第30話 和央ちゃん、来て
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熱った身体には冷たい水が刺さる。目を閉じていると、頭も研ぎ澄まされていくようだ。
ボディソープを身体に塗りたくっていると、フローラルな香りが私を包んだ。家で使っているものとはまったく違う。知らない自分になったみたいでソワソワする。
首元から足の爪の先まで丁寧に洗っていると、そんなことをしている場合じゃないと冷静な自分が見下ろした。
あまり長居をしてはいけない。先にお風呂を出た、風見先輩を既に待たせているのだから。
シャワーの蛇口を捻る音が、浴槽に響いた。
念入りに、でもはやく、身体を隅々まで洗った。
バスタオルで水気を取り、下着を付けた後、少しだけ迷う。
このままの姿で、風見先輩の前に出て行った方がいいんじゃないかなって。
その方が、もっとぎゅっと近づけるのではないかなって。
いやいや! 絶対ワンピースを着た方がいいよね! 危ない危ない。
妙なことを考えそうになっていた。
気を引き締めるために、私は軽く両手で頬を叩いた。
「よしっ」
しっかり服を着て準備は万端。私は風見先輩へと繋がるドアをゆっくりと開けた。
「あれ……」
真っ暗だった。脱衣所の光が、部屋の中をさめざめと照らしていた。
カーテンは全部閉められていた。かろうじてダブルベットに膨らみがあるのがわかった。
脱衣所の扉を閉めた後、私は一人部屋の中に取り残された気分になった。
「風見先輩……」
小さな声で呼んでみた。
「和央ちゃん、来て」
ドキッ。
微かな声が、暗闇の中から聞こえてきた。
一瞬だけ風見先輩は寝ているんじゃないかと思った。——そんなわけない。
私が先輩の立場だったら、目が冴えてそれどころではない。
「はい」
返事をした後、そのままシーツに触れた。確かにそこにダブルベッドがあることを確認してから膝を乗せた。
スプリングがきしむ。ゆっくりと慎重に彼女の元へと向かった。
「あの」
失礼しますと言おうとしたら、掛け布団がめくられた。
これは入っていいという合図なのだろうか。
おっかなびっくりに、身体を滑り込ませた。あたたかい。手を伸ばせば触れられる距離に風見先輩はいた。
「やっ……」
高い声が聞こえた。
「そこ、胸なんだけど……」
「す、す、す、すいません!!!!」
柔らかいなと思ったら、まさかの場所だった。私はすぐに手を引っ込めた。
「別にいいんだけどね。急だったからびっくりしただけ」
い、いいの!?
「わっ!」
「ふふっ。和央ちゃんも驚くでしょ? こんな風に急に触られたら……」
風見先輩に首元を触られた。頭が真っ白になっていたら、されるがまま、ギュッと手繰り寄せられハグをされた。
「た、確かに。突然だったら、変な声も出ちゃうと思います。——嫌じゃないですが」
本音だった。
風見先輩に抱きしめられていると、ドキドキする。なのに妙に落ち着く。不思議な感覚だった。
「良かった。わたしも同じ気持ち♪」
「風見先輩……」
「和央ちゃん」
不意に頬にあたたかいものが触れた。すぐにはわからなかったけど、1秒後、風見先輩の唇であることに気付く。
「あ、あ、あの」
「和央ちゃんがかわいかったから。えへへっ。ごめんね」
無邪気に笑う人だ。とても愛おしい。
えい、と有無を言わさず、私も風見先輩の頬を目掛けて唇をくっつけた。
「わー。ちゅーしたなー」
これでおあいこ。気分はすごく幸せだった。
私たちが動くたびに掛け布団がモソモソと音を立てる。
「わっ」
予想もしていなかった。再び頬に柔らかい感触があった。
風見先輩。仕方がない人ですね。
でも、私もまんざらでもない。
再びお返しに頬にキスをしようとした。
チュ。
だけど。
あれ?
違和感があった。濡れたような質感。弾力があって、この感触、知ってる……。
「んっ……」
吐息が漏れる声が聞こえてきた。
もしかして、風見先輩の唇!?
そ、そんなつもりはなかったのに!
頬にキスしようとしただけなのに!
だけど、私は既に離れがたい気持ちになっていた。
風見先輩の腕が、私の腰に回る。優しく包むような力強さだった。キュンとする。
「あっ……」
すぐに離れると思っていた唇は何度も角度を変えて重なった。風見先輩はまるでスイッチが入ったみたいだった。
添い寝だけって言ってたのに。これって。これって。
私は風見先輩についていくのでやっとだった。
「和央ちゃん」
「か……風見先輩……」
「ごめん。……いい?」
「えっと……」
「我慢できないかも。嫌だったら突き放して」
風見先輩は、そう言って、また私に触れた。息遣いも荒いように感じる。
彼女の手が移動して、私のうなじに触れた。自分とは違う肌の温度が鮮明にわかった。
私は風見先輩を拒むことができなかった。
じっとしていると、それを肯定の意味に捉えたのか、彼女から深いキスをされた。
「んんっ」
頭が甘く痺れる感覚がする。体の力が抜けていく。舌で口内をまさぐられると、へんな気分になってくる。
唇と唇の触れ合いだけだったら、こうはならないのに。
風見先輩の手が頬に触れたり、首元に触れたりして定まらない。その度に、私はビクッとしてしまう。
全身が敏感になったみたい。お腹の真ん中が疼いて、仕方なくなる。
「和央ちゃん……」
風見先輩はキスをしている時、私の名前を呼んでくれた。
それだけで、私はここにいてもいいんだと感じることができた。存在が肯定されたような気持ちになる。
「風見先輩……」
自然と私も彼女の名前も口にしていた。一層、キスは深くなり、風見先輩に溺れてしまう羽目になった。
私たちはベッドに横になって、唇を通して触れ合っていた。もう少し近づきたいのに、見えない一線があるようでもどかしい。
「あの、風見先輩……」
「んっ……。なに?」
「私、サトシくんの代わりになれてますか?」
勇気を出して発した言葉だった。その瞬間、時が止まったような錯覚を覚えた。
何も音が聞こえない。風見先輩の肌の感触も何も感じられなかった。




