第39話 突然
◇
休み明けの月曜日。なんとなく学校で、風見先輩と顔を合わせにくい私がいた。
スーパーの前で別れた後、無事に家に帰れたかなとか。お父さんにひどいこと言われていないかなとか。あれからいろいろ考えた。
だけど今は、キスしたことだけが心の真ん中にあった。
初めて、風見先輩の心に触れたような気がした。
「わお、おはよう」
「おはよう。みなみちゃん」
教室で親友と顔を合わせて挨拶を交わす。いつも通りの朝だった。
3時間目には理科の授業があった。移動教室で廊下を歩いても、風見先輩とはすれ違わなかった。まぁ。そんな日もあるだろう。まだ、私の心の中は幸せでいっぱいだった。
◇
授業がすべて終わった放課後。風見先輩が1-Aを訪ねてくれる予感がしていた。
ドキドキしながら、しばらく自分の席にいた。
カバンに顔を埋めて待ってみるけど、彼女は一向に迎えに来ない。
あ、あれ……?
「わお、帰らないの?」
「もう少し、教室にいる!」
「そう……」
結論から言うと、風見先輩は会いに来てくれなかった。……少しだけ寂しい。
だけど、そんなこともあるよねと自分で自分を元気付けた。
明日はきっと笑顔で会えるかもしれないよね!
私は希望を持ちながら、みなみちゃんと一緒に帰った。
——だけど、次の日も風見先輩に学校で会うことができなかった。残念だったけど、まだ我慢できた。
みなみちゃんと話していると悲しい気持ちも紛らわすことができた。
◇
それから一週間。
風見先輩とは会えずじまいの日々が続いた。
「おかしいな……」
私はやっと、連絡してみようかという気持ちになることができた。今までは彼女の勉強の邪魔になるかと思って控えていたのだ。
『風見先輩こんにちは。
会いたいんですけど、』
私はここまで文字を打って、迷ってから消した。
『風見先輩こんにちは。
今、何していますか?』
悩んだ末、無難なメッセージを送信することに決めた。思えば、私たちの初めてのやり取りでもあった。
いつ既読がつくかドキドキしたけど、一向にそんな気配はなかった。肩透かしをくらってしまった。
「あれー!?」
夜になっても風見先輩からの既読がつかなかった。
「もしかして、避けられているのかな……」
一人自室にいると、気持ちはどこまでも落ち込んだ。フローリングにそのまま埋まってしまいそうだった。
いやいや、私らしくない!
風見先輩が無視するわけないじゃん! きっといろいろと忙しいんだよ。
どーんと構えて待っていよう!
無理に笑ってみた。少しだけ気持ちが楽になった気がした。
◇
風見先輩に連絡してから二週間は既読がついていない。その間、学校でも会うことはなかった。
とっくに長袖シャツに衣替えも済ませていた。彼女の冬服姿も早く見てみたかった。
「絶対おかしい……」
こんなに風見先輩に接触できないのは、なんらかの策略が働いている気がする。
なんて、陰謀論を疑ってみた。
「そんなわけないか」
ケラケラとまだ笑う余裕はあった。
「私が風見先輩のクラスに遊びに行ったら迷惑かな……」
正直、1年が3年の教室に行くのは荷が重かった。
場違い感があるし、ジロジロ上級生に顔を見られて落ち着かない。
——でも、私は風見先輩に何としてでも会いたかった。
よしっ。善は急げって言うよね!
私は、その日のお昼休みに恥を忍んで、3年生の教室がある階に向かった。
大人っぽい生徒だらけだった。私よりみんな背が高い。
静かな雰囲気をまといながらも、威圧感があった。
「——って、私、風見先輩のクラス知らないじゃん!」
ダメダメだった。どうしようかと頭を抱えた。うーん。
「あれ。きみって……」
そしたら、黒縁メガネをかけた男子生徒から声をかけられた。
なんで私なんかに話しかけるんだろうと思っていると、男子生徒は苦笑した。
「覚えてない? 前にここで話したことあるんだけど。心外だなぁ」
前に? この廊下で?
記憶を辿ってみると、一つピンときた出来事があった。
そうだ。この人は風見先輩にアニメの質問をしていた男子生徒だ。
あの時、私は失礼な真似をした。彼女を守るナイトのように、とっさに前に出た。見方によっては、男子生徒に恥をかかせたわけで……。
だから、再び顔を合わすのは気まずかった。
しかし、男子生徒はそんなことなんて、とっくに気にしていない感じがした。むしろ、おくびに出さずに嫌味を言う。
「……風見さん以外はどうでもいいってこと? 傷つくなぁ」
「……」
謝った方がいいんだろうけど、カチンときた私はしばらく黙ったままだった。せめてものとお辞儀くらいはした。早くこの場から立ち去ろう。
「ってか、残念だったね」
「な、何がですか?」
「風見さんのことだよ。この時期に転校なんて本当驚いたよ。最後まで変わってる人だったねー」
「えっ」
一瞬、時が止まった気がした。何も見えないし、聞こえない。
今、転校って言った? 何それ?
自分が今立っている場所がわからなかった。
「……どういうことですか?」
かろうじて男子生徒に、そう聞くことができた。
「だから、風見さん、この学校を辞めたんだよ。君たち、あんなに仲良さそうだったのに知らなかったの?」
「……」
私は言葉を失った。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「か、風見先輩って3年何組だったんですか?」
混乱からか、私は話がズレたことを聞いていた。
「C組だけど。ちなみに俺と同じクラス」
「ありがとうございます……」
このまま男子生徒と話していても埒があかない。私はその足で3-Cの教室まで向かった。
足がふわふわしていて、自分のものではないみたいだった。




