第33話 好きのスライド
「風見先輩」
「んー?」
「風見先輩が私を見つけてくれて良かったです」
「和央ちゃん……」
「偶然でも、サトシくんに似てるからでも、声をかけてもらえて本当に良かったです」
風見先輩と見つめ合う。彼女の人差し指が私の頬に触れた。ツンツンと焦らすような触り方だった。
「ねぇ。和央ちゃん」
「何ですか?」
「和央ちゃんは好きのスライドをした経験ってないかな?」
「えっ?」
彼女が何を言っているのかわからなかった。好きのスライド?
初めて聞く言葉だった。
謎のワード出現に、眉をひそめいたら、
「ごめんね。わかりにくいよね」
と風見先輩が謝った。
「つまりね。好きのスライドは、例えるなら魔法少女のアニメ!」
「へっ?」
私は混乱した。
「和央ちゃんは小さい頃、日曜日の朝にしていた女子向けアニメを観ていなかった?」
過去の記憶を辿ってみる。
「あー。見ていたかもしれないです! 主人公の女の子がある日、マスコットキャラと出会って、魔法少女になって、世界を救うアニメですよね?」
幼稚園のみんなが見ていた。私も真似して、変身シーンの決め台詞を言ってたっけ。懐かしいな。
「和央ちゃんは、ピンクの主人公に憧れていたりしなかった?」
「は、はい」
今、頭の中で思っていたことを、風見先輩にズバリと言われた。彼女は思考が覗けるのかな?
「……わたしも好きだった。一番真ん中にいて、カッコよかったからかな? でも、そういうアニメっていつか最終回を迎えるんだよね」
風見先輩が遠い目をした。
「確かに。ちょうど一年くらいで新しいシリーズものの魔法少女アニメが始まるんですよねー」
まさか今ここで、昔話に花を咲かせることができるなんて思わなかった。
確か、家にはアニメに関連したグッズがあった気がする。間に挟まるCMを見ていると、欲しくなっちゃうんだよね。
「うん。和央ちゃんは、新シリーズの魔法少女アニメが始まった時、またしてもピンクのキャラが推しじゃなかった?」
「……なんでわかるんですか?」
「わたしもそうだったから。つまりさ、一度ピンクのキャラクターを好きになったら、新たなシリーズのアニメが出た時に、真っ先にピンクの子を意識しちゃうと思うんだよね」
風見先輩は独自の持論を話してくれた。
暴論すぎると思っても、否定できない自分がいた。
「それから青色のキャラクターや黄色のキャラクターを好きになる子もいるけどね」
彼女はフォローを入れる。
風見先輩はきっと、サトシくんを好きになってから、私を好きになったことと真剣に向き合ってくれているのだろう。
茶化しておらず、本気で語ってくれてい
る様子が伝わった。
私は頭を捻らせて考えてみる。
「私、末っ子なんですけど……」
「うん」
「自分より下の子と接するの、苦手って感じることがあるんですよ。どちらかというと風見先輩のような年上。それかみなみちゃんのような、しっかりしている人といる方が楽っていうか……」
「ほうほう」
「そういうのも、好きのスライドに入りますか?」
「…………うん!!」
風見先輩は、たっぷり間を取った後、全力で肯定してくれた。
……。
もしかすると、私に話を合わせてくれただけのようにも思えた。
とはいえ、風見先輩と話してわかったことがあった。
一度好きになったものは、似たものが目の前に現れた時には敵意を持たないこと。むしろ親近感が湧いたり、好意的な気持ちを持ったりしやすいということだ。
「じゃあ、その話で言うと、風見先輩は私をサトシくんの好きのスライドとして好きになってくれたということですね」
「うん。そうなんだけど」
「……そうなんだけど?」
「あらためると失礼だよね。今になってみれば、言わないで隠しておいた方が良かったと思うこともある」
「……それじゃあ、私たち仲良くなれなかったですよ。きっと」
そうなのだ。風見先輩とこうして親密になれたのも、紛れもなく『ヒロインが5人もいる!?』のサトシくんがきっかけなのだ。
部活も違うし、委員会も同じではない。一度も話をせず、卒業するなんてこともあり得ただろう。
「そっかぁ」
「結果オーライってやつですよ!」
「うん……」
「……」
「……」
お互いに黙ってしまった。
風見先輩の顔を見たら目が合った。そのまま数秒間、見つめ合う。
静かな空間だ。もう。私たちを邪魔するものは何もない。
車が走る音だけが、窓の向こうから薄く聞こえてきた。
「和央ちゃん……」
風見先輩が熱っぽい声を上げた。
もしかして。これって、良い雰囲気ってやつなのかな?
「は、はい!」
私は部活の声出しのような、元気な声が出た。
そのまま二人はキスをして——。
「ねぇ。お腹空かない?」
「へっ?」
風見先輩がベッドから降りてしまう。自分のカバンの前まで行き、ごそごそ中を漁ると、まんまるのものを二つ手に持っていた。
「おにぎり……ですか?」
そう。風見先輩はラップに包まれたライスボールを持っていた。しっかり海苔まで巻いてある。
「えへへっ。手作りなんだ。もうお昼じゃない? ちょっと休憩しない?」
風見先輩は私の手に、おにぎりを一つ持たせてくれた。
「中身はツナマヨだよー」
ラップのシワが目に入る。
風見先輩は椅子に腰掛けた後、早速一口目を食べようとしていた。
ベッドの上で一人、呆然としていると風見先輩が、
「和央ちゃん?」
と声をかけた。
いい雰囲気はとっくに終了していた。
「すいません……。私、人が握ったおにぎり食べられないんです」
「ええー!」
そうなのだ。私は昔から、他人が作ったものを食べることができなかった。
自分のお母さんが作る分には大丈夫。また、コンビニなどの出来合いのものもOK。ワッフルなど、あからさまに機械が作っていると判別できるものも大丈夫。
風見先輩がせっかく作ってくれたものだとわかってはいるけど、私は一口目を食べることができなかった。
「和央ちゃん、そうだったんだ。じゃあネットカフェでソフトクリームを間接キスしたのも、きっと嫌だったよね。ごめん……」
風見先輩が眉をひそめて言った。
「いえ。あれは大丈夫です」
「大丈夫なの!?」
風見先輩は軽くツッコミを入れてくれた。むしろ、あの時は不快とはほど遠い気持ちだった。
風見先輩はその後、ツナマヨが入ったおにぎりを美味しそうに食べた。
お昼ご飯を食べ終わった後も、甘い雰囲気が戻ってくることはなく、そのまま。彼女はちゃっかり勉強道具を持ってきたみたいで、デスクに座って問題を解いている時間もあった。
私はベッドの上で一人、スマホをいじりながら、風見先輩が頑張る姿を盗み見ていた。
「ここだと、ネットカフェみたいに集中できていいね」
そう言った風見先輩の寂しげな顔が印象的だった。
私が食べなかったおにぎりは、友央に渡してと言われた。申し訳なくも、ありがたく受け取った。




