未来福音⑥
【未來福音⑥】
病で歩けなくなった母の療養のために、私たちはこの街に引っ越してきた。
広島市安佐北区、可部。前に住んでいた場所より静かで、家賃が安くて、病院にも通いやすい。父がそう言って決めた家だった。川が近くて、春になると風はやわらかく、窓を開ければ草の匂いが入ってきた。知らない町に来た不安より、四人でなら何とかやっていけるかもしれない、という気持ちのほうが、その頃はまだ大きかった気がする。
その頃にはもう、母はひとりで歩けなかった。
長く立っていることもできない。食事も、着替えも、排泄も、お風呂も、何をするにも手が要った。病院の先生がどう説明していたのかは、もう曖昧だ。ただ、良くなる病気じゃないことだけは、子どもの私にも分かっていた。
だから家の中心は、いつのまにか母のベッドになっていた。
リビングのいちばん日当たりのいい場所に介護用ベッドを置いて、父は仕事の前にも後にも母の世話をした。薬の時間をメモして、体を起こして、水を飲ませて、熱を測って、髪を梳いて、爪を切って、シーツを替える。夜中だって何度も起きていた。
私もやった。お姉ちゃんもやった。
小さい頃から、私たちはだいたい何をするにも一緒だった。だからその頃も、片方がやれば片方もやる、みたいになっていた。洗濯物を干すのも、母の体を拭くためのお湯を沸かすのも、食器を洗うのも、父が寝落ちしたあとに洗面器やタオルを片づけるのも。
楽だったわけじゃない。ずっときつかった。
部活なんて、したくてもできなかった。友達の誘いを断る回数が増えて、そのうち声もかからなくなった。テスト期間でも、夜になれば母の様子を見なきゃいけない。眠りの浅い日もあったし、朝起きた瞬間から、もう疲れている日もあった。
それでも私は、家族だから、で何とか飲み込んでいた。けど、お姉ちゃんは違った。
『なんで私達だけ、こんな生活しなきゃいけないの』
勝気な姉が、そんな声を出したのがいつだったかは思い出せない。台所だったか、脱衣所だったか、夜の玄関だったか。場所は曖昧なのに、その声だけは妙にはっきり残っている。張っていた糸が、ふっと細くなるみたいな声だった。
『もう無理なんだけど』
私はそのたびに、『仕方ないよ』とか『もう少しだけ頑張ろう』とか、そんなことばかり返していた。波風を立てない言葉を探して、その場が収まるほうへ寄せるだけだった。
お姉ちゃんみたいに怒れない。父みたいに背負えない。母みたいに謝れない。ただ何も決めないまま、その日その日をやり過ごしていた。だからお姉ちゃんに言われたのだ。全部抱え込んで、何一つ自分で決めようとしない。怖がりの意気地なしだって。
その通りだったと思う。
高校三年生、卒業も近い頃に、私たちは学校を辞めることになった。
辞めるしかなかった、のほうが近いのかもしれない。母の状態は悪くなって、父の仕事も不安定になって、家の中を回す人間が必要だった。先生には止められた。もったいないとも言われた。せめて卒業だけでも、と言ってくれた人もいた。
でも、現実はそこまでやさしくなかった。
朝から夜まで、家に誰かがいないと回らない生活になっていた。受験どころか、通学を続けることさえ難しかった。姉妹のどちらか片方だけ残る、という話にもならなかった。私もお姉ちゃんも、同時に教室からいなくなった。
教科書も、ノートも、スクールバッグも、スマホも、あの頃の私はちゃんと持っていたはずなのに、今の私の手元にはもう何もない。
お姉ちゃんはあの日、泣いていた。怒っていたのに、泣いていた。
『アンタはそれでいいわけ?』
玄関でそう言われた。たぶん、あの日だ。お姉ちゃんが家を出ていった日。
『これからの事全部台無しにされて、それでも仕方ないで終わらせるの?』
何も言えなかった。言えなかったから、余計にお姉ちゃんを怒らせた。
『パパも、もう変だし』
その言葉に、反射みたいに顔を上げた気がする。
変だった。たしかに、少しずつ。
母のことになると、父は前より話が通じなくなっていた。お金の話も、将来の話も、私たちの学校の話も、まともに向き合ってくれないことが増えた。母のそばを離れないことだけが正しくて、それ以外は全部後回しでいい、みたいな顔をしていた。
父はもともとバイクが好きだった。休みの日にはよく磨いていたし、幼い頃、私とお姉ちゃんでこっそりまたがって乗り回して、見つかってこっぴどく怒られたこともある。危ないなら最初からちゃんと覚えろ、と、結局は乗り方まで教えてくれた。なのに、そのバイクもいつのまにかなくなっていた。売ったのだと思う。家にお金が要ったから。ガレージの空いた場所だけがやけに広く見えて、父はそのことに何も触れなかった。
前は違ったのに、と思った。前の父は、もっとちゃんと父親だった。
それでも私は、でもお母さんはもう寝たきりなんだよ、お父さんだって……と、また曖昧なことを言った気がする。お姉ちゃんの味方もしないで、父を責めもしないで、その場を濁そうとした。
『もういい』
お姉ちゃんは最後にそう言った。
『〜っホンットに嫌い、こんな家族。もう勝手にすれば。バカ××!』
最後に私の名前にバカを付けて、当に出ていった。遠くなっていくお姉ちゃんの背中に私が投げた言葉は、何だったっけ。思い出せないけど、結局ドアはばたんと閉じて、追いかける事も出来なかった。
姉の背中を見送って、私は家の中に戻って、戻って……何事もなかったみたいに母の姿勢を変えて、濡れたタオルを替えて、薬を準備して、夕飯の準備をして、そうやって、全部なかったことみたいにして暮らしに戻った。
今なら分かる。あの時点で、もう色々と限界だったのに。
お姉ちゃんが出ていったのは、冷たかったからじゃない。逃げたかったからでもない。あの人は、最後まであの家でまともでいようとしたのだと思う。私達にまともでいて欲しかったのだと思う。自分の人生が潰れていくことにも、父が少しずつ別人みたいになっていくことにも、私が何も決めないことにも、お姉ちゃんはちゃんと怒っていた。
私は怒れなかった。
怒らずに、ただ疲れていった。でも、それでも幸福だったと思う。変な話だけど、本当にそうだった。
生活は死ぬほど苦しかった。お金は足りないし、時間もない。家の中はいつも薬品と汗と洗濯物の匂いがしていた。父は痩せていくし、母は弱っていくし、私もお姉ちゃんも、とっくに余裕なんてなくしていた。
それでも、家族だった。父は母を心の底から愛していたし、母もそうだった。
母はほとんど喋れなくなってからも、父が手を握ると、少しだけ表情がほどけた。父はそんな母を見る時だけ、どれだけ疲れていても、ほんの少し誇らしそうな顔をした。昔みたいに会話なんてできなくても、ちゃんと通じている気がした。
その横で私はお粥を作って、薬を砕く。お姉ちゃんは文句を言いながら、それでもシーツを替えてくれる。
たまに父と母が、今そんな空気じゃないでしょ、という時にまで妙に甘ったるい空気を出すことがあって、そのたび私とお姉ちゃんで顔を見合わせた。あー、また始まった、みたいに。そういう時だけは、ちゃんと笑えた。
姉の家出も、私の将来のことも、父の失業も、母の病気も。頑張れば、いつか笑える日が来ると、どこかでまだ信じていた。
こんな生活がずっと続くわけじゃない。いつか何とかなる。何とかしてみせる。
そうやって、自分を騙しながらでも前を向けていた。
それも、今から半年前――世界が終わると知るまでは。




