第31話 どっちが好きですか?
「あの……」
何かまずいことを言ってしまっただろうか。手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、私は固まったまま動くことができない。
掛け布団が大きく捲れ上がった。どうやら風見先輩が体を起こしたようだった。だけど、ベッドから降りる様子はない。思わず、私も彼女と同じように起き上がった。
「……確かに。わたしって、サトシくんを和央ちゃんに重ねて見ていたよ」
「はい。初めて話した時に風見先輩が打ち明けてくれましたもんね」
「だけどね、こうやって和央ちゃんと交流を重ねて、いざキスをしてみると、サトシくんが頭をよぎることはないよ」
「えっ……」
「そもそもサトシくんは男の子で、和央ちゃんはかわいい女の子だもん」
風見先輩の手がそっと私の頬に触れた。それは何かを探るような静かな動きだった。
「二人は顔が似ているけど、初めから比べること自体が間違っていたのかもね」
「先輩」
「だって頭の中、こんなに和央ちゃんでいっぱいだもん。女の子にこういう感情を持つのはいけないことってわかっているけど……」
風見先輩が嬉しいことを言ってくれる。胸が弾んだ。
私はベッドを降りて、窓際へ向かった。
「和央ちゃん?」
閉められていたカーテンを勢いよく開けた。外は強い日差しが照りつけ、焼けつくようだった。
部屋の中にも光が差した。風見先輩の顔は赤みが増していた。目も潤んでいる。
「顔、見たいなって思って。すいません」
さっきから視界が暗くてもどかしかった。自分の情けない顔を風見先輩に見られなくて済んだのは良かったけど。
私が今、風見先輩の顔を真正面から見たいと思ってしまった。
どうやら本音を言ってくれているようで安心した。
風見先輩の服は肩からズレ落ちて、白色の下着が見えていた。私はそっと目を逸らした。自分の太ももが視界に映り、ワンピースのスカートが捲れて、乱れた姿になっているのがわかった。慌てて身だしなみを整える。
「和央ちゃんって、柔らかくてあったかいね」
風見先輩の瞳は私を捉えて離さない。
「それにいい匂いがする。触れ合うたびに、わたしの知らないわたしが出てくる」
「どういうことですか?」
「わたしは男の子が好きなんだと思っていた。だけど、そうでもないのかなって。今も和央ちゃんをぎゅーっと抱きしめたくて仕方ないもん」
「……」
私も、風見先輩はサトシくんが好きみたいだし、異性愛者だと思っていた。
だけど、今のポーッとした顔を見ていると、私を心から求めているみたいに思えてくるから不思議だ。
私だって女の子を好きになるタイプじゃない。
だけど、風見先輩にはもっと触れて欲しいと感じてしまう。
この気持ちに名前をつけるならなんだろう。
「あっ。和央ちゃんどこに行くの?」
私は窓際から移動して、風見先輩の隣に——行くことはなく、部屋の入り口付近に置いておいたカバンを手に取った。中からスマホを取り出して、検索アプリを開いて、あるキーワードを入れた。
「——風見先輩。あの、これサトシくんです。ソシャゲの期間限定のイベントのようで、スーツ姿になっています」
スマホいっぱいに、大風サトシくんの画像を映し出した。彼はいつもよりも凛々しく、格好も決まっていた。
私は、そのまま風見先輩がいるベッドの上にあがった。
「どっちが好きですか?」
「!!」
「先輩……」
正直、自信はなかった。
今していることは、私とサトシくんどっちがいいかを選ばせる行為だ。
こう見えて、すごく勇気を出していた。手が震えそうになる。
風見先輩は驚いた顔をしていた。私の顔とスマホ画面を交互に見比べる。
即答してくれないところが、真剣に考えている証だと思う。
「ずるいよ。和央ちゃん」
私は自分でも姑息な真似をしている自覚があった。
もしも、風見先輩がサトシくんをすぐに選んだら、気持ちが冷めていたかもしれない。
逆に、すぐに私を選んだ場合でも、欲に負けて、その場しのぎで言ったように感じる。
だから風見先輩の迷っている姿はキュンとした。胸に刺さるものがあった。
あっ。
彼女が私をじっと見ていた。サトシくんには目もくれない。ただ一人、私だけを瞳の中に映していた。こんなに近くにいると、くっきりと反射して自分が映ることを初めて知った。
私はスマホを持つ手を引いた。それを、ぽふっと布団の上に置く。
答えが出た気がした。
私は一人嬉しさを噛み締めた。
風見先輩の耳に付いたピアスがやけに気になった。華やかなダイヤを連想させるデザインだった。
手を伸ばして、彼女の耳たぶに触れた。
風見先輩は微動だにしない。私のように、ビクッと肩を震わせることもしない。
まるで、初めからそうすることがわかっていたかのようだった。
ふにふにと耳たぶの弾力を確かめてみる。ピアスの周りは、少し赤みがかっていた。ふにふに。
次は耳の輪郭に沿って、なぞってみた。驚かさないように優しく触る。
耳のてっぺんに触れた時だった。微かに風見先輩が震えたのがわかった。
高鳴る胸が加速する。もっと、いろんな反応を見てみたい。
彼女から溶けるような吐息が伝わってくる。他に弱いところって、どこだろう。
人差し指で触るのをやめて、小指で耳を掠めてみた。
「ひゃっ……」
風見先輩から、ひときわ高い声が漏れた。
私は完全に調子に乗っていた。
「葉雪……」
風見先輩ではなく、風見先輩の下の名前で呼んだ。
さっき知ったばかりなのに。本当にいい気になっている。
「先輩……」
だけど私の少しの良心が、そのまま葉雪と呼ぶのを躊躇った。とってつけたように先輩と添える。
風見先輩は苦笑した。
「そのままでいいのに」
えっと。それって。
聞き返そうとしたら、彼女は目を閉じた。
私にすべてを委ねているような美しい姿だった。
耳を触る手を止めて、彼女に一歩近づいた。ベッドの上だから上手くバランスが取れない。
風見先輩の肩に手をかけたら、安定感があった。




