第2話 ネットカフェ
夢のような出来事だった。頭がぼーっとしている最中、気づいてしまう。私、はいしか言ってなくない?
これじゃ、緊張感丸出しだよ!
「わおー、いいなー。いつ、風見先輩と仲良くなったの?」
様子を見ていたみなみちゃんが、すかさず私の元へとやって来た。ポニーテールがご機嫌に揺れていた。
「仲良くも何も、今話したのが初めてだよ」
「あれー。そうなの? じゃあ、なんで、わおに会いに来たの?」
「わかんない」
私は下を向いた。
「えー。何か共通点とかないの?」
「考えてみたけど、ないかも」
「えー。おかしなこともあるもんだねー」
「うん。だから、びっくりした」
「だけどさー。風見先輩、わおのこと、好きそうに見えたねー。もしかして、一目惚れされたのかもよ?」
みなみちゃんは、口元を緩ませて、ぷぷぷと笑った。
ひ、一目惚れ!?
「そんなわけないよ!」
思いがけず大きな声が出てしまった。みなみちゃんがキョトンとした顔をした。
「冗談だって、冗談! だって、風見先輩って、もっと悪そうな人を好きに見えるんだもん。例えるなら、グラサンをかけてヒゲが生えているようなヤンキー系? だから、"普通"で女の子の、わおのことは、別にタイプじゃないと思う」
「そんなぁ」
みなみちゃんが的確な分析をした。確信が持てないけど、当たっているように思えて言い返せなかった。
そうなのだ。私は特にこれといった特技もない。普通の高校1年生だ。クラスでも目立つ方ではない。
そんな私が、キラキラ女子の風見先輩に誘われる道理がなかった。楽しみだとは思うけど、今は不安な気持ちの方が勝っていた。勢いでOKしちゃったけど、果たしてこのまま行って大丈夫なのだろうか。
「まぁ。わおはさ、あたしといる方が、お似合いってやつなのかもねー。ひひっ。でも、面白そうだからさ。明日何があったか一番に教えてよ」
「う、うん」
みなみちゃんは明らかに楽しんでいる。グイッと私の肩を抱いて、一緒に揺れた。
蚊帳の外にいるからこそ、面白がっていられるのかも。
でも、彼女の気楽さが逆に心強かった。
その時、チャイムが鳴った。朝のホームルームが始まる。だけど、きっと私は上の空だろう。
自分の席について、早速頬杖をついた。頭に浮かぶのは、やっぱり風見先輩のことばかりだった。
◇
「すいません。お待たせしました!」
「あはは。SHR長引いてたねー。和央ちゃんのせいじゃないってー。じゃあさ、行こっか」
1-Aの帰りのホームルームが終わる間、風見先輩は一人、廊下の前で待っていてくれた。一瞬、廊下側に座っているクラスメートがざわついた瞬間があった。なんだろうと思ったら、後に風見先輩がいたことがわかった。
真っ直ぐ背筋を伸ばした姿は、可憐な一輪の花のようだった。赤い薔薇か、さしずめ白いマーガレットのよう。
デートで彼女を待たせているような、淡いときめきと、申し訳なさがあった。
風見先輩は、人の良さそうな笑みを浮かべる。かわいい。
隣に並んで廊下を歩くと、いつもと景色が違って見えた。同級生の熱い視線を感じる。二度見してくる女子もいた。
だけど、私を見ているというよりは、みんな風見先輩に注目しているって感じだ。
「和央ちゃんはさ、狭いところって苦手?」
「いえ。苦手ではないです」
風見先輩がおかしな質問をした。狭いところ? 例えばどこだろう。パッと頭に浮かんだのは個室のトイレだ。
みなみちゃんが学校を休んだ時、私は他に友達もいないから一人になる。そんな時、個室のトイレが安心安全な場所になる。昼休みとか、人目を気にせず、眠れるからいいんだよね!
私たちは、そのまま学校を出た。風見先輩は目的地を告げることはしない。てくてくと駅前へと続く道を二人で歩き続けた。
風見先輩が連れていったのは個室トイレではなく、なんとネットカフェだった。オレンジと黒がマッチした看板が眩しかった。「コミック」「インターネット」「カラオケ」の文字が目に入る。
えっと。風見先輩。どういうこと?
私の頭の中は、「?」マークでいっぱいだった。
「ここはわたしがお金出すからね! 和央ちゃんは気にしないで全力でついて来てね!」
「はい」
そう答えることしかできなかった。
風見先輩は道中、何も詳しいことは喋らなかった。当たり障りのない会話を繰り広げるだけ。何も掴めなかった。
私が核心に触れようとすると、「来てくれたらわかるから」と一点張り。
他にした会話といえば、名前呼びについてだった。風見先輩に、「もう呼んじゃってて、ごめんだけど、和央ちゃんって呼んでいい?」なんて言われたら、「うん」としか答えられなかった。「やったー」と目を細めて笑う彼女の姿がかわいかった。
立ち話もなんだからと、私たちはネットカフェに入った。風見先輩が慣れた手つきで手続きを進める。
ネットカフェって初めて来た。ほのかに薄暗い店内を見て、大丈夫かなと少し心配になった。
「和央ちゃん、ソファとペアフラットの席だったら、どっちがいい?」
風見先輩が何気なく私に聞いた。
「えっ!?」
どういうこと? 違いってあるの?
全然何もかもわからなかった。
「——お任せで」
聞き返すのも野暮な気がして、精一杯格好をつけて答えた。効果音を付けるなら、キリッが合っていることだろう。
「OK! じゃあ、足伸ばしたいからフラット席にするね〜」
フラットになっちゃった。確か日本語で平らとかの意味があるんだよね。
何それ!?
今いるここも平らなんだけど。圧倒的にちんぷんかんぷんだった。
どうやら受付が終わったようで、風見先輩は私を手招いた。引き寄せられるように、彼女についていく。
……これは甘い罠じゃないよね? 大丈夫だよね?




