未來福音①
四月一日、エイプリルフール。お父さんに殺されそうになって家から逃げた。これ、嘘みたいだけどホントの話。
広島市の北のほう、可部って町の外れ。昼ならまだ少しは人の気配があるはずの道も、夜が深まれば風の抜ける音しかしない。生き残っている街灯はもう一つもなくて、薄い月と星明かりだけが、道端に倒れている私をどうにか闇に溶かさずにいた。
「…………」
お腹は、空きすぎると逆に何も分からなくなる。苦しいのか痛いのかも曖昧で、ただ身体の芯だけがずっと冷たかった。喉はからからで、唇は切れて、制服の膝は汚れていて、手足の先はもう自分のものじゃないみたいに鈍くて、重い。
四月一日。いまが三時なのか四時なのかも分からない。時間を知る術がないから、今が夜を越えたばかりなのか、もう朝が近いのかも曖昧だった。
とにかく全身が痛い。罪悪感に押し潰されそうで、お腹は空きすぎていて、何か食べるために盗むことまで頭をよぎった。でも、この町にはもう盗むものすら残っていない。
着の身着のまま家を出て、あてもなく歩いて、歩けなくなって、倒れた。たぶん私は、このままここで死ぬ。これも、嘘みたいだけどホントの話。
「お嬢さん。おーい、行き倒れのお嬢さん。大丈夫?」
声がした。
遠くで聞こえた気がしたのに、次の瞬間にはすぐ近くにある。男の人の声だった。軽い調子なのに、妙に場違いで、変な声。
「……もしかして、もう死んでる?」
死んでない、と言いたかった。でも口はほとんど動かなくて、喉の奥で息が掠れただけだった。何が出たのか、自分でも分からない。
それでも、何かは伝わったらしい。
「お、動いた」
ひやりとした指先が額に触れた。次に頬。それから首筋。脈でも見るみたいに、ためらいなく触れられる。
「外傷は……まああるけど、見た感じ栄養失調かな。返事できる? 君、このままだと死んじゃうよ?」
そんなの、言われなくても分かってる。
分かっているところで、どうにもならないだけで。
私は呻くことしかできず、見ず知らずの誰かに身体のあちこちを確かめられていた。怪我の有無を見ているだけなんだろう。そう思っても、首筋に触れられるたび、身体の奥がかすかに強張る。腕が動けば振り払ったはずなのに、その力も残っていなかった。
寒い。苦しい。頭がうまく回らない。何か考えようとしても、そのたびに意識が勝手に逸れていく。
だから、もう考えるのをやめた。
男の人が黙る。さっきまでの軽さが、そこでふっと薄くなった気がした。見えてもいないのに表情までは分からない。ただ、私を見下ろしている気配だけがあった。
「お嬢さん」
今度の声は静かだった。
私は重たい瞼をほんの少しだけ持ち上げる。月明かりだけじゃ、相手の顔はよく見えない。ただ、細長い影がぼんやりと立っていた。
「今死ぬのと、一年後に死ぬの、どっちがいい?」
一拍遅れて、言葉の意味だけが頭に落ちてきた。
今死ぬか。一年後に死ぬか。
道を聞くみたいな口調で差し出されるような選択じゃない。頭のおかしい人なのか、それとも私のほうがもう限界なのか。その両方かもしれなかった。
でも、その言葉だけは妙に耳に残った。意味なんて分からないのに、聞き流せなかった。どうしてかも分からない。ただ、そこで終わりみたいに扱われるのだけが、妙に引っかかった。
私は唇を動かした。
何か言わなきゃいけない気がした。だから私は絞り出そうとして、したけれど喉はひどく乾いていて、声になったのかどうかも分からないまま、視界が暗くなる。
にじんだ夜空がほどけて、男の輪郭も、道も、夜そのものも、ゆっくり沈んでいく。
そして、




