第8話 契約関係?
「……」
おそらく風見先輩は、私をサトシくんに見立てて、いろいろしたいことについて言っているのだろう。
彼女が言うには、一緒に帰ったり、おしゃべりしたりするらしい。き、キスしたりも……!?
私は先ほど、考えさせて欲しいと答えた。
う〜〜〜〜ん。
少し悩んだけど、別にいいかもしれないと思い始めている自分がいることに気づいた。
「……わかりました」
「本当!? きゃー!! やったー!!」
風見先輩は胸の前で手を組み、晴れやかに喜んだ。
「こういうお出かけにかかるお金はわたしがすべて出すからね! 心配しないでね!」
「いいんですか? 風見先輩ってそもそもバイトしてるんですか?」
「してないよー。こうみえて受験生だしね。親から十分、お小遣いは貰ってるから大丈夫だよー」
「でも」
「わたしが無理やり連れ出しているんだからいいの! それに今日は、和央ちゃんを抱きしめさせてもらったしねー」
風見先輩が私にハグをすることって、ネットカフェを奢ることと、しっかり対価になっているのかな。
……。
どう考えても釣り合っていない。しかも一度だけのハグだし。
風見先輩がいいなら、もう一度抱きしめてみても……いいんだけどな。
そんなことを、ぐるぐる頭で考えていたら、彼女が黒い椅子から素早く立った。
テーブルの上に乗っていたドリンクのコップをまとめはじめる。
「和央ちゃん、そろそろ出ようか」
「手伝います!」
「ありがとー。このプラカップは返却口に持っていかないといけないんだ」
「なるほど。飲食店みたいですね!」
「うん! って、和央ちゃんの靴下、わたしのと似てるね」
風見先輩は私の足元を指差した。
ライン入りのソックスが、蛍光灯の光にさらされて目立って見えた。
「お揃いみたいだね。偶然だと思うけど、なんか嬉しいな♪」
「あはは」
あなたに憧れて真似したなんて、とうてい言えない!!!
私は愛想笑いをしてやり過ごした。
話し合った結果、私は二つのカバンを持ち、風見先輩がコップやお茶碗をまとめて持って行くことに決めた。
ネットカフェの出入り口に辿り着くまでの間、私たちくらいの制服を着た女子とすれ違った。
こういうところって、なんとなく大人のひとが行くイメージがあったけど、そうじゃないのかも。私にとっての一つの収穫だった。
風見先輩が支払いを済ませた後、二人で店の外へ出た。残暑の余韻がただよい、湿った熱気が私たちを包んだ。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、"明日も"よろしくねっ」
風見先輩はとんでもないことを言った。私は思わず彼女を食い入るように見つめてしまった。
「何か用事あった?」
「いえ。ないですけど」
私は特に部活も委員会も入っていないから、放課後は暇と言えば暇だった。
「じゃあ会おうよ! ヒロ5のアニメの続きも見てもらいたいしねっ」
「……わかりました」
「やったー! じゃあ、また明日ね。今日みたいに放課後、迎えに行くからねっ」
風見先輩は私の肩をポンと叩いた後、スカートを翻して、夜の街へと駆け出して行った。蝉の細い鳴き声が遠くから聞こえてきた。
私は一瞬だけ嬉しくなった。だけど、すぐにサトシくんの代わりだということに気づき複雑な気持ちになった。
でも、リアルゴールドは美味しかったから、まぁいいか。
明日も飲めると思ったら、この風見先輩との"契約関係"も悪いものではない気がした。きっと私は素直じゃない。
◇
「えっ。風見先輩とネットカフェに行ったの?」
「そう!」
翌朝。教室で、早速みなみちゃんにつかまった。
昨日、風見先輩とどこに行って何したのかと聞かれたから、"言えるところだけ"しっかり伝えた。
なお、アニメの主人公の男の子に似ていたから気に入られたという事実については、伏せておいた。
みなみちゃんは、一度目を大きく見開いた後、
「面白い」
と指をさして言った。
「どんな流れでそうなったのー? 普通、初対面の先輩と、密室みたいなところ行かないでしょー」
彼女はガシッと肩を組んできた。距離感が近い子なのだ。
「成り行きでかな」
「おっとなー! もしかしてわお、本当に風見先輩に惚れられたのかもねー」
みなみちゃんがいつもの調子で茶化した。彼女の推理も、あながち間違っていないように思えた。
「ネットカフェって初めて行ったけどさ、いいところだね」
「あれ。あたしと行かなかったっけ? 漫画も読み放題だしさ、個室でだらっとできるのいいよね」
「うん。なんか薄暗くて秘密基地みたいだった! あと、ソフトクリームとかも食べられるんだねー。知らなかった」
「なになに? 風見先輩と食べ合いっこでもしちゃった?」
みなみちゃんがニヤニヤした顔を向けてくる。冗談を言っているつもりかもしれないけど正解だ。とっさに言い返せず、変な間が生まれてしまった。
「……えっ。まさか。本当?」
いつもひょうひょうとしている、みなみちゃんが動揺している。開いた口がそのままだ。
「う、うん」
ここは別に隠さなくてもいいと思って、正直に話してしまった。
「……そ、そ、そっか。そっか! あ、甘いねぇ!」
みなみちゃんは、私から腕を離して、顎に手を当てた。
「……」
「そういえば、1時間目って数学だよね」
このままネットカフェの話を続けるのは気まずかったので、私は別な話題を切り出した。
「ちょっと待って! ソフトクリームの食べ合いって、どっちから提案したの?」
だけど、みなみちゃんは、まだ気になっているようだった。
食い気味になって、私に話の続きを促した。
「風見先輩だよ」
「ふーん……。まぁ。わおから言うわけないかぁ」
失礼な。誰が、受け身タイプだ!
否定ができないのが悲しいところだけど。
そういえば、ソフトクリームの話をしていたら、思い出したことがあった。
「ねぇ。みなみちゃんに判定してほしいことがあるんだけど」
「なに?」
「間接キスってファーストキスに入ると思う?」




