第27話 デートでしょ?
◇
待ちに待った土曜日。私は朝6時に目を覚ましてしまった。まるで遠足を待ち侘びている子どものようだった。実はというと、昨日もあまり眠れなかった。
風見先輩と土管で別れたあの日から、今日まで一切会っていなかった。
リビングに顔を出したら、お母さんがキッチンに立っていた。エプロンをつけて、漬物を作っていた。
「おはよう。和央。眠そうだね。まだベッドにいたら?」
「ううん。いい」
冷蔵庫を開けて、牛乳を取ってコップに注ぐ。
喉を鳴らすようにして、一気飲みをした。
「私、今日、出かけるから」
「あら。みなみちゃんと? あんた達本当に仲良いわね」
お母さんは、私にみなみちゃんしか友達がいないように思っている。心外だ。事実だから何も言い返せないんだけど。
私はあえて否定も肯定もしなかった。
お母さんは鼻歌をうたいながら、きゅうりを揉む手に力が加わっていた。
「和央?」
「へっ?」
「ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「うわぁ!」
私の目の前に壁があった。風見先輩のことを考えていたら、現実が見えなくなっていた。お母さんに言われるまで、障害物があることに気づかなかった。
「気をつけなさいよ」
「う、うん」
「——っていうか、和央。みなみちゃんと遊ぶんじゃないでしょ?」
思わずお母さんの顔を見た。口の端を上げて、したり顔をしている。
「なんでわかったのっていう顔してるわね。長年の勘よ! デートでしょ?」
「……」
お母さんは両手を使って本腰できゅうりを揉んでいた。ぎゅっぎゅっという音が私たちの間に気まずそうに広がった。
「和央はわかりやすいからね」
「デートじゃないよ……」
きっと、多分。
自分でも自信なさげな声に聞こえた。
「はいはい」
お母さんは揉み込んだ漬物の袋の空気を抜いていた。その後、冷蔵庫に入れてから、手を洗う。
何か突っ込まれるかと思ったら、そのままリビングから出ていってしまった。……さすがバツ3の母だ。肝が据わっている。
「……和央、デートなん?」
「うわっ。びっくりしたー! お兄ちゃんいたの!?!?」
声のした方を見ると、ソファーに寝そべっている友央の姿があった。寝癖がついていて、体には簡易的な毛布が被せられていた。
きっと夜遅くに家に帰ってきて、自分の部屋に戻らず、ここで寝てしまったのだろう。毛布をかけたのはきっとお母さんだ。
「なぁ。彼氏できたん?」
「できてないよ! 盗み聞きしないでよ!」
「っていうか、二人が話す声で起きたんだけど……」
友央がソファーから起き上がった。ボリボリと背中をかきながら、私の方をじっと見ている。
あらためて友央を見ると、私と似ていると心から思った。さすが同じ遺伝子。目も鼻も口もそっくりだ。瓜二つというやつかもしれない。双子と言われてもおかしくない。
「変な男には引っかかるなよ」
「どっちが! お兄ちゃんだって、前つつもたせみたいな人と付き合ってたじゃん」
「おーい! 傷は癒えてないんだからさ。えぐるなよ」
友央は大学に入ってすぐ、美人な彼女ができていた。写真を見せてもらって驚いた。本当に芸能人のようだったからだ。正直、お兄ちゃんなんかにもったいないと思ったものだ。
しかし後に、お金目当てで付き合っていたことがわかった。案の定、お兄ちゃんは結構貢いでいたようだった。結局、別れて、今は男友達と騒いでいる方が楽しいと言っていた。
「彼氏の写真あるなら見せて」
「だからいないって!」
「嘘つくなよ。顔がニヤニヤしていて、どっからどう見ても、恋したての乙女って感じだけど」
「ええっ!?」
自分の顔をペタペタと触ってみたけどわからなかった。スマホのカメラを起動させて自分を映してみるけど、特ににやけている様子はない。
友央は吹き出した。
「わかりやすいなー。そんなんしたら、彼氏がいるって言っているようなもんじゃん」
「うるさい……」
今の行動って、よくなかったんだ。反省。
安易な行動は取らないように気をつけないと。
っていうかお兄ちゃんの反応がウザい!
私はため息をついた後、リビングから出ようとした。
「ちょ、待てよ」
「どこかの俳優みたいな返ししないでよ!」
「……。俺らの家系はさ、異性運が悪いって知ってる?」
友央は唐突に言った。
「何それ」
興味深そうな話題だったので、私は完全に足が止まってしまった。
「お母さんってさ、バツ3じゃん?」
「うん。この前、富永さんと別れたばかりだよね」
お母さんは、ああ見えて3回の結婚経験があるからビビる。そして3回とも別れているのもビビる。
「この前の離婚の原因は、富永さんの浮気だったじゃん? その前の理由はモラハラ。1番初めの——俺らの本当のお父さんはギャンブル癖がヤバかったし」
「うん。そうだったね。あらためて言葉にすると悲しくなるものがあるね」
「だけどさ、お母さん自身が原因ってことはないじゃん? まぁ。二人にしかわからない何かがあったのかもしれないけど。今はそういうのは置いておくけど。お母さんはむしろダメ男を引き寄せているイメージがあると俺は言いたい」
「確かに」
友央に言われてみると確かにそうだと思えた。
お母さんのパートナーも第一印象が良くても、一緒に住むほど「ん?」と感じる違和感を覚えていったのも事実だ。
「俺も付き合った女の子とは、悲惨な別れ方をすることが多いしさー」
私が知る限り、お兄ちゃんは浮気癖がある子と付き合うことが多かった。
「だからさ心配なんだよな。和央が変な男に騙されていないかとか。第一、わかりやすすぎるじゃん? つけ込まれて、良いようにされそう」
「……」
私は俯いた。自分のつま先が目に入り、親指をウニョウニョと動かしてみた。なんだか変な生き物のように見えた。
そういえば風見先輩との出会いも、サトシくんに似ているからという理由だったなぁ。これも隙につけ込まれたことになるのかな?




