第4話 キスしたり
「——やっぱり似ている! 大風サトシくんに!」
「えっ!?」
風見先輩がはしゃいだ。私は反射的にバチっと目を開けた。
「うんうん。ずーっと顔と雰囲気が似ていると思ってたんだぁ。和央ちゃんは、『ヒロインが5人もいる!?』の主人公の大風サトシくんにそっくり!」
「な、なんですかそれは!?」
腰を抜かしそうだった。
「びっくりしたよね。一から教えるね」
風見先輩は私から離れると、黒い椅子に座り直した。
ならって私も背筋を伸ばした。ふと下を見るとスカートがはだけていたので、サッと直す。
風見先輩の話を聞くとこうだった。
私はアニメ『ヒロインが5人もいる!?』の主人公の大風サトシくんにそっくりらしい。高校2年生の彼は、親の都合で転校したトゥインクル学院で、5人の女の子と知り合い、関係を築くんだとか。笑いあり、涙ありの青春ラブコメティ。そして最終的には、誰か一人のヒロインと結ばれるらしい。
風見先輩は、そのアニメの大ファンだということだった。その中でも主人公の大風サトシくんに首ったけ。
彼は勉強も普通、運動も普通、面白さも普通。正直、ファンからも、あまり人気はないということだった。
だけど、アニメを見ていくうちに、努力家なところを知って、気付いたら好きになっていたということだった。
その大風サトシくんは男性で、性別すら違う私。風見先輩いわく、それでも心底似ているらしい。本当か?
「うーん……」
正直、複雑だった。
風見先輩から好かれていることには変わりないけど、"最推し"がいてこその、好きだ。手放しでは喜べない。
「ほら。見てみて」
彼女が目の前にあるパソコンを触った。程なくして、画面には男性のキャラクターが現れた。
「これがサトシくん!」
どれどれと見てみると、紫色の髪の毛をした、真面目で優しそうな男子がそこにはいた。
……私に似ているかな?
「あはっ。和央ちゃん、自分の顔をペタペタ触って、どうしたの〜」
「そっくりですか?」
「うん。とっても♪」
風見先輩は体育座りをして、うっとりするような表情で私を見ていた。まるで、恋する乙女だ。
そんな熱っぽい目を向けられたら、きっと誰だって恋に落ちてしまうだろう。
いけない、いけない。
私はブンブンと首を振った。しっかりしないと!
「学校の廊下でね。和央ちゃんを初めて見た時、驚いちゃった。二次元のアニメの中から、ついに現実に現れてくれたと思ったんだから」
「……」
「和央ちゃんに会いたくてさ。何度も一年生の廊下の前を通っちゃったんだぁ」
風見先輩はずるい。ずるすぎる。
「ねぇ。和央ちゃん。お願いがあるの」
「な、なんですか?」
風見先輩は再び両手をギュッと握ってきた。二度目であるにもかかわらず、全然慣れない。
どこにも行かせないように、私を封じ込める魔法だ。
隣のブースからはカチカチっとマウスをクリックする音がした。私は唾をごくりと飲む。
「付き合ってほしいの」
「えっ。へっ。はぇ?」
完全にデジャヴだ。私は風見先輩に告白を受けた。
先ほどの教室での群青劇を丁寧になぞっているかのようだった。握られて手はじっとりと汗ばんでいた。
「和央ちゃんと、サトシくんとしたかったことをしてみたいの」
えっ。
「どうか、わたしのわがままに付き合ってくれませんか」
これは告白じゃ……ない!?
風見先輩は私から手を離すと、深々とお辞儀をした。つむじがちょこんとしていて、かわいいななんて場にそぐわないことを思ってしまった。
「ええと」
私はとてつもなく混乱していた。
気持ちが全然追いつかない。みんなが憧れるような風見先輩に、今、全身全霊でお願いをされているなんて。
彼女は涙目をして、私をじっと見つめていた。くぅ。顔がいいって罪なんだね。逆らえる気がしない。
「……風見先輩は、例えば私とどんなことがしたいんですか?」
「一緒に帰ったり、おしゃべりしたり」
あぁ。そういうことでいいんだ! それなら別に断る道理はないかも。
「それと、キスしたり……」
「き、き、キスぅ!?」
私は衝撃のあまり、目を見開いた。
「わ、和央ちゃん、声大きいって!」
風見先輩の手で口を塞がれた。だって、キスなんて言うから!
うーうーと、抗議の声を手の隙間から漏らしたら、そっと離してくれた。
「そ、それは冗談。冗談だよ! 後輩ちゃんに、そんなことさせられないよ」
風見先輩の目は完全に泳いでいた。あやしい。
後輩であることが理由だったら、私たちが同い年の場合、キスをお願いしていたのかな。なんて妄想が膨らんだ。
「——で、どうかな?」
風見先輩は懲りていない。俄然、希望に満ちた目を向けてくる。
「か、考えさせてください」
一緒に帰ったり、おしゃべりしたりくらいなら、別にいいかなとも思ったけど。
急にキスなんてワードを出されたから、即答できなかった。念入りに考えたい。風見先輩は冗談だと言ったけど……。ドキドキしている私は、どうやら軽く受け流すことができないようだった。
「むぅ」
彼女は唇を噛み締めた。下がり眉になって残念そうだ。
そんなにがっかりされてしまうと、罪悪感が芽生えてしまう。




