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青天の霹靂

「参加するのはいつでもOKだよ。第一日曜日が活動日だから…………いちど、参加してみる? それでよかったら続けたらいいよ」


 千夏さんが会の説明をしてくれる。僕はもう参加する気まんまんでいた。


 次の参加日に、千夏さん、高原、と一緒に参加する。すぐにそう決まった。


 ああ、楽しみだなあ……

 なんか、今までとは違った世界の住人になれる気がする


 素敵な人たちの一員になれるんだ。もう今までのような、ヘラヘラしたダメ人間の僕はさよならだ。由美香に言ってやらなきゃな。もう、僕は不潔ではないぞ。刹那的な恋愛は終わりにしたから、てな。純愛に生きるぜ。…………って純愛?


 帰りの電車の中。隣に座っている高原をちらって盗み見た。千夏さんは、乗り換えの線が違ったから、途中からふたりになったんだ。


 僕は高原のことが好きらしい。


 認めまい、としていたけど、もう、ここでハッキリさせたほうがよさそうだ。だって、今、すごくどきどきしている。隣にいるだけで、すごく幸せ。こんな気持ちは初めて。これがいいか、悪いか、は、また後で考えることにする。


 けど。

 彼はやっぱりまだ謎だ。


 千夏さんは、恋人じゃない。

 ずっと、一緒にいたけど、それはすぐに分かった。伊達に恋愛繰り返してきた訳じゃないぞ。じゃ……誰? もしかして、本当にフリーなんだろうか。


 うーーん。


 それはないな。あれだけ、「高原くんは恋人がいるって断る」て有名なんだから。高原の態度を見ていたら、こいつが嘘をつくようなヤツじゃないのも分かる。だから……恋人はいるんだ。


 けど、どんな? だって、千夏さんとあんなに親密にしていたら、普通、妬くよ。知らないのかな? いや、高原の性格からしたら隠しはしない。じゃ、恋人、それ、許してんだ。どんな自信なんだよ。てか、なんでその人、ホワイトサークルに来ないの? 興味ないから?


 (注:正宗は暁斗から話を聞いて済む場所には来ない。不思議を追求するのに別々のことしたほうが効率がいい、と思っているから)



「赤池くん、降りるんじゃないの? 」

 帰りの電車の中。高原の声ではっとした。


「あ、うん。じゃ、また。今日はありがとう」

 そう言って電車を降りた。


 扉の閉まった電車の中を見ると、高原がにっこり笑って僕を見ていた。

 うー 気持ち、上がる。

 僕も手を振って笑い返した。


 電車が出ていっても、しばらくじっと見送っていた。


 はあ。

 こんなことするの初めて。

 なんか、アイドルの歌みたいな心境だ。

 にやけそうになるのを我慢しながら、改札に向かった。



「何度も電話したのに、どうして出ないの! 」


 家に帰ったとたん、母が大声で責めてきた。なんだよ。せっかくいい気分だったのにぶち壊しじゃないか。確かにケータイの電源は尾行のためオフにしていたさ。


「お父さんが、会社をリストラされたの」

「え! 」

「ちょっと前から候補には上がっていたらしいんだけど……とうとう、さっき辞令が降りたの。役員会議で決定したらしいわ(役員会議は日曜日にする)」


 晴天の霹靂へきれきとはこのことを言うのか!


 父は、ある会社の重役だった。だから、一応、高級住宅街って言われる場所で家まで購入して、そこで金持ち生活してきた。


 けど、もうそれは終わりを告げたのだ。

 今まで生活の苦労もしたことなく、困ったときは親が助けてくれるだろう、って生きてきた僕。どうしたらいいんだよ!


