第21話 わたしは和央ちゃんみたいな、彼女なら欲しいかな
「いない! いない!」
「へぇ。意外ですね。かっこいい彼氏が既にいるかと思ってましたよー」
「そう? だったら、和央ちゃんにサトシくんのフリなんてしてもらわないよー」
「ふーん。じゃあ、彼氏ができたら、わおを解放してくれるってことですか?」
みなみちゃんがお弁当箱の包みをゆっくりと開けながら言った。
「えっ? うーん……」
風見先輩は、悩むように口をへの字にしている。
「想像してみたけど、和央ちゃんが私の側から離れるの……すっごく嫌かも。だったら、わたし彼氏なんていらない!」
「先輩……」
風見先輩の一言に柄にもなくキュンとしてしまった。なんだか、告白を受けたような気分だった。
みなみちゃんは、唇を尖らせていた。
お昼ご飯は、黙々と3人で食べた。
みなみちゃんと私はお弁当。風見先輩はアンパンとクリームパンを食べるというように、出来合いのものだったから、栄養バランスが崩れていないかが気になった。
だけど、パックジュースをよく見てみると、"野菜味"と書いてあったから、ホッとした。しっかりカロテンは摂取しているんだ。
「——私も今は彼氏はいらないかなぁ」
過ぎた話題を掘り起こしてみた。
「わおには聞いてないよー」
みなみちゃんが意地悪そうに言った。ちぇっ! 別にいいじゃん。
「じゃあさ、彼女ならどう?」
風見先輩が静かに口を挟んだ。
「か、彼女?」
「うん」
風見先輩があんぱんを一口かじる。一体、どういう意図があるんだろう。
じーっと見ても、先輩の本音はわからなかった。黙々と食べているから、本当に何気なく聞いたようにも見える。
「…………うーん。わからないです」
私の本心だった。
「わお、彼氏は欲しくないってすぐに言えたのにね」
「うぐぅ」
みなみちゃんは痛いところをついてくる。
「ふふっ」
風見先輩は優しく微笑んだ。
「——わたしは和央ちゃんみたいな、彼女なら欲しいかな」
「ええっ!?」
聞き捨てならないセリフが耳に入った。
前のめりになったせいで、私の箸が地面にコロコロと転がった。すぐに拾ったら、箸の先っぽに砂がついていた。これじゃワッフル屋さんの二の舞だ!
「風見先輩、今のってどういう意味ですか?」
だけど、気にしている暇なんてなかった。
私は、風見先輩の真意が心から知りたかった。
「そのままの意味だよ」
「わ、私と付き合ってもいいってことですか?」
「うん!」
クラクラするような甘美な響きだった。
私は誰もが羨むような先輩から、熱烈アプローチを受けている。
いや、受けさせている?
みなみちゃんは、訝しげな目をしながら、私たちを交互に見つめた。
「和央ちゃんは、サトシくんと似ているから、是非とも付き合ってみたい!」
「あっ……」
そういうことか。ジェットコースターのように私の気持ちは急降下する。
嬉しいけど複雑。
今の私の気持ちを表す日本語って果たしてあるのだろうか?
「——風見先輩が友達がいない理由が本当にわかった気がします」
「み、みなみちゃん!?」
親友の彼女が、はっきりと言葉に表した。
風見先輩は困ったような顔をして、あんぱんを食べる手を止めた。
「風見先輩は、わお自身を見ていないんですよね」
「……」
「都合のいいおもちゃだと思っていないですか?」
「……」
「なんとか言ってくださいよ!」
「ちょっと。みなみちゃん!」
みなみちゃんは、風見先輩を圧倒的に詰めていた。お弁当も手付かずじまいだ。
「わおも、ムカつかないの? アニメのキャラクターに投影されているんだよ?」
「ムカつかないよ! だって、そういうきっかけがないと、風見先輩が私なんかに好意を持ってくれなかったと思うから!」
「わお……」
「だからさ、むしろ、ラッキーなんじゃない?」
そうだ。
みんなが振り向くような風見先輩が、なんの取り柄もない私を好きになるなんて普通あり得ないことなのだ。
偶然サトシくんに似ていたことが、元々の運命を大きく変えてしまった。
「和央ちゃん」
風見先輩が私を真正面からじっと見た。
「な、なんですか?」
30秒以上はそうしていただろうか。
さすがの私も照れてしまい、ひとまず声をかけた。
「——なんか、キスしたいかも」
風見先輩が頬を赤らめて言った。時が止まった気がした。
「ええーーーーー!?」
みなみちゃんが雄叫びを上げている。私の心の叫びを代弁してくれているみたいだった。
えっ!? 何!?
どんな脈絡からそーなったの!?
頭が真っ白で、心臓だけ速く脈打っていた。
「……あっ。ヒロ5の4話でもそういうシーンありましたもんね」
昨日、風見先輩と見たアニメを思い出す。
エレンちゃんの照れた顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだけど、そういうんじゃなくて……」
「えっ?」
「和央ちゃん自身にしたいって思っちゃったかも」
風見先輩がジト目をして言った。
「……!!!!」
「クリームパンあげるから駄目?」
風見先輩が、手元にあった手付かずの菓子パンを差し出した。
ちょうど甘いものが食べたかったら、貰いたい——なんて、駄目駄目!
物につられるのは、今は、違うでしょ!
「いいですよ。キスしても」
みなみちゃんもいるし、断らないといけないことはわかっている。
だけど、口が自然とそう言っていた。
「ありがとう!」
風見先輩はお礼を言った後、クリームパンを床に置いた。そうして、私の両肩を優しく掴む。
みなみちゃんは顔を真っ赤にしている。辺りをキョロキョロ見渡すと、先ほどよりも人影が少なかった。
「ほ、本当にするの?」
か細い声を漏らしたのは、みなみちゃんだった。
「うん。わたし達を隠していてくれる?」
風見先輩はみなみちゃんに、壁役を頼んでいるようだった。
確かに、そこにみなみちゃんがいてくれたら、人目を遮ることができた。
実は私は、昨日の夜から心の準備ができていた。
本当はこうなることが頭の片隅でわかっていたのかもしれない。




