第22話 あんこ味のキス
「和央ちゃん、目をつぶって」
ヒロ5にはない、風見先輩のオリジナルのセリフだった。
魔法にかけられているみたいに、言われるがまま、まぶたを落とす。
真っ暗な世界だった。でも全然怖くない。
唇を引き結んだ先に、柔らかいものが触れた。
「んっ……」
甘い声を漏らした相手を確かめたくて、こっそり目を開けた。そこには正真正銘、風見先輩がいた。
彼女は今までで一番近い距離にいた。頭がクラクラした。
私は今、風見先輩とキスをしている。なんだか夢を見ているみたいだ。
「わぁ……」
みなみちゃんが感嘆の声を上げたのがわかった。表情は見えないけど、きっと今、とてつもなく恥ずかしがっていることだろう。
風見先輩とのキスは——長かった。しばらく唇同士が触れ合ったままだった。
彼女の匂いが今まで以上に色濃く感じた。私の匂いも深く風見先輩に伝わってしまっただろうか。
キスの終了を告げる合図は、みなみちゃんの強制的な力技だった。
私たちの肩をグイッと引き離す。
「い、いつまでそうしてるの!」
みなみちゃんの顔を見ると涙目だった。
「えへへっ。ごめんごめん」
風見先輩は涼しい顔をしていた。ただ乱れた前髪は手櫛で直していた。
私は力が抜けてしまい、ヘナヘナとコンクリートの上に倒れこんだ。
「和央ちゃん!?」
風見先輩に軽く揺さぶられた。触れ合う指に意識が集中するのはきっと仕方のないこと。
「わお、大丈夫?」
「う、うん……」
「やっぱり嫌だった?」
風見先輩が顔を覗き込んでくる。後ろに青空。今、一羽の鳥が優雅に飛んでいった。
「……最高でした」
「本当っ!?」
風見先輩が私の手を掴んで引き上げてくれた。そのまま地べたに座らせられて、やっと二人と同じ目線の高さになった。
「キスはあんこの味がしました」
「あはっ。さっきまで食べたあんぱんが原因だー」
「大人の階段を登れた気がします……」
風見先輩の顔を見るのも恥ずかしく、下ばかり向いていた。
そしたら、みなみちゃんが私の手を取った。
ギュッとシェイクハンドをしたかと思えば、指先同士が絡み合い、強制的に恋人繋ぎをさせられる。
「みなみちゃん!?」
「……」
彼女は私と目を合わせようとしない。
「どうしたの?」
「……知らない。あたしが教えて欲しいくらい」
みなみちゃんは繋いだ手に力を入れたり、弱めたりしている。にぎにぎ。
「……みなみちゃん?」
「なんか、ムカつく。わおだけ先に行かないでよ!」
「えっと」
空いた手でみなみちゃんの肩を触ろうとした。だけど、それは未遂に終わる。
——だって、みなみちゃんにキスをされたからだ。
気がついたら、唇が重なっていた。
えっ。
まばたきするごとに、自分の身に何が起こっているのか、はっきりと意識させられた。
「〜〜〜〜!」
みなみちゃんの髪が私の目に触れる。彼女は目をギューっとつぶっていた。
抗議の声を上げようと口を開いたら、ぬるっとしたものが中に入ってきた。
舌だと気づくまで時間がかかった。だって、私初めてなんだもん。
「みな……みちゃ……んっ」
言葉に出すほど、どうやら隙を作るようで、みなみちゃんはガンガン私を攻めてきた。
気づいたら両手とも恋人繋ぎをさせられていた。気持ちがいっぱいいっぱいで、体も自分じゃ支えられなくて、限界寸前だった。
「ストーーップ!!!」
風見先輩が私たちの肩を掴んで、強制的に引き離してくれた。
呼吸を整えるまで時間がかかった。
みなみちゃんは伏し目がちだけど力強い視線を私に向けてくる。
ごくりと唾を呑む。
……私、親友ともキスをしちゃったの??
