第50話 彼女が青なら、私が赤
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新幹線を待つホームは、それなりに人がいた。浮き輪を持っている5人組の男女グループや、フリル服を色違いでお揃いで着ている2人組の女子も目立っていた。親子連れも多い。そっか。夏休みだもんね。
風見先輩は、私のお見送りに来てくれていた。一緒にベンチに座って、先ほどからたわいもない話をしている。
急な予定であるにも関わらず、嬉しかった。今日はバイトは無いらしい。
「えー。みなみちゃん。すごーい!」
「はい。たぬきの着ぐるみを着て踊った動画がバズっちゃったんですよー」
私は風見先輩にSNSアプリを開いて、スマホを見せていた。画面では、みなみちゃんが腕を振って、軽やかにダンスをしていた。いいねは2万を超えていて、コメントも、ほとんどが絶賛する内容ばかりだ。
「わたしも、フォローしちゃおうかな♪ まずはアプリをダウンロードしちゃおっ」
「ぜひ、応援してあげてください!」
風見先輩は自分のスマホを触っている。にこにことしていて、見ているだけで癒された。
今日は気温が低くて、過ごしやすい。だから、彼女とくっついていても、変じゃない。私は人で行き交うホームを虚ろな目で見つめていた。
——光ホテルで一緒に眠った私たちは、起きたらチェックアウト寸前の時間で、パニックになった。急いで身支度をすることになった。
時間短縮のためにと、風見先輩と二人で一緒にお風呂に入った。だけど、洗いっこをしたり、イチャイチャしていたら……とうにチェックアウトの時間は過ぎてしまった。フロントで、二人で泊まったことを申告した後、しっかり延長料金と、差額の宿泊料金を支払った。
その後は、一緒に駅まで行って、近くのカフェでご飯を食べた。風見先輩はトーストとサンドイッチとホットサンドを頼んだ。よほど、お腹が空いていたのだろう。
彼女は、口元にソースをつけていたから、私は、もーと言いながら、おしぼりで取ってあげた。
……なんだか、恋人同士っぽい!? っぽいじゃなくて本当なんだけどね。えへへっ。
その後は、時間があったので、駅前をウインドウショッピングをした。風見先輩と一緒にオシャレな服を見たり、かわいい小物を手に取ったりしていると、気分も最上級に高まってきた。何度も彼女を横目に見て、胸をときめかせていたのは内緒だ。
——そしたら、あっという間に、新幹線が出発する20分前となった。
遅れないようにと、ホームのベンチに早めについて待っていた。
風見先輩に話したいことはたくさんあるのに……。
ありすぎて、近況話しかできていない。
そういえば、何か聞かなくちゃいけないことがあったんだけど……。なんだっけ。
私は、なんとなくカバンを開けて、中を見た。そしたら、サトシくんと由夏先輩のアクリルスタンドが変わらずそこにあった。
……そうだ!
「風見先輩! 聞きたいことがあったんです!」
「何々? どうしたの」
彼女は、きょとんとした顔を向けてくれる。かわいい。保護したい。特別な関係になった今、いつも以上に表情が甘々に見える魔法にかかってしまった。
「——風見先輩って昔、掲示板にトピック立てていたりしませんでしたか?」
そうなのだ。
私が、アニメ『ヒロインが5人もいる!?』を検索した時、偶然見つけた掲示板。そこに、サトシくん推しが作ったと見られるトピックがあった。
主にコメントを書き込んでいたのは、ハンドルネーム"ユキ"。
実はあれから、私はちょくちょく掲示板をチェックしていた。しかし、一年以上前から更新が止まってしまい心配していた。
私はスマホのブックマークから、該当するサイトを開いて、風見先輩の前に出した。
「あっ。それ、わたし〜!」
彼女は元気よく答えた。呑気に手まで挙げている。
隠し通されることも考えていたから、面食らってしまった。
「和央ちゃん、よく見つけたね! びっくりしたよ〜」
「だって、だって……」
私は込み上げる想いが溢れそうになっていた。
「……風見先輩と連絡が取れなくて寂しくて、何か繋がりが欲しかったんですもん」
「和央ちゃん……」
彼女は私をじっと見た。グッと少し前へ出た。
な、なんだか顔が近い!? いい匂いもする。
も、もしかして……。
まさか、ここでキス!?
