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【短編小説】骨の髄までありきたり

掲載日:2026/02/16

 平日の夜だと言うのにかなり混んでいる。

 おれたちは運よく空いた座敷席に滑り込み店員が机を片すのを見ていた。

 皿に残されたツマミだとかグラスに残った酒を見ると、無性に腹が立ってくる。頼んだら残すな、残すなら頼むな。

 ラーメン屋とかでも「麺少なめでお願いします」とか言えない癖に残す女が本当に嫌いなのだ。

 おれだって、打ち上げの度にジョッキに残ったぬるいビールを飲むのは本当に厭だ。ひと口とも言えないそれがジョッキの底にあるのを思い出して、余計に苛立ちが募る。


「おい、そんなに物欲しそうに残飯を見るなよ」

 ギターは新しい灰皿が来る前に煙草を咥えて火をつけた。このクソがせっかちなせいでいつも酷い目に合う。

 おれの気持ちを察したのか、綺麗になったテーブルに皿と箸を配置しながらドラムがぼそりと「お前のせっかちなところ、良くないよ」と言った。


「うるせぇな、ひとのことをせっかちって言うけど今日だって気持ちよくなったのか知らんけどリズム壊して走ってたのてめぇだろ」

 ギターが新しく置かれた灰皿に伸ばした煙草の灰は皿に収まる前にテーブルに落ちた。

 ギターはその灰をおしぼりで拭った。

 それも腹が立つ。卓上にいくらでもある紙のお手拭きがあると言うのに、1番近いところにあるからと言う理由でおしぼりを使う。


「ギターお前さ、そう言うところだよ」

「は?何が?」

「何がって全部だよ、全部」

 何かを説明しようとしたが、咄嗟に理路整然とした事が言えずにアホみたいな事を言って後悔をした。

 案の定、ギターはニヤニヤしている。

「全部、ねぇ。まるでお前のバンメン募集チラシだな」


 カッとなった瞬間には割り箸を投げていた。

 おれが投げつけた割り箸は何回転かして壁に当たって落ちた。それを見たベースが「コークスクリューだね」と言ってチンコを掻いた。

「おまえはいい加減に病院行けよ!あとゴムつけろ!」

 絶叫するおれにベースは手を振る。

「ヴォーカル以外全員募集ついでに病気じゃねぇファック隊も募集すっか?」

 さらにギターが煽り散らかす。


「うるせぇな!!」

 凄んでみたもののギターは余裕そうに煙草を吸っているし、ドラムもベースも既に興味を失っていた。

「解散だよ、解散!!」

 おれが何度目かの解散を口にすると、ギターは「いいんじゃない?またヴォーカル以外全員募集すんでしょ?」と笑った。

 皿を投げつけようと引っ掴んだ瞬間、店員が注文を取りに来た。


「生四つと早いの1000円以内で適当に。量が多いと嬉しいです」

 ドラムが誰に何も聞かず適当な注文をして、ベースが「あ、焼きおにぎりください」と〆の注文から入った。

 店員はおれたちの険悪な雰囲気なぞどこ吹く風で身を翻してキッチンに戻っていった。


 誰もおれの解散を信じていない。

 そりゃそうだ。ライブをやって打ち上げの度に解散を口走っているのだから。

 ドラムは本を読み始め、ベースはLINEで女と連絡を取っている。ギターは暇そうに3本目の煙草を吸っていた。

「今回は本当だよ」

 おれは絞り出すように言った。

 また同じくセリフを吐いている自分に気づく。脳みその奥が痺れるように熱い。耳が鳴る。奥歯が痛む。

 クソみたいなバンドを続けているのも、メンバーに馬鹿にされながら辞められないのも、骨の髄までありきたりなおれを覆したくてやっているのに。

「へぇ?」

 ギターだけが相槌を打った。

 そのニヤニヤした笑いが鏡の中でおれを笑う自分に見えた。

 


「お前らの生活態度には辟易した。本当にクソだ。ありきたりなんだよ。骨の髄までありきたりなバンドマンだ」

 どいつもこいつも絵に描いたような、いい加減でちゃらんぽらんなバンドマンだ。

「いいよ。で、どうする?解散理由は生活態度の違いにする?」

 ギターはニヤニヤしたまま、店員が無造作に置いたビールを飲んだ。


「乾杯しろよ!!」

「解散すんだからいいだろ別に」

 クソがっ!!と叫んでおれもビールを飲んだ。ムカつくことにビールが旨い。

 しかしここで旨いと言うのは何か負けな気がする。ジョッキについた水滴すらムカつく。とにかく腹が立つ。


「生活態度の違いだと格好悪いからさ、政治の方向性が違うからでいいじゃん」

 ドラムが本から顔も上げずに言った。

「あー、それで再結成できないバンドあるもんな」

 ベースがさっきとはちがう女と連絡をとりながら追随する。

「じゃあ、そう言うことで。おれたちの政治思想の違いよる解散に乾杯!!」

 ギターが半分以下になったジョッキを掲げると、ドラムとベースがそれに倣った。


 おれがジョッキに手を伸ばす前に、すでに3人のジョッキはテーブルに戻っていた。

 ふと顔を上げると、部屋の隅にあるテレビ画面は保守政党の圧勝を警戒するような報道をしている。

「そう言えば選挙あったな」

 何ともなしにおれが言うと、ギターは驚いて「うわ、馬鹿がいるわ。今回は両方とも保守だろ」と鼻で笑った。


 それを聞いたドラムが顔を上げると「馬鹿はてめぇだろ、あんな右翼政党に入れるとかナチスかよ?」と突っかかり、ベースは「キチガイはてめぇらだ。みらい党だけだろ、まともなの」と割って入った。

 そこから互いの支持政党に対する罵倒が始まり、注文したツマミが来るより早く3人は立ち上がって出て行った。


 ひとり残ったおれは1000円分のツマミと焼きおにぎりを食べると、ポイントで支払いを終えた。

 レジの女に「バイト終わるの何時?遊びに行こうよ」と声をかけると鼻で笑ってあしらわれたので、誰も見ていないのを確認してから店の外にある『生ビール半額』と書かれた幟を鍵で割いた。

 幟は少しバタバタと鳴って、すぐに静かに垂れ下がった。

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