「でも、退職金は下りるんだろ? お父さん重役だったから、数千万はあるだろ?」

「このご時世、一千万もあれば上等だわ。それだって、家のローンを払ったら足りないくらい。ああ……神さま」

 母はひたいに手をあてて、ソファに崩れ落ちた。そして息を吐くと手を組んで祈りだした。


「神さま、どうかこの試練を乗り越える智恵をわたくしたちに、お与えください。あなたの勇気と愛をお与えください。どうか、どうか、よろしくお願いします……」


 母は同じ姿勢のまま動かなかった。必死に神に祈っていた。

 僕はたまらず部屋を飛び出した。


 今すぐ、神さまにつながる精神状態を教えてもらわないと。

 だって、このままじゃ、僕の学費も危ない。


 医学部に入るため、どんだけ苦労したと思ってんだよ! それに、このまま辞めちゃったら高原と同じ学校に通えなくなる。

 母がどんなに祈ったって、他の信徒さんたちと同じ結果になるような気がした。




 気がつくと、高原の家、つまり神社の前に来ていた。

 そこで彼に電話をした。


「あの、ごめん。悪いんだけど、どうしても、神さまにつながる精神状態の話を教えて欲しいんだ。じゃないと、僕、学校辞めなくちゃいけなくなるんだ」


「え、どういうこと?」

「お父さんが、さっき会社クビになって…………だから、神さまにつながってどうしたらいいか聞くんだ」


「赤池くん、今、どこにいるの? 」

「君の家の前」

「ええ」


 驚きつつも、彼は家から出てきてくれた。

 高原の姿を見たとき、僕は抱きついて泣きそうになった。

 けど、懸命にこらえた。


 彼の家は二階にリビングとキッチンがあった。すごくサッパリしていた。生活感がないというか………… その殺風景キッチンでお湯を沸かして、ほうじ茶を入れてくれた。


 日曜日なのに、誰もいないのかな…… 階下にいるんだろうか。


「君の言うことは分かったけど、神さまにつながる精神状態は簡単になれないんだよ。魔法じゃないから」


 分かってはいる。でも、それでもまず教えて欲しい、そう言うと高原はホワイトサークルで使っていた教科書を出して見せてくれた。


「うちのサークルではイエス・キリストは、神ではないんだ。キリスト・ロゴスって言って、神の表現者になる。そして神さまのことは『絶対の存在』て言うんだ。キリストのように人格化された存在じゃないから。『絶対の存在』は意識みたいなものだと思って欲しい」


 僕はうなずいた。なんとなく分かる。


「でね、その『絶対の存在』とオレたち人間は、対等であり、彼の一部でもあるんだ。だから、神さまがオレたちを助けてくださる、という考えは間違いでもある」


「ちょ、ちょっと待って……何か書くもの」


 高原の言ったことを書き留めておきたくて、紙と筆記具を借りた。


「だからって『絶対の存在』は、無慈悲に人間を見放しているか、て言うとそんなことはなくて、うーーん、彼の法則に従って生きたら上手くいくんだ。これは、物質的に成功する、とかだけじゃないよ。そんな人間の現世利益が目的じゃないから」


「じゃ、何が目的? 」

「それは後で言う」

 僕にとったらその現世利益が大事なんだけど。


「じゃ、『絶対の存在』の法則を知ればいいんだね。それにのっとって生きればいいんだね」


「それが、簡単じゃないんだよ。ホワイトサークルでは知識として法則を教えてくれるけど、体験が伴っていないと絵に描いた餅なんだ。いくら野球の本読んだって、投球練習や素振りしなきゃ野球は上手くならないのと一緒だよ。

この本は赤池くんにあげるから帰ったら読んでみて。実践は、内省とか瞑想になるかな」


 『絶対の存在』の法則を取得する方法―知識/内省・瞑想、と書く。


「知識っても、理解するのが、またむずかしいんだ。現代人の感覚からしたら、想像できないことばっかりだから。ちょっと物理や数学の問題、解くのに似ている。頭の中でイメージしてどうなるかな、って考えるから」


「えー。僕、物理と数学あんまり得意じゃないよ」


「倣うより慣れろだよ。大事なのは『常識を捨てろ』だ。今まで信じてきたことの大半を捨てる必要がある。ま、これは徐々に、なっていくから心配しなくてもいいよ」


 そう言うと高原はニヤって笑った。ヤケに色っぽい、小悪魔系…………こいつ、こんな顔もするんだ。知らなかった。


「あんまり沢山言うと分からなくなるね。つまり、『絶対の存在』の法則は……自分を愛することだよ」


 …………………………


「はやく、書いて。自分を愛すること、自己充足性って」


 手を動かす。


「キリスト教では『愛、愛』て言うけどねえ、自分を罪びととか言ってたら意味ないよ。『絶対の存在』を勉強していくと、ときどきフッて気持ちよくなることがあるんだ。至高体験っていうのかな、それを繰りかしていくと、神との一体化、ってこんな恍惚として気持ちよくって、素晴らしいんだ、って思うようになるよ」


「ほんと? そんな気持ちになれるの? 」

「うん。だから、無理しなくていいんだ。徐々に勉強していけば。体験が積み重なって、だんだんツライことがツラクなくなるんだ。ってか、低い修行はもうこなくなる。それはマスターしました、ってことかな」


 ほんと? ほんとなら嬉しい。



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