そ、そんな。先輩! 公共の場なのでダメですよ! 人がたくさん見ていますよ!
恥ずかしがり屋の私は、手を前に出して、すっと身を引いた。
風見先輩との間に距離ができる。彼女は少し残念そうな顔をした。
「な、なんでトピックにコメントするの辞めちゃったんですか?」
最後に"ユキ"が投稿した内容は【今日スズメの大群を見た】というたわいもないものだった。トピック名は【大風サトシくんが一番かわいい!】というタイトルであるにも関わらず、終盤は個人的な日記のような使い方をされていた。
「なんかね、ログインできなくなっちゃって……」
「ええー!」
「そしたら、書き込めなくなっちゃって……」
「そ、そんなぁ……」
衝撃の真相だった。実は、毎日楽しみにしていたのに。
私はガックリと肩を落とした。
「そういえば、たまにコメントしてくれた子いたね。あれ。もしかして和央ちゃんだったの?」
「はい!」
ハンドルネーム、"さすらいの和"として私はコメントをしていた。
「……知らなかった。そっか! あの時から和央ちゃんとわたしは不思議な赤い糸で繋がっていたんだね」
風見先輩が、そんな詩人のようなことを言った。真剣な横顔にキュンとしてしまう。
私はスマホをスクロールした。
「Wちゃんのこと好きかも。ヤバい……」
トピックに書いてある投稿内容を読み上げた。
「!?」
風見先輩が瞬時にこっちを向いた。頬が赤く、とても恥ずかしそうに見えた。
「……これって、私のことですか?」
彼女に聞いてみたかった。
2年越しの真実が知りたかった。胸がドキドキと高鳴った。
「……」
風見先輩は一向に答えてくれない。
でも、顔を見ればそれがどういうことか一発でわかった。
「風見先輩。聞きたいです」
それでも私は続きを促す。
はっきりとした言葉が欲しいのかもしれない。ワガママかな。
「うん。そうだよ……。和央ちゃんのこと。あの頃から意識してたの」
彼女は観念したように答えてくれた。
時を超えた告白のようで胸が熱くなった。
「嬉しいです。とっても」
私は胸の前で手を組んだ。ぽーっとした淡い気持ちが体全体を包んでいく。
"風見先輩大好きです"と私も気持ちを言葉にしようとした瞬間、彼女に遮られてしまった。
「——でも、ごめんね。わたし一度も和央ちゃんに返信しなかったよね」
無理もない。突然現れたユーザーが書き込みをしていったら、誰だって怖いものだ。
「大丈夫ですよ! 結果として、こうして風見先輩にも会えたし——」
「……会えたし?」
彼女が探るような目を向けてくる。
「——そして、恋人同士になることができたんですから!」
「えへへっ。そうだねっ」
私たちは顔を見合わせて、笑い合った。
さ、最後まで言わされてしまった。
でも風見先輩がかわいいから、何も損した気がしない!
「——もしも、またメッセージアプリで連絡が取れなくなったら、この掲示板サイトを見にきてくれる? きっと、和央ちゃんにだけわかるような暗号を書くから」
「はい。わかりました!」
なんかそれ。とっても楽しそうだ。
秘密の交換日記をしているような感じがする。
風見先輩とのやり取りで、たとえ遠距離恋愛になったとしても、大丈夫だというような安心感を持つことができた。ホッと心が和らぐ。
——その時、ホームに新幹線がやってきた。風で髪がなびく。
時間が経つのが本当に早かった。
「……来ちゃったね」
「……来ちゃいましたね」
私が乗るものだった。
少し泣きそうになってしまう。だって、恋人同士になれた瞬間、離れ離れになっちゃうんだもん。切なすぎる。
でも、ここはグッと堪えないとね。
笑顔で風見先輩とお別れをしよう。
彼女の方を振り向くと——なんと一筋の涙を流していた。
「か、風見先輩!?」
「あれれ……」
まるで1枚の絵画を見ているかのようだった。美しい。凛と背が伸びていて、彼女は静かに泣いている。
私はいてもたってもいられずに、風見先輩をギュッと抱きしめた。
彼女の背中に手を回して、全力で引き寄せる。
「和央ちゃん……」
