第49話 ifも来世も一緒にいたい
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カーテンも引いてない外からは段々と陽がさすのがわかった。風見先輩越しに目を向けると眩しくて、思わず目をつぶった。
「——もう4時だね」
「……えっ。もうそんな時間なんですか?」
「和央ちゃん、疲れちゃった?」
「はい、少しだけ……」
「じゃあ眠ろうか」
風見先輩がカーテンを引いてくれる。衣類を身につけていない背中はあどけなくて、見てはいけないものを見ている気持ちになった。太ももに茶色い跡はもうなかった。
私は風見先輩と肌を合わせて透明になれたような気がした。今なら空も飛べそう。
程なくして、彼女が隣にやってくる。枕元のライトも付けてくれる。
「よいしょ。——えへへっ。あったかいね」
風見先輩が私を抱き枕みたいにぎゅっとした。汗をかいていて滑りが良かった肌に、優しくしがみついてくる。すっぽり背中を包まれると安心することができた。
「んっ……」
風見先輩が首に顔を埋めて、赤い跡をつけてくる。まるで私は彼女のものになってしまったかのようだった。唇が離れた後、そっと指で触って見ると、そこだけ体温が熱かった。じとっと、湿っていた。
「和央ちゃん、好き……」
「うん……」
気持ちは満たされていたけど、体は疲れていた。
このまま目を閉じたら本当に寝てしまいそうだった。
「風見先輩……」
「んー……?」
だけど、今、話しておかないといけないことがある。
一度眠ったら、リセットされそうで怖かった。
「……このまま朝を迎えたら離れ離れになっちゃいますね」
「和央ちゃん。そんなこと言わないでよ……」
「でも、事実ですから」
「和央ちゃん。好きだよ」
「うん」
「好きぃ……」
風見先輩が私をさらに強く抱きしめた。彼女の想いが伝わってくる。
胸が締め付けられるように苦しかった。一緒にいられる時間は残り少ない。
「……ねぇ。サトシくんと由夏先輩はその後どうなったんですか? 本当に結婚したんですか?」
「えっ?」
風見先輩は何の話かというように、無垢な声を出した。
だけど、すぐにヒロ5の話であることを理解したようだった。
「……うんと、わからない。OVAのアニメでも、続きは描かれなかったから」
「そうなんですね……」
思えば私たちは『ヒロインが5人もいる!?』のアニメから繋がりを持った。詳しく言えば、風見先輩がサトシくんを好きで、その男子に私が似ているから興味を持たれたという話なんだけど。
私たちは物語のストーリーを真似するように、二人でいろんなことをした。
ネットカフェで好きと囁いたり、光ホテルで添い寝をしてみたり。
昨日は、定食屋でプロポーズまがいのことをして、キスをした。
はからずしも、サトシくんと由夏先輩のストーリーをなぞってしまった訳だけど。
私と風見先輩の物語も、二人で切り開いていかないといけない——。
「ねっ。和央ちゃん、わたしのこと好き?」
「なっ。わ、わかってるくせに!」
「言葉にして聞きたいよ……」
風見先輩が切なそうに言うから、振り向いてしまった。
鼻をすんすん言わせて、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
そういえば私、行為中、彼女に好きと言っていない。心の中では何度も言ったのに。
「あっ」
声が裏返ってしまった。でも、強行突破する。
「——愛してますよ!」
「和央ちゃん!」
風見先輩は頬擦りをしてくる。
愛おしそうに何度も。スリスリ。彼女は、この短時間で、甘えん坊になってしまったかのようだった。
「は、離れてください!」
「むぅ」
胸が背中に当たっているし、柔らかいしで、私はいっぱいいっぱいだった。
風見先輩は拗ねたような声を漏らした後、私から少し距離を取った。
離れられると寂しいと感じるのは、それはそれで、わがままだろうか。
「和央ちゃん。遠距離恋愛しませんか?」
彼女が初めて私に敬語を使った。
「えんきょり……」
希望溢れる言葉を耳にして、思わず先輩の方を振り返った。
「わたし、和央ちゃんとお付き合いしたいです」
彼女は、宝物を見るような目を向けてくる。ベッドサイドライトに照らされて、淡い輝きを放っていた。
「——うん。いいよ」
何故か私は敬語が抜けていた。これじゃ先輩後輩の逆転だ。
嬉しくて、気持ちが昂ってしまい、取り繕った言葉がすべて抜け落ちた。
「やったーーー!」
「は、半年間、待っていてください」
「へっ?」
「私、頑張りますから。今よりも偏差値を上げて、春には風見先輩と同じK大学に通えるよう、全力で努力します」
それは私なりの愛の言葉だった。今ここで決意を固めた。
夢なんて特になかった。したいことも見つからないままだった。
——だけど今ここに、目標となるものができた。
遠距離恋愛が半年間で終わるか、それ以上になるかは自分次第だ。
風見先輩はきょとんとした顔をした後、にんまりと笑った。
「定食屋でおにぎり作って待ってるよ」
それは私たちにぴったりな約束を結ぶ言葉に聞こえた。
「風見先輩……」
私は彼女に寄り添った。あたたかくて、トクトクと動く鼓動が、一人じゃないことを実感させてくれる。
風見先輩はそこにいるだけで、私にめいいっぱいの勇気を与えてくれた。
「ねぇ。和央ちゃん」
「はい」
「もうすぐ親の離婚が成立するの。だからわたしの苗字は風見じゃなくなるの」
「えっ」
衝撃発言だった。
……そっか。そうだったんだ。
「佐藤になっちゃうんだ。和央ちゃんに、佐藤先輩って呼んでもらうのもいいけど……」
風見先輩は息を呑む。
「……はーちゃんって呼んでくれる?」
「なんで!?」
この流れは『葉雪って呼んで』というものだと思った。
ベッドからずり落ちそうになる。
「……そんなの葉雪って呼びますよ!」
「わかった! 好きなようでいいよ♪」
風見先輩は再度私を抱きしめてくれる。離れていかないように強く、ギュッと。
私、葉雪って呼べるかな。今はまだ風見先輩が口癖のように板についているけど……。
多分、きっとそのうち、慣れてしまうんだろう。
風見先輩は、少ししたら寝息を立てた。スースーと規則正しく、かわいく。
私もまぶたが重くなってきた。眠りにつく前に、デスクの上に置いていたリアルゴールドが目に入った。
二つの缶は寄り添っていて、親しげに見えた。その隣に置いていたカバンからは、サトシくんと由夏先輩のアクリルスタンドがはみ出ていた。
ふふっ。と気の抜けたような息が溢れる。
私のヒロインはこれからもずっと風見先輩だけだろう。ifも来世も一緒にいたかった。
めくれた掛け布団をかけなおした後、彼女の頬にキスをしてから、私は目をつぶった。




