謎な後輩
これは、吉倉甘夢さんに提供していただいた三つのお題、「かぼちゃのケーキ」「メガネ」「マント」から執筆した短編です。
「ヒーローって、何でマント被ってるんですかね、先輩」
休日の公園のベンチにて。俺の隣に座る後輩は、妙な質問をしてきた。
長い髪を三つ編みにまとめ、黒いフレームのメガネをかけた少女。服装もコットン素材のロングワンピースと、よくいえば素朴、悪くいえば地味。
しかし、この後輩には、何とも言えない独特の雰囲気があった。彼女を包むそれが、洒落っ気のないこの後輩を美しく見せているのかもしれない。
ところで、何故突然ヒーロー?
後輩の言動は、相変わらず解釈困難である。
「俺が知ってるわけないだろ。カッコつけているだけなんじゃないか?」
適当に答えると、後輩はふむと考え込んだ。
「なかなか面白い答えですね、先輩。」
「そうか?」
「はい。先輩がどうしようもなく平凡だってことを再認識させられました」
「……俺は、お前が性格悪いことを再認識させられたよ」
思わず溜息をこぼしながら、ペットボトルにお茶を飲む。それから、この不愛想な後輩が買ってきたオレンジ色のケーキを一口ほおばる。とたんに、口の中いっぱいにまろやかで濃厚な甘みが広がった。くどくなく、限りなく自然なのが俺好みだ。思わず頬が緩む。
一方、後輩は謎のケーキにもペットボトルのお茶にも手をつけず、無表情のまま続けた。
「じゃあ、先輩は、ヒーローになりたいですか?それで、マントとか着てみたいですか?」
危うくお茶を吹くところだった。寸前でとどまったのは我ながら偉いと思う。
シャツの袖で口元をぬぐい、意味不明な後輩に怒鳴った。
「何で俺がヒーローにならなくちゃいけないんだ!?まず、そこから考えを改めろ。マント着たいとかどこの幼稚園児だよ!それともなんだ!そんなに俺が夢見る乙女に見えるか?」
「先輩、それなら夢見る少年にしてください。気持ち悪いです。全世界の夢見る乙女が絶望します」
「いや、俺だって夢見る乙女にはなりたくないよ!」
怒鳴ったせいで疲れた。お茶を一気に飲み干し、ケーキを大きく切り分けて飲み込む。
「そもそも、何でヒーローの話してるの?あと、このケーキは一体何?」
すると、後輩はほんの少しだけ頬を染めて言った。
「それは、男の人はアクション系の映画が好きって聞いたからです。で、アクションと言えばヒーローかなと」
「……何それ」
アクション系=ヒーローはわからなくもないが、だからと言って俺がマント被ってヒーローやっているのなんて、想像しないでもらいたい。
「明日、予定ありますか?」
「え、明日?別にないけど」
「じゃあ……」
後輩の無表情が崩れ、照れたような笑顔になる。
「私と、ヒーローものの映画を見に行きませんか?」
あまりに唐突な言葉に、俺は少し反応に困った。
「……えっと、俺じゃなくてもいいんじゃないか?」
すると、やけに真剣な顔をして後輩は首を振った。
「先輩じゃなくちゃ、駄目です」
「そうなのか?」
「そうなんです」
よくわからないけど、無理やり断ることもない。
「いいよ、別に」
俺が頷くと、ほっとしたように溜息をつき、再び無表情に戻る。
「二つ目の質問に関してですが、これ、かぼちゃのケーキです」
ベンチにプラスチックのフォークが落ちた。らしくもなく呆然とする。
かぼちゃだって?こんなに……こんなに俺好みのケーキが……かぼちゃ……。
俺は野菜は嫌いなもの方が多いが、特にかぼちゃは大嫌いだ。あの味、あの感触、あの外見。あれは悪魔だ。人間を苦しめるために生れてきた物体だ。
それを食べてしまうなんて、何たる不覚。俺は深くうなだれた。
一方、後輩は無表情のまま言った。
「美味しかったでしょう?」
「……う。まあまあ……ね」
確かに、美味しいことは美味しかった。とっても。
「じゃあ、映画館の後、ここのケーキ屋さんによって、私の家で食べませんか?……よかったらですけど」
何故、この後輩は、メガネの奥の瞳を自信なさそうにふせているのだろうか。俺は内心首を傾げながら、
「うん、いいよ」
軽く頷く。すると、不愛想な後輩の口元が、ほんの少しほころんだ。
「……ありがとうございます。美味しいお菓子、たくさん紹介しますから」
「ああ、よろしく」
金色の黄昏が、公園のさびれたベンチを染める。そうして、後輩のどこか嬉しそうな顔も。
しばらくの沈黙ののち、後輩がポツリと言った。
「……とっても楽しみです」
珍しく短くまとまりました。
かなり微妙な恋愛ですねw
鈍感な主人公が、後輩ちゃんと付き合うのはそう遠い未来ではないでしょう…。