第37話 風見先輩の事情
「風見先輩、大丈夫ですか!?」
「うん。和央ちゃん。なんでここに……」
「私の家、すぐそこなんですよね」
「そ、そうだったんだ……」
風見先輩がぎこちなく笑った。とんでもないところを見られたというように、居心地の悪さを感じているように思えた。
むわっとした夏の熱気が気持ち悪かった。
風見先輩のお父さんは私を値踏みするように上から下までじっとりと見つめた。
「わお!!」
みなみちゃんが駆け寄ってくる。横には友央もいた。どうやら、危険を察知して、男手を呼んでくれたようだった。
「どうかされたんですか?」
友央は風見先輩のお父さんに丁寧に話しかけた。
「……ちっ。なんでもねぇよ。葉雪行くぞ」
男性は風見先輩の背中をチューハイを持った手で押した。振動で少し中身が出て、風見先輩の服についた。
「……わたし、和央ちゃんの家に忘れ物しちゃったの」
「は?」
男性は凄んだ顔をする。
「取りに行くから、お父さん先帰ってて」
「……」
「お願いします……」
風見先輩は頭を下げた。
身内に、こんなに丁寧に敬語を使って対応をしている人を私は見たことがなかった。
「……ちっ。早く帰ってこいよ」
風見先輩のお父さんは観念したのか、その場を去った。バツが悪そうに、少し先の曲がり角を曲がった。
私を含めた4人が道路沿いに取り残されることになる。
「……風見先輩、今のはどういうことなんですか?」
初めに口を開いたのは、みなみちゃんだった。
「……」
風見先輩は口が重たそうだった。地面を一人寂しく見つめていた。
「ここで立ち話もなんですし。ウチに来ませんか?」
友央は気遣うように、風見先輩に言った。
「そうしよう!」
私はすぐに賛同した。
「うん……」
みなみちゃんも後に続いてくれた。
これで4人のうち3人が賛同したことになる。
風見先輩は最初こそ、遠慮していたものの最後には根負けしてくれた。
早速、私の家にみんなで移動をした。玄関を上がり、そのままリビングに入る。
友央が気を利かせるように、人数分のコーヒーを淹れてくれた。
「——風見先輩、先ほどの男性はお父さんですか?」
「うん。そうなんだ」
風見先輩はティーカップのコーヒーを一口飲んだ。一瞬、眉が下がったから、思いのほか、熱かったのだろう。
「みんなには変なところを見られちゃったね。お察しの通り、わたしのお父さんは、お酒を飲むのが好きで、外でもああなの」
「アル中ってことですか?」
みなみちゃんが怖いもの知らずといったように、堂々と聞いた。
「よく知ってるね。そうなの。お父さんは、この時間によく買い出しに行くの。危ないからって、ついて行ったら、いつもあんな感じ」
「放っておけばいいじゃないですか」
「うん。そうしたい気持ちはあるんだけどね。自分の親だからね。どうしてもできなくて」
風見先輩が何でもない風に言った。だけど、いつもより困っているのが私にはわかった。居心地が悪そうに思えた。
みなみちゃんが口をつぐむ。
意見をするのは簡単でも、立場が変わると、簡単にはいかない部分がある。
私もきっと、お母さんがアル中だとしたら、最後まで見離せないと思う。
「——お父さん、無職なんだ。働いてないの。だから日中も家にいて、お酒ばかり飲んでいるんだ」
風見先輩がポツリとこぼす。まるで、誰かに聞いて欲しかったというように、か細い声だった。
「そう……なんですね」
「——本当は学校が終わった後も家に帰りたくないの。怒鳴られるし、勉強にも集中できない。ギリギリまでどこかに寄り道していたいんだ」
「だから、わおを誘ってネットカフェに行ったりしてるんですか?」
みなみちゃんがズバリと言った。
「そういうことになるかもね。和央ちゃんといると、楽しく過ごせて、家での嫌な出来事はすべて忘れられたなぁ」
風見先輩と初めてネットカフェで過ごした日のことを思い出した。
リアルゴールドが美味しいと教えてくれたり、一緒に並んでアニメを見たっけ。
……。
もしかして風見先輩がサトシくんを好きなのって、優しい男性だからじゃないのかな。アル中でもないし、物で叩いたりもしない。
ネットでは無個性だって言われていたりするけど、風見先輩にとってサトシくんは理想の男性像なんじゃないのかな。ううん。理想の父親像なのかも。
「……あの。風見先輩。わおとホテルに行ったりしてるんですよね? 見たところ、バイトもしてないですよね? どこからお金が出てるんですか?」
「み、みなみちゃん!」
彼女は持ち前の性格でグイグイ風見先輩に突っ込んで聞いていた。ちょっと、失礼じゃない?
「それはね、お母さん。お父さんと違って、バリバリのキャリアウーマンなんだ。だから、うちの家計はなんとかやってけてるって感じかな。気にしないで!」
今日は風見先輩のことを深く知れる日だと思った。
先ほどまで私は、彼女のことを知りたくて仕方がなかった。
友央も私たちの近くにいるけど、一言も口を出してこなかった。真剣な空気が伝わっているのだろう。
「……お母さんっていつも家に何時くらいに帰ってくるんですか?」
「日によって違うかな。今日は深夜近くになるって言ってたけど」
えっ。そんな。
「それじゃあ、家に帰ってもお父さんと二人きりになるってことですよね……?」
「ウチに泊まって行ったら?」
友央が口を挟んだ。一人、キッチンに立ってコーヒーを啜りながら、私たちを見ていた。カッコつけているのか。
「いえ、それは大丈夫です。もうすぐ帰ります」
風見先輩は丁重に断った。
「……お父さんに、さっきのように乱暴な対応をされることもあるってことですよね?」
私は恐る恐る聞いた。
「うん。でも慣れたから。それに優しい日もあるんだ。だから大丈夫」
何が大丈夫なのかわからなかった。
だけど、風見先輩は優しい笑顔を浮かべていて、見えない壁のようなものを作っているから、これ以上は踏み込むことができなかった。
「何かあったら言ってくださいね」
私は無力だ。そういう、言うだけのことしかできない。
悲しいくらい未成年で、自分だけでは十分な責任を取ることができないのだ。




