第28話 葉雪
「でもさ、同性運はいいと言えるんだよなー」
友央が急にギアチェンジするようなことを言った。
「何それ?」
「だから、俺の場合は、男友達はいい奴に恵まれてるってこと! ヤバい時は、いつも誰かが助けてくれるもん」
「えー。本当?」
「自暴自棄になっている時とか、誰かしら奢ってくれたり、オールで励ましてくれたりすることがあるからさー」
「へぇ。そうなんだ」
だから昨日も帰りが遅かったのかな。なんてことは空気を読んで黙っておいた。
お兄ちゃんの実生活ってあまり知らなかったから、目から鱗だった。
「お母さんもさ、女友達多いじゃん?」
「うん。よく飲みに行ったりしてるもんね。それに旅行とかにも行ってるみたいだし」
お母さんが富永さんと別れた後に、女友達と居酒屋をはしごしたり、日帰り旅行に行ったりしていたことを思い出した。
この前は、お土産に、まぐろのキーホルダーをくれた。
「和央はどう? 同性とは結構上手くいってる方なんじゃない?」
すぐ頭に浮かんだのが、みなみちゃんだった。確かにそうかも。
こんな私とずっと仲良くしてくれていてありがたかった。
「あっ……」
次に風見先輩が頭に浮かんだのも自然なことだった。
キスをしたこと、今日、添い寝をすることが頭に浮かんで、頬が熱くなる。関係は良好な方なんじゃないかな……。
「えっ? 何?」
友央が眉をひそめた。
「ごほん。上手く……いってる方なんじゃないかな!」
私は変な誤魔化し方をした。
「それ、友達のことを考える顔じゃないんだけど」
友央に鋭く指摘された。私は思わず両手で顔を覆った。
うわぁ。私今、どんな顔をしているんだろう。身内に指摘されるほどだから、洒落にならない顔なのかもしれない。
「…………まぁ。いいや。あー。俺って男もいけるやつだったら良かったのにな。実はさ、友達で俺のこと良いって言ってるやつがいるんだよなー。普通に女の子が好きだから断ったけど」
友央は私のおかしな様子をスルーした後、とんでもないカミングアウトをした。
「……へぇ! モテモテじゃん」
「むしろ茶化してもらえた方がお互い救われるわ。まぁ。何が言いたいのかというと、同性が好きになれたらハッピーになる家系だと思うわ。以上」
「……」
「あーあ。そろそろ起きるかー」
友央はソファから立ち上がると、一度伸びをして、洗面所の方に向かった。
毛布をたたまず、そのままにしていくところは嫌いだった。
……。
仕方ない、たたんでやるかと、手を取った瞬間だった。
もしかして、私ってこのまま男性と付き合うよりも、風見先輩のような綺麗な女の人と関係を持った方が、人生薔薇色なんじゃない!?
——そういう考えが頭の中に浮かんだ。
いやいや。お兄ちゃんの話に影響受け過ぎだって!
でも、否定できない自分もいた。
「あら。和央まだいたの?」
「!!」
お兄ちゃんと入れ替わるように、お母さんがリビングに戻ってきた。手には、色とりどりの毛糸と編み物棒を持っていた。実は多趣味なのだ。
「ああ、これ? 冬に向けてマフラー編もうと思うの」
ちょうど友央がいなくなったソファに、お母さんは音を立てて座った。
「和央、その毛布、お兄ちゃんにたたませなさい。癖になっちゃうから」
「……わかった」
私はそのまま手を離した。微かな音を立てて毛布は床の上に落ちた。
ごくり。
私はちょうど、お母さんに聞いてみたいことがあった。
「ねぇ。あのさ」
「何?」
「お母さんって、同性から人気だったりする?」
娘がなんて質問をしているんだろう。おかしな子だと思ったかな。
「うーん。そうねぇ」
だけどお母さんは真剣に考えてくれているようだった。
「——高校の頃は、私ファンクラブがあったの! 下級生の女の子に人気でね。あっ。そうそう、年上の女の子とも付き合ったりしていたことがあったわ。あの頃は、幸せだったわぁ……」
お母さんは遠い目をしていた。
決定的だ。私の家系は同性運がめちゃくちゃいいのだ。それもすっごく!
◇
「風見先輩。おまたせしました!」
「いやいや。5分前だよ。和央ちゃん、そんなに慌てなくてもいいのに〜」
待ち合わせの駅に向かったら、風見先輩が先に待っていた。壁際に沿って、凛とした姿で立っていた。
風見先輩の今日の服装は、オフショルダーのトップスにカジュアルなジーンズ姿だった。
「……和央ちゃんの私服、かわいいね」
「えっ。ほ、本当ですか?」
私は涼しげなロングワンピースを着ていた。ファッションに自信がないので、夏の時期は、一枚で着ても様になるワンピースを愛用していた。
「うんうん。似合ってるよ♪」
「……か」
「ん?」
「風見先輩は……か、かっこいいです!」
「へへーん? ありがとう!」
動揺して、風見先輩への褒め言葉が変なふうになっちゃった。
いつもは制服で顔を合わせているから、私服姿だと、なんとなく気恥ずかしい気持ちになってしまう。こんな感情、知らなかった。
「良かった。下駄箱の手紙読んでくれたんだね!」
「はい。あれ、やっぱり風見先輩だったんですね」
「うん。和央ちゃんの連絡先、わからなくてさー」
「……そういえば、交換してませんでしたもんね」
放課後にネットカフェに行ったり、土管に一緒に入ったりする仲なのに。肝心の連絡先は交換するのを忘れていた。
その場で、立ち止まり、お互いにスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて、風見先輩と連絡先を交換する。
「風見……はゆき?」
風見先輩の名前の欄には「風見葉雪」の文字が並んでいた。
「うん。わたしの名前!」
「し、知らなかったです」
心の声が漏れてしまった。
風見先輩からじっと見つめられる。
「そうだったんだ♪」
「知る機会なかったですから……」
「怒ってないよ! でも、わたしは和央ちゃんの名字きちんとわかってるからね。松島だもんね?」
「はい」
1-Aの教室で、風見先輩が初めて私の名前を呼んだ時、フルネームだったことを思い出した。
「和央ちゃん。いつも風見先輩って呼んでるもんね」
「だって、風見先輩は風見先輩じゃないですか!」
「ふふっ。そうだね。でも一度くらいは、"葉雪"って呼ばれたいかも」
「ええっ!」
「……ねぇ。駄目?」
風見先輩は少し前屈みになり、上目遣いでねだるように言った。剥き出しの鎖骨に目を奪われてしまう。
「は、は、葉雪」
緊張しながらも何とか言えた。
「うんうん。和央ちゃーん♪」
犬の頭を撫でるみたいにワシワシとされた。これじゃあペットみたい。
「か、からかわないでください!」
「本気なんだけど? さっ。そろそろ時間だから行こうか♪」
風見先輩が前方を指さして、一歩前へ出た。
……そうだった。私たちは今からホテルに向かうところだった。急にワンピース姿の自分に心許なさを感じて、内股になった。
そんな場所、初めて行くよ。少しだけ怖いけど、風見先輩と一緒なら……平気な気がした。




