第11話 肩に顔をうずめる
「風見先輩!」
私はすぐさま駆けつけようとした。
「あの!!!」
そしたら、みなみちゃんも後を追ってくる。
「あっ。和央ちゃんの友達だね。さっきぶりだ♪」
風見先輩は知ってか知らずか、呑気そうに振る舞っている。
1-Aの廊下の前で、3人で顔を見合わせる形になった。
みなみちゃんは黙ったままだった。肩を上下させて、落ち着いて息を整えているように見えた。
「……風見先輩! わおをたぶらかすのはやめてください!」
「ええっ!?」
風見先輩は一歩後ろに引いた。
「この子、何も知らないウブな子なんですよ! ネットカフェの個室で、サトシとかいう男の代わりに、おちょくるのはやめてください!」
「うひゃー。言葉にされると恥ずかしーね」
風見先輩は、両手で頬を包んだ。顔が真っ赤だった。
「って、聞いてますか!?」
みなみちゃんの勢いは止まらない。
「もちろんだよ! えっと……名前は……」
「みなみ! 囲碁沢みなみと言います」
「そっか。みなみちゃんか♪ みなみちゃんに言語化してもらって、自分があらためて激ヤバ先輩なのを自覚させられちゃった」
風見先輩はペロッと舌を出した。絵になるようなかわいさだった。
「……わかればいいんですよ」
いいの!?
みなみちゃん風見先輩をうまく丸め込んでるし大物すぎる!
「和央ちゃん、かわいいからさ。昨日は、ちょっと暴走しちゃったかも。ごめん。迷惑だったよね……」
風見先輩は、しょんぼりと下を向いた。ブルーのピアスもきらりと光った。
「め、迷惑じゃないですよ!」
私はとっさに大きな声を出していた。
二人が食い入るようにこっちを見た。
「そりゃ、最初はびっくりしましたよ。サトシくんに似てるって何? 私女だよ? とか」
「うん」
風見先輩が優しい相槌を打つ。
「だけど、昨日一緒に過ごした時間は、そんなに悪いものでもないなーって思いました」
「つまり?」
風見先輩が、私の曖昧に濁した言葉を丁寧に拾い上げる。
「つまり……嫌な気持ちの反対! またネットカフェに行っても良いなと思いました!」
素直になれない私は、明後日の方向を見ながら、遠回しの言葉で、今の精一杯の気持ちを伝えた。
「和央ちゃん!」
風見先輩は嬉しそうだった。目がキラキラと輝いている。
「り、リアルゴールドも美味しかったし、ソフトクリームもまた食べたいし」
私は照れ隠しから、余計なことをつらつらと言った。
「……わおがそんなに言うならわかった」
みなみちゃんは、くるりと背中を向けた。
「先に約束してたのは、わおと風見先輩だしね。今日は、大人しく帰るよ」
「みなみちゃん……」
「でも、明日ワッフル食べに行くのはあたし! わお、付き合ってよね」
みなみちゃんは振り返り、とびきり良い笑顔を見せてくれた。
「うん!」
「じゃあねっ」
彼女は一度教室に入り、カバンを持って、そのまま昇降口に向かって行った。
廊下には、私と風見先輩だけが取り残された。
「みなみちゃんって良い子だね」
風見先輩が、しみじみと言った。
「そうなんですよ! 周りのことをよく見ていて、思いやりがある良い子なんですよ」
「でもさ、ちょっと嫉妬深そうだよね」
「えっ」
風見先輩、それってどういう意味と聞こうとしたら、話を遮られた。
「なんでもない! 早くネカフェに行こう!」
「あっ。待ってくださいよ!」
風見先輩は先に廊下を歩き出した。
私も慌てて教室から自分のカバンを持ってくる。
廊下はクーラーの効きが悪くて、少し動いただけで、汗が滲む。
だけど、風見先輩を追いかけているその時だけは、爽やかな気分になることができた。
◇
「早速、ヒロ5の2話を見ましょうか?」
「気を遣わないでいいよ。ちょっとゆっくりしようか」
風見先輩とネットカフェの個室ブースに入るや否や、私は彼女にアニメを見る提案をした。
だけど、断られてしまった。
偶然、昨日と同じ場所のブースが空いていたので、風見先輩はそこを選択した。私はどこでも良かったので、別に不満はなかった。
「よいしょー」
「……近いですよ」
風見先輩は、私をわざと壁際に追いやった。頬が木の仕切りに付いてしまいそうだった。
風見先輩はえへへと笑う。
「あー。癒されるぅー」
「先輩、ストレス溜まってるんですか?」
「うん。だって受験生だもん。昨日も夜遅くまで勉強、勉強だよー」
「偉いですね!」
「別に普通だよー。でも、和央ちゃんに褒められると嬉しいかもっ」
風見先輩はそう言って、私の肩にもたれかかった。
えっ。
私が戸惑っている間に、甘えるように肩に顔をうずめた。
突然のことに、どんな体勢で彼女を支えて良いかわからず、情けなく、手だけが空中に浮かんだままだった。
だけど、風見先輩は全然気にしている素振りはなかった。
「ねぇ。和央ちゃん。自分語りして良い?」
「はい」
風見先輩は少しの間の後、ゆっくりと話し始めた。
「わたしね、ヒロ5にハマったのは、受験の息抜きがきっかけだったんだ」
「そうだったんですか」
「うん。毎日教科書や参考書とにらめっこで、机に向かってばかりいたら、現実逃避もしたくなる」
「それは、わかります」
私は、風見先輩が家の机に向かって、勉強をしている姿を思い浮かべた。
勝手にメガネをかけて、髪を一つ結びにしている姿が脳裏をよぎった。
「そんな時に、動画サイトで『ヒロインが5人もいる!?』が目に入り、何気なく再生ボタンを押したのが沼にハマったきっかけ」
私は目の前にあるパソコンを見た。
薄暗いブースの中を、画面の光が明るく照らしてくれている。
「サトシくんがいてくれたから。夏期講習も乗り越えたんだ」
3年生は、8月の前半まで、ほぼ毎日夏期講習があったという話を聞いていた。
1年生はというと希望制を募っており、私はもちろん参加しなかった。
「お疲れ様です」
「ふふっ。ありがと〜」
私は思わず風見先輩の背中を優しく撫でた。細身であるのに、ほのかに肉付きが良くて、ドキッとした。骨ばった部分に手を取られて、なめらかに撫でることができない。
私たちは黙ったままだった。
風見先輩の静かな呼吸を繰り返す音だけが耳に届いた。




