第26話 ホテルに行く約束
「きゃあ!」
「わぁ!」
「か、風見先輩、濡れちゃう! 早く土管から出ましょう!」
私たちは、いそいそと左方向に進んで土管から出た。缶ジュースの中身は残り少なかったので、大きな被害はなかった。
日が傾いてだいぶ暗くなりかけている。遠くの方ではカラスが呑気に鳴く声がした。
「……」
「……」
髪は乱れていて、制服もシワが寄っていた。まるで事後のようだった。
二人で空き地に取り残されたように、しばらく突っ立っていた。
「……風見先輩すいません。私がしっかりしていないだけに。土管の中も、めちゃくちゃにしちゃって。明日まで乾いているかどうか」
「いや、大丈夫だよ! 和央ちゃん。土管の中、狭かったでしょ。むしろ、一緒に入ってくれてありがとうね」
風見先輩が優しく笑ってくれたからホッとした。
先ほどまで深いキスをしていたとは思えないような雰囲気だった。
「あっ。そういえば」
私は一つ思い至ったことがあった。
「どうしたの?」
「今まで風見先輩とは、ヒロ5であった展開をなぞってきたじゃないですか。ま、まぁ。今のキスは想定外とは言えますけど。ゴニョゴニョ」
「うん?」
「——風見先輩! サトシくんとじゅかちゃんがしたことは、さすがにしないですよね?」
二人は体の関係を持っていた。私と風見先輩は付き合ってもいないのに、最後の一線を越えることは厳しいなと思った。
「……うん」
ほら、やっぱり。心の中で私は安堵の声を漏らした。だけど、少し残念な自分もいた。……気がした。
「——だけど、和央ちゃんが良かったらさ、添い寝はしてみたいかも」
「ええっ!?」
「気持ち悪いかな? 駄目?」
確かに、サトシくんとじゅかちゃんはベッドの上にいた。
ある意味、添い寝はしていたとは言えるけど——。いや、言えるのか?
「お願い! お金はわたしが出すから!」
風見先輩が突然、頭を下げた。
「ちょっ。や、やめてくださいよ!」
お金というワードが出ると、一気に怪しい雰囲気が醸し出る。これって何の取引なの!?
「べ、別にいいですよ。添い寝くらい!」
私はついそんなことを言っていた。勢いに押し切られてしまっていた。
だって、ネットカフェで添い寝をするってことでしょ?
「本当!? やったー!!」
風見先輩は踊り出しそうなくらいウキウキしていた。そ、そんなに嬉しいのかな……。
「じゃあさ、今度の土曜日はどう? 空いてる?」
「はい。大丈夫ですよ」
平日じゃないのが意外だった。
「良かった。じゃあホテルに行こうよ!」
「えっ。ほ……!?」
「いけない。もうこんな時間だ。そろそろ帰らなくちゃ。和央ちゃん、ここから自分の家までの帰り方わかる?」
「あ……は、はい」
「良かった。今日はここで解散でいいかな? 気をつけて帰ってね!」
風見先輩が私の返答を聞くや否や、かけ出していってしまった。彼女は薄暗い夜に溶けて消えていった。
い、今、なんて言った!?
風見先輩。ホテルって言わなかった!?
ああいうところって大人のひとが行くんじゃないの!?
高校生でも行けるのかな!?
私の頭の中には、ピンクの映像が浮かんでいた。くらくらと、めまいがしそうになった。
もしかして、私、すごい約束をしちゃったんじゃないかな……。
足元がおぼつかない中、なんとか自宅に帰ることができた。頭の中は風見先輩でいっぱいだったのは言うまでもない。
◇
昨日は眠れなかった。遅刻寸前で学校についたら、下駄箱に手紙が入れられていることに気付いた。思わずキョロキョロと辺りを見回す。誰もいない。当然だ。
深呼吸をしてから手紙を取った。
それはルーズリーフを小さく切って四つ折りにしたものだった。なんで? 告白?
もしかして私の魅力に気づいた人がいるってこと!?
で、でも私には好きな人が……。
はやる気持ちを抑えながら、手紙を開いた。
1行目には『和央ちゃんへ』と書いてあった。
『土曜日の予定についてです。
T駅に11時30分まで来てください。
服装は、動きやすい格好がおすすめかも!
それじゃあ。楽しみに待ってるね。』
差出人が書いていなかった。だけど、誰が手紙を出したか私は本能的にわかってしまった。……風見先輩だ。
T駅は、学校から少し離れた場所にある駅だった。大きな駅であるのに、私はこれまで1回しか降りたことがない。
「直接言いに来ればいいのに、なんで手紙なの……」
わざわざ文章に表して私に伝えてきたことで"ガチ感"が上がった。
誰にも知られずに約束を実行しようとしているのかな。そんな秘めた空気感があった。
私は手紙をスカートのポケットの中にしまった。
きっと風見先輩は今日の放課後は1-Aの教室に来ない気がする。根拠はないけど、そんな予感がした。
「土曜日どうしよう。一応、なんらかの心構えはしていった方がいいよね……」
一人考え込んでみたものの、遅刻寸前だったことを思い出す。
いけない、いけない。
急いで外靴から上履きに履き替えた。
トントンとつま先をすのこに当てた時、私は少し大人びた気分になっていた。




