第44話 動く
◇
ピーンポーン。
チャイムの音で目が覚めた。いつのまにか、また眠っていたんだ。
……。誰だろう。
もしかして、もうアクリルスタンドが届いたなんてことはあるかな?
今の物流ってすごく進化したらしいから、あり得る話かも!
「はいはーい」
私はベッドから飛び降りた。インターホンで相手を確認することもせず、勢いよく玄関に出た。
「わお」
「……」
みなみちゃんだった。
「……具合はどう? 大丈夫?」
私を見るなり、心配そうに眉をひそめた。
そういえば、彼女には休むことを伝えていなかった。
「うん。1日寝てたら良くなったよ」
「そっか。良かった」
そう言って、みなみちゃんは茶封筒を私に渡してきた。これに課題や配布物なんかが入っているのだろう。
持つ手に力が加わった。
「わおが風邪引くなんて珍しいね」
誰のせいだと思ってるの。なんて野蛮な言葉は胸に隠した。
「えへへ。そうかな」
私は頭の後ろに手を当てて答えた。
「もしかして、風見先輩が転校したのが、あたしの仕業だって知ったから?」
——そんなに急に刺してくるとは思わなかった。
足元がふらついて、転びそうになる。
「わお、危ないよ」
「……」
みなみちゃんは私の体を支えてくれた。
「ねぇ。あたし、このまま家にお邪魔してもいい? ちょっと喉渇いちゃったんだ」
「……いいよ。上がって」
私はいつものようにみなみちゃんをリビングに通した。
ソファに座る彼女を横目に見ながら、冷蔵庫から烏龍茶を取り出して、コップに注いだ。そのままみなみちゃんの前に置く。
「ありがとうー」
「いえいえ」
彼女は喉が渇いたと言っていたけど、すぐにコップに手を付けることはしなかった。
「……わお、顔色悪くない?」
「そうかな?」
「うん。明日は学校来れそう?」
「……明日は行けそうだよ」
「そっか。良かった。ねぇ……」
みなみちゃんが息を呑むのがわかった。
「風見先輩のことは残念だったね。あたしが、わおの立場だったら、すっごく悲しい。むしろ、あたしのことを憎んでも仕方ないと思う」
「……」
彼女が烏龍茶を一口飲んだ。
ずるい。
そんなことを先に言われたら、許すことしかできない。
「わお、ごめんなさい」
そして、みなみちゃんが頭を下げた。
「——みなみちゃんが謝ることはないよ」
「……」
「私もそうするのが一番良い選択だと思ったりもするから」
「わお……」
みなみちゃんがコップをテーブルの上に置き、ソファから立ち上がった。
「どうしたの?」
「禊って言ったらいいのかな。わおがもう悲しくならないように。あたしがずっと側にいるから。なんなら風見先輩の代わりにしてもいいから! だから、何かあったらいつでもあたしを頼ってよ。親友でしょ?」
みなみちゃんの目は潤んでいた。
ギュッと手を握りしめて、言葉を選ぶように言ってくれた。
「ありがとう」
みなみちゃんの誠意が十分に伝わった。私は彼女の側に行き、肩を抱いた。
すぐに前を向くことはできないかもしれない。
しばらくは風見先輩のことで頭がいっぱいになると思う。泣きたい日もあるかもしれない。
大人が言う。時間が解決してくれることもあると。
本当かな? 私にはまだわからない。
——少しの間の青春だったと思おう。
私には、こんなに素敵な親友がいるのだから。これからはもっと、みなみちゃんと一緒に過ごす時間を作ろう。
今からでも部活に入るのもいいかもしれない。未来はまだ何色にも染まっていない。
次の日、私は学校に行った。一日休んだ世界は、何だかよそよそしかった。
当たり前だけど、私が休んでも、日常は何事もなく動き続けている。
みなみちゃんとは、それからは普通の親友のように過ごすことができた。
風見先輩が間に入った時に見せた、度が過ぎた嫉妬や、衝動的なキスなんかは、もう二度とすることがなかった。
◇
学生生活は、夢中になるほど、あっという間に月日が過ぎた。
体育祭の時に、私は勇気を出して応援団に入ってみた。最初、声を出すのが恥ずかしかったけど、仲間と共に全力で熱くなれたのは良い経験となった。風見先輩のことを廊下で聞いた、お団子ヘアの先輩も応援団にいて、仲良くなることができた。
2年の文化祭では、私たちのクラスはメイド喫茶をすることになった。女子はみんなかわいいフリフリの服を着て接客をした。友央が遊びにきてくれて、指をさされて笑われたのにはムカついた。オムライスには嫌味のようにケチャップでドクロを描いた。当然だけど、風見先輩が来てくれることはなかった。
彼女へ送ったメッセージには今も既読がつかない。だけど、それでも良かった。
私の机の上には、いまだにサトシくんと由夏先輩のアクリルスタンドが置いてある。
朝起きて、毎日学校に行く前に目にしていた。
勉強の成績が中々上がらなかったり、みなみちゃんとプチ喧嘩をしたりした時は、いつも決まって風見先輩のことを思い出した。
楽しい出来事だけを何度も振り返った。彼女は私にとって、心の支えのようなものになっていたのかもしれない。
ついに私は3年生になっていた。みなみちゃんとは最後までクラスが同じだった。本当に腐れ縁というやつなのかもしれない。
春が過ぎて、夏がやって来た。毎年暑いのには変わりない。
念願の夏休みが始まっても、1年生の頃のように遊び気分ではいられなかった。
今思えば、あの時期、よく風見先輩は私に構ってくれたものだ。時を超えて、嬉しさを噛み締めることになった。
あの頃の彼女と同い年になっても、大人になったような自覚は持てなかった。
むしろ1年の頃と中身が変わっていないように思う。
風見先輩を含めて、あの頃の3年生は、みんなかっこよく見えた。
自分がなると、こんなものかぁと拍子抜けする。
振り返りはここまでにしておこう!
私には、3年生の夏休みにしたいことがあった。
それは風見先輩が通う大学にオープンキャンパスに行くことだった。
……。今、無謀って思ったでしょ?
はっきり言って彼女がどこの大学に通っているかすら知らない!
……だけど確かに風見先輩は言っていた。
『わたしね、県外の大学に行こうと思っているんだ』
『ここからだと片道5時間はかかっちゃうかな? だからね、和央ちゃんとは気軽に会えなくなっちゃうかも』
夜のスーパーに向かう時に、私にこっそり教えてくれた。
風見先輩は志望大学については明確には言っていない。
だから、完全に私の勘ということになる。
「T大学か、K大学なんだよなぁ……」
大体の目星はついていた。有名どころなら、ここだろう。
二つの大学は近かった。私は風見先輩にもう一度会いたい熱意から新幹線を乗り継いで目的地へと向かった。
勉学を理由にすると、お母さんもすんなりとお金を出してくれる。
高校3年生の夏。これが風見先輩に会えるラストチャンスだと思った。