耳元で私の名を呼ぶ声がする。
「——すぐに会いに来ます」
「うん。うん……」
ホームではみんなからの熱い視線を感じた。注目を浴びているのがわかる。
さ、さすがにキスをしてお別れはできないな! うん。
——その時、だった。風見先輩が付けていた、ブルーのピアスが足元に落ちた。
あっと、声が出そうになる。
今まで一度も取れたことなどなかったのに。
私たちは二人して、ホームの地面にしゃがみ込んだ。
私の横にはキャリーケースがあった。ちょうどみんなから死角になるような位置だった。
「……和央ちゃん、好き」
「んんっ」
風見先輩は大胆にも唇を重ねてきた。それは彼女なりの、お別れのキスだった。
甘くて切なくて、でも幸せに満ちたものだった。
すぐに唇は離れた。それから、風見先輩は私の首元にも一瞬だけ触れた。まるでキスマークの跡を意識させるような仕草だった。
わたしのだからね。どこにも行かないでね。そんなことを言われているかのようだった。
甘い香りと共に、心臓がトクンと跳ねる。風見先輩の虜になっていて、もう離れられないことに気付かされてしまった。
「和央ちゃん、またねっ」
「はい! たくさん連絡します! 風見先輩、大好きです!」
やっと言えた。
彼女は笑顔で送り出してくれた。新幹線に乗って、座席についた後も、しばらくは窓越しに手を振ってくれていた。
後ろに座る女の子たちが、「あの子、かわいい」「芸能人?」と話している声が聞こえた。私にはもったいないくらいの素敵な彼女なのだ。
新幹線が動いた後、風見先輩の姿が横に流れていく。目に焼き付けようと、じっと彼女ばかりを見ていた。流れる景色はすぐに、高く無機質なビルを映し出した。
胸がキュッとなって、切ない気持ちになる。
もう、すぐに風見先輩に会いたかった。彼女の胸に飛び込みたかった。
涙を抑えるように前髪を触っていたらゴミがついていることに気づいた。さっき、しゃがんだ時についたのかな。
私は手鏡を取り出して、自分を映し出してみた。目の周りが赤かった。鏡を見ながら白いゴミを取る。
……。
首元にも意識が集中してしまう。風見先輩がつけたキスマーク。
薄い部類に入るかもしれないけど、近くで見たらわかる人にはわかる。恥ずかしいけど、誇らしくもあった。
「あ、あれ」
不意に耳たぶに視線を映すと、さらに真っ赤になっていた。
何故だろう。虫刺されかな。でも、痒くない。
ぐるぐる思考でたどり着いたのが——風見先輩だった。
きっと、昨日の行為の中で、耳をしつこく攻めたのだろう。私は目をつぶっていて、夢中になっていたから気づかなかった。
耳たぶは、まるでキスマークを付けられたみたいだった。
激しくも優しいような一連の行為を思い出して、照れてしまう。もう一度してみたい。そんな気持ちがあった。
あらためて耳たぶを見ると、何故か風見先輩のピアスのことを思い出した。彼女はいつもブルーのものを付けていた。
彼女が青なら、私が赤だろうか。なんて。
ふと、風見先輩にピアスを開けて欲しい気持ちになった。
本音を言えば怖いけど、彼女に抱きしめて貰いながらだったら、なんでも乗り越えられそうな気がした。
そして、お揃いのピアスを付けるのはどうかな。離れていても気持ちが一つでいられるような気がする。
風見先輩に早く会いたい。彼女の隣にいるためなら、私はなんだってできてしまいそうな気がした。恋の威力を思い知る。
とりあえず、今日から勉強の時間を増やそう。辛いことがあっても明るい未来が待っていると思えば、何でもワクワクする出来事になる。
私は胸いっぱい熱い思いを抱えながら、新幹線の窓に、頭を預けた。流れる景色がすごい速さで駆け抜けていく。
私の気持ちはすでに風見先輩と一緒のキャンパスライフを送っていた。目を閉じると、笑顔の彼女が手を差し伸べて待っていた。耳には色違いのピアスがきらりと光っている。帰りは、おにぎりが美味しい定食屋さんに行こう。そんな夢を見て、新幹線は止まることなく、前へ前へと進んで行った。




