第40話 風見先輩のこと
3-Cの前では、二人の女子生徒が話し込んでいた。一人はお団子ヘアで、もう片方は茶髪のセミロング。
囁きあっていて、楽しそうだった。
「あの」
私は勇気を出して、二人に向かって声をかけた。
「風見……葉雪先輩って、転校しちゃったんですか?」
すがるような目だったからかな。
二人はギョッとした顔で私を見た。その後、お互いに戸惑うように顔を見合わせた。
「うん。そうだけど」
セミロングの子が返事をしてくれた。
信じられない。そんなわけない。
まだ夢を見ているようだった。
正直、あの男子生徒がタチの悪い冗談を言っているのかと思った。
だから、証人として他の上級生に話を聞く必要があった。
だけど、二人は隠していたり、嘘をついていたりするようには、まったく見えなかった。
「あなた。1年?」
お団子ヘアの子が質問をした。
「は、はい……。あの、風見先輩って、なんで転校したかわかりますか?」
「……ごめん。知らない」
「ねっ。謎だったよね」
二人は不思議そうに顔を見合わせた。
「そもそも私あまり喋ったことないしなー」
セミロングの子が、人差し指を口の下に当てて喋った。
「私はある!」
「えっ。羨ましい。なんて?」
「なんかね、家庭科室ってどこでしたっけ? って聞かれた」
「なんで敬語なの。おもしろっ。ってか、3年なのに普通、家庭科室わかってなくちゃおかしくない?」
「ねっ。天然だったのかなー」
二人して話が盛り上がっている。
「あっ。ごめんごめん。なんで風見さんが転校したかって話だったよね」
お団子ヘアの子が仕切り直してくれる。
「そもそも1年の時でも、急に学校辞める子っていたじゃん? まぁ。3年になったら珍しいけどさ。風見さん、いじめとかには遭っていなかったみたいだし。だから、そんなに深刻にならなくていいのかもよ?」
「ざっくりしすぎ」
確かに私のクラスでも中退する子はいた。何の前触れもなかったから、校風にあっていなかっただけなのかもしれない。
でも、風見先輩が何の理由もなく学校を辞めるかな。
私はずっと頭の中にモヤがかかっていた。
「あの。他に、風見先輩について知ってることってありますか?」
初対面の先輩に失礼だろうか。でも、私は藁にでも縋りたい気持ちがあった。
「知ってることかー。うーん」
お団子ヘアの子が、廊下の壁にもたれかかり、目をつぶった。真剣に考えてくれているようでありがたかった。
「あっ。そういえばさ、1年で付き合っている子がいるって噂になってなかった?」
「そうそう! 確か女の子同士でだよねー?」
「風見さんが告白したとかなんとか」
「マジ? 私は屋上でキスしているところを見たって噂を聞いたけどー」
二人が手を取り合ってはしゃいでいる。
そ、そ、それって、私のことじゃない!?
どれも身に覚えがあった。
「えっ。待って」
「もしかして!」
二人が一緒に私の顔をじっと見た。
「もしかしてさ、あなたが風見さんの彼女?」
「ち、違います!」
風見先輩の名誉のために訂正しておいた。だけど——。私は、ごくりと生唾を呑んだ。
「でも、風見先輩のこと、私は好きです」
「きゃーー!?」
「マジーー!?」
あーあ。言っちゃった。二人は黄色い歓声を上げている。
好きという気持ちを言葉にすると体が熱くなる。私は正直に生きていたかった。
「それだと、急に転校するのはあんまりだよねー」
「あなたにも何も告げずに言ったってことだよね?」
「あっ。私の名前、和央です」
「そっか。和央ちゃんか。和央ちゃんは、風見さんの連絡先知らないの?」
「知ってます。メッセージも送りました。だけど、既読がつかないままなんです」
「マジか……」
「もしかしたらなんだけどさー」
セミロングの子が躊躇いがちに続けた。
「風見さんって、誰にも知られずに、ここを去りたかったんじゃないかな? だって、遠藤と結城にも言ってなかったってことでしょ? だったら、そうとしか考えられないよー」
「遠藤と結城?て誰なんですか?」
私は気になって質問してしまった。
「あっ。二人は風見さんとよく一緒にいた子だよ。案の定、何も知らなそうだったけど」
そういえば風見先輩は、一緒に行動する子はいても、友達はいないと言っていた。
彼女がこの学校を去った今、誰も頼れる人がいなかった。
キーンコーンカーンコーン。
その時、チャイムが鳴った。5時間目の授業が始まる。
私は二人にお礼を言って、自分の教室に戻った。
午後の授業が始まっても、やっぱり内容は頭に入ってこなかった。
風見先輩はどうして学校を辞めたんだろう。
何かあったのだろうか。
頬杖をつきながら、頭をよぎるのは、風見先輩がお父さんに怒鳴られていた一幕だった。
あの後、彼女は私たちの家に来た。そのことで、お父さんにさらに怒られたということはないだろうか。
もしかして転校したのは、私たちのせい? いやいや、飛躍して考えすぎだ。
とりあえず、風見先輩のことをもっと詳しく知りたい。そのために私ができることは何だろう。
数学の先生の声が教室中に響いている。生徒達は皆ノートを取っている。
私は放課後が来るのが待ち遠しかった。




