰囲気あるし。てか、この人も千夏さん知ってるんだ。もう。千夏さんと高原ってどういう関係なんだよ。


 そんなこと考えている間に、高原は僕と千夏さんの関係をおにいさまに説明した。


「オレたち部屋行くから、ここ使っていいよ」

「ううん、いい。俺、下行って何か食うから。ここにいたら? じゃあ、ごゆっくり」


 おにいさまは、自分の部屋に入って、おそらく上着と荷物を置くと階下に降りていった。


「おにいさん、年、いくつ? 」

「え? あ、二十歳。オレと一コちがい。でも、正宗はオレと違って優秀で、すごくしっかりしてるんだ」

 高原が笑った。すごく嬉しそう?


 なんか

 違和感……


 兄に対して引け目を持つどころか、崇め奉っているって雰囲気なんだ。いや、違う。もっと別の……何か。


「高原だって頭いいじゃんか。顔もいいし。剣道だって強いし」

「正宗は剣道だって、オレより強いんだ。なんてたって全国大会で優勝までしたんだ」


 自慢げな高原。


 しかし、おにいさまは秀才タイプなのに剣道もそんなに強いのか。文武両道なんてズルい。いるんだよなー、時々、そういう人間。


「公立の医大にもスッと入ったし。オレは正宗に必死に教えてもらって、やっと私大に合格したけどね」

「……すみません。僕も同じ学校なんですけど」

「ははは、ごめん」


 楽しそうだ。

 あーそうか。

 高原は、ブラコンなんだ。


 ん?


「さっきバイトしたら、って話したじゃん。オレも赤池くんと一緒にバイトしようかな」

「ほんと!」


 うわわわわ…………

 まじ嬉しい!

 高原と一緒にバイト!


 さっきまで働くの嫌、とか思っていたけど、彼と一緒に働けるなら、ぜんぜん話は別だ。そっか、父さんのリストラも悪いことばっかじゃないって、こういうことかも。


 僕はあまりの嬉しさに、さっき感じた違和感が、どっかにいってしまっていた。


「だって、私大ってお金かかるでしょ? オレんちもそんな裕福じゃないからさ、親に頼ってばかりじゃ申し訳なくって。なんせ、うちはふたりも息子が医大だから、ちょっとは稼ぎたいんだ」


 うー

 なんてしっかり者で謙虚なんだ。高原って。僕みたいに親に甘えてばっかりの人間からしたら、高潔にさえ見える。


 キャンパス一の人気者。高原暁斗なのに。


「どんなバイトがいいかなあ……やっぱ時給がいいトコがいいよね。それで時間、短かかったら最高」

「そんなバイトありえないよ」

 高原が笑った。


 あーそうだよなあ。でも、高原は高潔だから、そんな普通のバイトなんてしちゃいけないんだ。こんなにカッコいいんだしな。うん、僕も外見は悪くないと思うから、美形しか出来ない仕事をしたらいいんだ。


 詳しいことは学校で続きを相談することにした。

 高原の家で夕食を食べていくよう言われて、僕は母に連絡した。すっかり、忘れていたんだ。


「あのね、お母さんのお祈りは正しい、てこと分かったよ」

 母は僕の言葉の意味を図りかねているようだ。


「神さまは、僕たちが憎くて試練を与えられる訳じゃないんだ。その試練は僕たちの望みでもあるし、それが神さまに向かう道でもあるんだ。……だから、ちょっと大変だけど、僕も、頑張ってみるよ」


 すごくいい友達と一緒にね。


「今まで甘えてばっかで、ごめんね」

「光喜……」

 母は泣いているようだった。


「もうちょっとしたら帰るから。お母さんの好きな十字堂のプラムケーキ買って帰るね」

「そんなこといいから、気をつけて帰ってらっしゃい」

「うん」


 なんだか胸がいっぱい。

 僕は愛されているのが分かったから。


 お母さんに。もちろん、お父さんにも。

 そして

 周りの人たちにも。


 高原、高原の家族、千夏さん、ああ、そうそう、由美香も。


 きっと

 こういうエクスタシーが、神さまとつながる精神状態なんだ。


 ちょっと分かった気がしたよ。


 高原。


                                   (完結)

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