「みなみちゃん、何やっているの?」
風見先輩が冷静な声で彼女に聞いた。
「何ってキスですけど」
「そういうことじゃなくて」
「和央ちゃんは、みなみちゃんの友達なんでしょ?」
「はい」
「友達って、そんなふかーいキスまでする仲のことを言うっけ?」
「はい」
みなみちゃんは明らかに不貞腐れていた。
普通、友達同士ではディープキスはしない。
彼女は、そんな一般常識こそ、しっかり身に付けていたはずだったのに。
「先輩だって、あやふやな関係なまま、わおにキスしたじゃないですか!」
「うっ。わたしは、和央ちゃんのことが好きだからいいの!」
「えー。あたしだって、わおのこと好きなんですけど!!!!」
目の前では、告白合戦が繰り広げられていた。これって、私をめぐって争っているってこと!?
そんな少女漫画みたいなことが起こっていいの!?
私が混乱している間に、二人の言い争いはますますヒートアップした。
「今、はっきりわかりました! あたしは風見先輩に、わおを取られたようでムカついているんです!」
「そうなの!?」
「はい! じゃなきゃ、こんな熱烈なキスしないです!」
みなみちゃんは胸に手を当てて、想いの丈をはっきりと口にしていた。
「ねぇ、わお!」
「は、はい!」
「——あたしと、風見先輩だったら、どっちを選ぶの?」
みなみちゃんがおかしなことを言った。
しかし、目を見たら、真剣に言っている気持ちが伝わってきた。
「そんな……」
急に言われても困る。
私はみなみちゃんと風見先輩に恋愛感情は持っていないはずだった。
二人だって、私のことを恋愛対象としては見ていないだろう。多分。
今ここで、どっちが大切であるかを決めるようなことを言わせるのはずるいと思った。
「決められないよ!」
というか、できない。
「ふーん。まぁ。わおだったらそう言うよね……」
意外にも、みなみちゃんは寛容に受け止めてくれた。
てっきり優柔不断な私を怒ると思ったから。
その代わりなのか、みなみちゃんは一つため息をついた。
「——わおが決められないなら仕方ないね。だけど、多分。今度から、わおと風見先輩が仲良くしてたら、邪魔したくなるほどのジェラシーは感じちゃうかも。そこんところよろしく!」
みなみちゃんは人差し指を私にビシッと向けた。
キーンコーンカーンコーン。ちょうど良いタイミングで予鈴が鳴った。だからか、決め台詞みたいでかっこいいなと思ってしまった。
「やばっ」
私たちは、お昼ご飯をまだ食べていなかった。周りを見たら、もう誰もいなかった。
お腹は空いていたので、急いで食べながら、教室まで戻ることにした。
中へ続く扉を開けて、階段を降りる時、
「和央ちゃん!」
と、風見先輩から呼び止められた。
「なんですか?」
くるりと振り向くと、クリームパンが宙を舞った。
「わっ」
落とさないように、なんとかキャッチをした。
「——約束の品! あげる」
そうだった。私はクリームパンと引き換えに風見先輩とキスをしたことになっていたんだった。そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。
でも風見先輩からのプレゼントだったら、なんでも嬉しかった。きっともったいなくて食べられそうにないかも。
「……むっ。わお、早く行くよ!」
グイッと制服の裾を、みなみちゃんから掴まれる。
「わっ。ちょっ。そんなに引っ張らないでよ!」
「先輩。あたしたち一階なので、それじゃ!」
「う、うん」
風見先輩とみなみちゃんの視線が一度だけかち合った。その後、お互いにぷいと逸らした。
私とみなみちゃんは急いで1-Aの教室に向かった。
ご飯をかき込みながら廊下を走る。これって、令和の二宮金次郎じゃない?
「わお、ご飯粒ついてるよ」
「えっ。どこ?」
「ここ」
みなみちゃんは私の頬を触って、器用にご飯粒を取って見せた。漫画とかだったら、そのまま口に入れる流れが鉄則だけど、彼女は私の手に付けた。な、何それ!
だけど、みなみちゃんとキスをしたことで、なんとなくすこーし雰囲気が変わった。より強い絆みたいなものが生まれた気がする。気のせいかな。
事故チューとは違うマジチューってやつだけど、風見先輩とした方がドキドキしたのは、みなみちゃんには内緒だ。
こんなすぐ、二人の女の子とキスした経験がある人って、日本にどのくらいいるんだろう。私だけかな。なんて自惚れたことを考えてみる。




