第19話 風見先輩とキスするのは多分、私は別に嫌じゃない。
「わたし、一つ配慮というものを覚えましてね」
突然、風見先輩が言った。
「配慮?」
「うん。先輩が毎日毎日、後輩に会いに行くのは、あまりよろしくないものと思いましてね」
言葉遣いが辿々しかった。
「それで一週間、我慢してみたの」
「……だから、会いに来てくれなかったんですか?」
「うん。そういうことになるね!」
「バカ……」
「えっ!?」
「風見先輩のバカ!」
「なんで、そんなことを言うの!」
風見先輩はうろたえているように思えた。
「勝手に、配慮しないでください! いつも通り会いに来てくださいよ! そして、ネットカフェに連れて行ってください!」
「……いいの?」
「はい。もちろんです!」
私が勢いよく言うと、風見先輩は顎に手をやって、考える素振りをした。
指先が細くて、華奢だと思った。
「うーん。最初から和央ちゃんに聞けば良かったね」
「そうですよ!」
「今日も一緒にネットカフェに行っていいってことだよね?」
「はい」
「よっしゃ♪」
風見先輩は私の手をおもむろに取った。突然のことに、頭が追いつかなかった。
「じゃあ、行こう!」
風見先輩は廊下をぐんぐん進んでいく。男女のグループとすれ違った時、ヒューと口笛を鳴らされた。昭和か!
私、手汗やばくないかな。風見先輩は平気でこんなことできちゃうなんてずるいな。
そういえば恋人同士に見えてないかな? なんて、ぐるぐる思考にさいなまれた。
風見先輩は昇降口で一度、私の手を離した。しかし、靴を履き替えたら、また握ってきた。
結局、ネットカフェに着くまで、そのままだった。道中はサトシくんのワードは一度も出なかった。
◇
「残念。この前と同じブースは取れなかったね」
「はい。でも、ソファ席も悪くないと思います!」
ドリンクバーで各自好きな飲み物を手に取り、さっそく個室に入った。
ソファ席は、フラットシートと比べると膝を曲げられるのが特徴的だ。人によっては、こっちの方が座っていて楽だったりするのかな。
相変わらず、風見先輩との距離は近いと感じるけども。
「和央ちゃんって、ヒロ5は2話まで観たんだっけ?」
「あっ。実は3話まで見ました!」
「えっ。本当?」
「はい。家族で契約しているサブスクに、ヒロ5が入っていたので勝手に見ちゃいました」
「そうだったんだ。自発的に観てくれて嬉しいな〜」
風見先輩はコーラを一口飲んだ。今日はリアルゴールドじゃないんだ。
なんだか、いつもよりも、ご満悦だ。
「じゃあ、和央ちゃんとわざわざネットカフェに来なくてもいいってことになるのかなぁ」
「……そんなこと言わないでくださいよ!」
それは嫌だった。
私は風見先輩のスカートの裾を掴んでいた。急なお別れ宣言に驚いてしまったから。
「違うよ。もし、家で観てくれるなら、ネットカフェ以外の場所でも会えるかなぁと思ったの」
「なるほど。それいいですね! 薄暗いところじゃなくて、太陽の下で風見先輩と堂々と歩いてみたいです」
「なんかそれ、怪しい関係の彼女が言うセリフに聞こえるよ?」
風見先輩はくすくすと笑った。私は照れながら、彼女のスカートから手を離した。
風見先輩とは、一通り雑談をした後、ヒロ5の4話を見ることにした。いつも以上に楽しみだ。
私が再生ボタンを押そうとしたら、
「ちょっと待って」
と、風見先輩に止められてしまった。
ヘッドホンも2個用意して、おやつのソフトクリームもしっかりスタンバイさせた矢先の出来事だった。
「なにか?」
「……いや、なんでもない。続けて良いよ」
変な先輩。
私は言われるがままに再生ボタンを押した。
今日もサトシくんは大活躍だ。普通なのに努力家。風見先輩が私と似ていると言うから、より一層感情移入をして見ることができた。
ヒロ5の4話は転校生の謎の美少女にスポットライトが当たる回だった。名前は、氷兎エレン。白髪でショートカットの女の子。ミステリアスで口数が少なく、何を考えているかわからないヒロインだ。
サトシくんがトゥインクル学院に転校してきた、その一週間後に転校してきたという、とんでも設定の女の子だ。彼とは同じクラスになる。
二人は"転校生"という共通点から自然と仲を縮めていく。屋上で一緒にお弁当を食べていた矢先の出来事だった。
『ねぇ、サトシ。私、キスっていうものをしてみたいの』
『えっ。ええっ!?』
『お弁当の卵焼きあげるから、いいでしょ?』
『氷兎さん!?』
『同じ転校生のよしみとして……お願い』
エレンちゃんがサトシくんに迫り——なんとキスをした。ほっぺにじゃなくて、しっかり口と口でだ!
ぽわわんという可愛らしい効果音も入っていた。
『んっ……んん』
ウブなサトシくんはされるがままだった。
エレンちゃんは彼のほっぺたを両手でがっちりホールドして離さない。そんな良い場面でエンディング曲が流れて、4話が終わった。
「……」
私は何も言えなかった。
「あーあ。キスしちゃったね」
風見先輩はあっけらかんとしていた。
「ちょっと妬けちゃうなー」
「……」
「あれ? 和央ちゃん?」
風見先輩が私の肩をツンツンとつついた。
「ま、ま、ま、まだ4話ですよね!? 展開早くないですか!?!?」
「わっ。和央ちゃん! 声大きい。しー!」
「す、すいません」
まさか今日、サトシくんがヒロインの女の子とキスするなんて思わなかった。
エレンちゃん、すごく大胆だった。ミステリアスのヒロインって、かわいく迫れるから、ある意味一番最強キャラなのかも。
っていうか……。
今までサトシくんとヒロインのやり取りを、風見先輩と模倣してきたから、もしかして、今回のキスも、す、するってこと!?
ヒロ5の4話を見る前、風見先輩が気まずそうにしていたのを今さらながら思い出した。
「和央ちゃん……」
「か、風見先輩?」
彼女が潤んだ瞳を向けた。私を捉えて離さない。
茶化すことも許されないような雰囲気だった。
そういえば最初、風見先輩は私とキスをしたいことについても言及していた。
さすがに後輩にそんなことはさせられないと言って、話は終わったけど。
だけど今は?
そして、私の気持ちは?
風見先輩とキスするのは多分、私は別に嫌じゃない。
心臓の音が速くなるのを感じた。
風見先輩の顔が少しだけ近づいた気がした。パソコンの画面はいつのまにか暗くなっていた。




