第48話 ホテルに行きたい
「えへへっ」
風見先輩が立ち止まった。目の前には公園があった。
遊具が少なく、白いベンチが並んでいる。さすがに夜も遅いからか、誰もいなかった。
私たちは無言のまま、どちらからともなく公園に入った。
そのままベンチに座る流れかと思ったら、風見先輩はすべり台の方に向かった。
「懐かしい。昔よく遊んでたな〜」
えっ!
「和央ちゃん。ジュース持ってて。わたし乗ってみようかな」
「!?」
今、いい雰囲気になる流れだったよね。こんな夜にエキサイトして、子どものように遊ぶってことってある!?
風見先輩は階段を登って、わーいと言いながら滑り台をすべった。私は呆気に取られていた。
「和央ちゃん。満月がきれいだよ」
彼女は、もう一度すべり台に登った。公園で一番高いところにいて、空を指差していた。
見てみると、まんまるな月がそこにはあった。さっきまで歩いている時には、気が付かなかった。
光に目が吸い込まれる。星空も、とてもきれいだった。
あれ。あそこにあるのは真夏の大三角形っていうやつじゃなかったっけ。わからない。
風見先輩が滑り台でつつーと降りてきて、私と目が合う場所に止まった。ツルツル滑りやすそうな場所なのに、器用な人だ。
「——和央ちゃん。会いにきてくれてありがとう!」
「風見先輩……」
彼女は癒されるような笑みを浮かべてくれた。
「わたしね、和央ちゃんのことずっと待ってたよ」
「本当ですか」
「うん。……でもすぐに帰っちゃうんだよね?」
「はい。明日の新幹線で地元に帰ります」
「そっか……」
風見先輩はそれから何も言わなかった。寂しいなと言ってくれたら、キスできたのに。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。もどかしかった。
風見先輩は相変わらずきれいだった。バイト帰りのラフな格好でも、ばっちり決まっていた。彼女に似合わない服装なんてないように思えた。ブルーのピアスが怪しく光った。
「あっ。そういえば、私サトシくんと由夏先輩のアクリルスタンド持ってきたんですよ!」
「えっ。そうなの!?」
「はい。今見せますね」
リアルゴールドを近くのベンチに置いて、風見先輩の元に戻り、バックから慎重に取り出した。
アクリルスタンドは、夜ご飯と一緒に写真を撮ろうとホテルから持ってきたものだった。だけど、結局、風見先輩との再会で、何もかも吹っ飛んでしまい、そのままカバンに入れっぱなしになっていた。
「じゃじゃーん!」
おどけるようにして彼女の前に披露した。
だけど風見先輩の視線は、由夏先輩にもサトシくんにも向いていなかった。私だけをじっと見ていた。
子どもみたいに振る舞った自分がバカみたいに思えた。恥ずかしい。頬が赤くなるのを感じた。
風見先輩は口角を上げた。公園の電灯に照らされて、艶めくような表情をしていた。
彼女の手が私の頬に触れた。熱くて、湿っぽい。
風見先輩も、もしかして緊張していたのかななんてことを考えた。
「和央ちゃん」
私たちにもう言葉はいらなかった。彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。懐かしいなんてことを頭の片隅で思った。
アクリルスタンドを持つ手に力が入る。私の頭の中は、風見先輩一色だった。
彼女は優しくとろけるようなキスをした。
「わっ」
余韻に浸っていたかったけど、風見先輩の唇がすぐに離れた。
彼女は驚くような声を出していた。
「……滑り台のレーンの上でキスするもんじゃないね。落ちそうになる」
風見先輩はつつーとそのまま、砂場に向かって降りて行った。
良い雰囲気が台無しだ。
「……バランス崩しやすいですもんね」
私は少しだけがっかりした。
「あのさ」
風見先輩が目を泳がせる。
「どうかしましたか?」
「——和央ちゃんが泊まっているホテルに行きたいんだけど駄目?」
彼女は恥ずかしそうに俯いていた。小さな背中が震えていた。
耳まで真っ赤だった。先輩、かわいすぎるって。
「いいですよ」
——そう、返事をしてからの記憶がない。
道を曲がったり、自動ドアをくぐったりしたことはわかっている。
頭がふわふわしていた。風見先輩とは、ずっと手を繋いでいた。付き合ってもいないのに、恋人繋ぎをしていた。
ホテルの部屋に入った途端、風見先輩から抱きしめられた。バックハグ。彼女は私の肩に顔を埋めた。髪の毛がくすぐったくて、吐息が漏れた。
リアルゴールドを冷蔵庫に入れる暇もないほどだった。そもそもホテルって一人で契約した部屋に誰かを入れていいんだっけ。あとで追加の料金が必要なんだっけとか、現実的なことが頭に浮かんだ。
だけど、ダブルベッドに風見先輩から押し倒されたらすべて消えた。真剣な表情の彼女がそこにいた。頬が赤く、眉が下がっていた。
「和央ちゃん……大好き」
「ちょ、ちょっと、待ってください」
「待たない」
風見先輩からキスをされた。何度も。力強く。
まるで会えない時間を埋めるかのようだった。
ベッドの上の風見先輩は肉食系だった。か細い声が部屋の中に漏れる。私ってこんなに高い声が出るんだ。わぁ……。俯瞰するほど恥ずかしく感じる。とろけてしまう。
風見先輩の肌は白かった。柔らかく、一度触れると病みつきになってしまう。気の済むまでずっと触っていたかった。
添い寝を通り越して、私たちは深い関係になっていた。風見先輩は一瞬たりとも私を離さなかった。息継ぎもできないほどだった。夜は更けていき、私は彼女に溺れていった。




