実践的ストレス解消文・憎悪編
ようこそ、実践的ストレス解消文・憎悪編へ。
「実践的」と書かれたものをわざわざ選ばれた以上、読者諸氏が早速ストレス解消に移りたいのは重々承知でございます。
しかしこちらも仕事なので、口上が終わるまで今しばらくお待ちあれ。なに、すぐに終わりますよ。
まず初めに、ストレスはどうしてたまるのか、そこから話しましょうか。
ストレス、苛立ちとは、自分の思い通りにならない時に生じるものです。
そして、世の中で最も思い通りにならないものと言えば他者、だというのはご理解いただけるかと思います。
他人というのは無軌道なものです。『意味の分からない言動を繰り返し、私の邪魔しかしないもの』、そうでしょう?
その中でも、あなたが憎くて憎くて仕方がない人間。それこそが、あなたが抱えるストレスの元凶、いわば諸悪の根源です。
だれが、というのは、この際限定しなくても構いません。同僚、クラスメイト、隣人、親、子供、政治家、赤ん坊、誰であろうとも、憎悪をあなたに抱かせる可能性はあります。
この文章では、それらの憎悪すべき人々に『必要な報復』を与えよう、という趣旨のものです。
イメージと違うと感じた人は、速やかに退出を願います。問題ないお方はそのままで結構。
そろそろ本編が始まりますが、その文中に出る「憎い相手」は、全て自分にとっての憎悪すべき存在だと投影したうえで、作品を読み進めていただければ幸いです。
長らくお待たせしました。次から本編が始まります。携帯電話の電源など、気にすることはありませんよ。あなたはストレスを解消しに来たんですから。
目の前に、それが転がっている。
醜く、無様に、虫のように身を縮めたそれは、同じ人間とは到底思えない。
最も、こんなことになる前から、コイツは人間とは呼べない存在だとは、私にはうすうす分かっていたのだが。
「起きろ」
一言呟き、それの腹を蹴り上げる。肉の柔らかい部分に靴のつま先が突き刺さり、死にかけの魚のようにそれが跳ねる。
急所への突然の痛みに耐えかね、それが口から何かを吐いた。ツバか胃液かも分からないが、汚い事には変わりない。続けてその顔に靴を向け、踵で顔面中央を押しつぶす。
段ボールの箱よりもあっけなく、それの鼻が潰れる。苦悶の声を上げ続けるそれを無視し、しばらく踵でねじ込むように念入りに整地したあと、私は足を上げる。
より無様になった姿を見たところで、私の頭は冷えたままだった。
「痛くて苦しいだろうな」
私の口を出た言葉に戸惑っているのだろう、それは愚かな表情を浮かべたままだ。
「早くやめてほしいだろうな」
それを聞いて、急に大きく首を上下に振り出す。醜い。私はそれの髪の毛を掴んで顔を床に叩きつける。何かが潰れたような声を上げて、それの動きが止まる。髪を引っ張り、無理に顔を上げさせる。
「だけどな、私がお前から受けた苦痛は、これぐらいではないぞ?」
耳元で囁くように言ったのち、さっきよりも激しく顔を床に叩きつける。額、鼻、両目、唇と、顔の各部を万遍なく地面にこすりつけた後、同じ角度で何度もコンクリートに打ち付ける。どこか切れたようで、コンクリートの床が赤く染まり始める。
ひたすらその動作を繰り返し、腕が疲れ始めた頃合いで、髪の毛を離す。もうそれはろくに動きもせず、顔を床につけたままになった。
ふと見ると、手に髪の毛が絡みついている。汚い。指から取り除き、壁際の水道で手を洗う。
水音に紛れた這いずる音に気が付き振り返ると、さっきまで動かなかったそれがのたうちまわりながら、私から距離を取ろうとしている。
距離を取ったところでどうにかなるものでもないというのに。
黙って様子を見ていると、それは部屋の出口にまで這いより、ドアを開けようとしているようだ。
だが立つこともできないぼろ屑のようなものが、人間用のドアを開けられるわけもなく、ドアに身体をこすりつける程度だった。
「私が苦痛から逃げようとしたとき、お前はそれを見逃したか?」
投げかけた声にびくりと震え、それは私の方を振り返った。連続した殴打で見るに堪えない顔が歪む。
「反省なんか期待していない。ただ、思い知って、後悔して、絶望して、死ね」
用意した工具を見せつけるようにしながら、一歩ずつ距離を詰める。それの言葉にならない声を聞きつつ、私は工具を振りかざした。
いかがだったでしょうか、実践的ストレス解消文・憎悪編は?
え?陰湿?やり過ぎ?
またまた、ご冗談を。
憎悪編ですよ?憎むほどの相手にやることならば、やり過ぎはありません。どこまでいっても『必要な報復』でしかないのですから。
それに、文中では『それ』が過去に何をしたか明言されてないからそう思ってしまうのです。あなたの優しさですね。
でも考えてみてください。『それ』はあなたのよく知る、憎むべき「それ」なんですよ。思い出してください。あなたの受けたこれまでの仕打ち、その全てをやった悪人、それが『それ』なんですから。
あなたが慈悲を与えたところで、「それ」はまたあなたに害をなすだけなんですから。痛い目に合わせて躾けなければ、分からない愚者もいるのです。
さて、本編はいいところで終わっております。
取り出した工具は何なのか、それをどう使うのか。先はすべてあなたの考え次第です。
では、綺麗にストレスを解消できることを祈りつつ、この文を終わります。