第10話 わお、遊ばれてない?
「アニメの話はね、和央ちゃんとしているから、間に合っているんだ! えへへっ。だから、ごめんね」
風見先輩はかわいらしく男子たちの誘いを断った。
その愛嬌のある謝罪に、私含めて、皆キュンとたじろいでいる。しかし、みなみちゃんだけ真顔だった。
「ま、まぁ……。女子同士の仲には、俺たち男は入れないな」
「うん」
「風見さん、気が向いたらでいいからさ。また今度、アニメ雑談誘ってよ」
男子たちは、しぶしぶと教室の中に入っていった。
「——和央ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「その……先輩。手が、手……」
「えっ? あっ。ごめん! でも、まだ繋いでいようよ。せっかくの機会だしさ♪」
風見先輩は子どものように、手をぶんぶんと振った。相変わらず恋人繋ぎは続行されている。し、心臓がこそばゆい!!
「和央ちゃん、かっこよかったよ! 男子の先輩なのに怖くなかったの?」
「風見先輩が困っていたみたいだったので。気が付いたら、足が動いていました」
突然、風見先輩の手が私から離れた。
名残惜しい気持ちになりながらも、すぐに頭にポフっと置かれた。
「な、何してるんですか!」
「いい子だなーって思って。えへへっ」
幼児をあやすみたいに、撫で撫でされる。私、もう高1なんですけど!
「……ありがとうね」
風見先輩は、眩しいものを見つめるかのように目を細めた。まつ毛が長くて、きれいな顔立ちをしていると、あらためて思ってしまった。
まるで恋愛映画のワンシーンのようだった。
「なんかね」
「は、はい」
「サトシくんみたいだったよ」
「へっ?」
「昨日、一緒に見たヒロ5で、こういう展開あったじゃん? ヒロインの由夏ちゃんの気持ちが初めてわかったかも……」
確かに。アニメでそういうシーンがあった。
由夏先輩がヤンキーに絡まれていた時、サトシくんが、すったもんだありながらも助けていた。
……。
私が褒められているのに、サトシくん越しに見られている感覚には、まだ慣れなかった。悪い気はしないんだけどね!
その時、廊下に予鈴が響いた。廊下にいた生徒たちは、急いで各々の教室に戻ろうとしていた。
一組だけ階段を降りていく男女がいたから、きっとサボりだろう。
「いっけない。和央ちゃん。そして、お友達も。じゃあね!」
「はい!」
挨拶もそこそこに、私たちは風見先輩と別れた。理科室はすぐそこなので、遅刻せずに向かうことができそうだ。
「……わおと風見先輩。めっちゃラブラブだったね」
みなみちゃんが遠くを見て言う。教科書をギュッと抱きしめていた。
「もう。からわないでよ!」
「なーんか、妬けちゃったかも」
「えっ?」
「なんてね。冗談だよっ」
みなみちゃんはピースサインを作った。ひと足先に理科室に入り、自分の席に向かった。
一人取り残された私は、呆然とする。
なんか、みなみちゃんの様子、おかしかったかも。どうしたのかな。
でも、いつもあんな感じと言ったら、それはそうなんだけど。
私は風見先輩と手を繋いだ余韻が忘れられなくて、こっそりと右手を見た。
手汗、大丈夫だったかな。なんて、過ぎたことをちょっとだけ悔やんだ。
◇
担任の海老名先生の『学生たるもの健全にあそべ』のありがたい話で締めくくられて、帰りのホームルームが終わった。先生は連絡事項の途中で話が脱線して、最後は哲学的な話で終わらせることがよくあった。
1-A前の廊下を見てみるが、風見先輩はまだ来ていなかった。
ホームルームが長引いているのかな。もしかして、私から迎えに行ったほうがいいのかななんて、あれこれ考える。
「わおー! 駅前に美味しいワッフル屋さんができたんだって。ピーちゃんが言ってた。今日、一緒に行かない?」
みなみちゃんが、前方向から駆けてきた。彼女は甘いものが好きなのだ。いつも以上にテンションが高かった。
ちなみにピーちゃんとは、みなみちゃんの隣のクラスの友達だ。ツインテールが似合う女の子だ。ちなみに私とピーちゃんは友達ではない。
「ごめん。今日、風見先輩と約束があるんだ」
私は正直に打ち明けた。
「えっ! 今日も!?」
みなみちゃんが目を丸くする。ちょっと驚きすぎじゃない?
「うん。だから、ワッフルのお店は、えっと、明日行かない? ダメ?」
「べ、別にいいけど……」
みなみちゃんが俯いた。顔が暗いのが気になった。
「どうしたの?」
「ねぇ。わお、遊ばれてない?」
「ええっ!?」
「風見先輩って、なんでこんなにも、わおのことを構ってくれるの? だって、今まで面識もなかったんだよね?」
うん。そうだけども。
みなみちゃんが不思議がるのも無理はないかぁ。
「……あれ。さっき廊下で会った時に、風見先輩は、わおのこと、"アニメの話ができる相手"みたいなこと言ってたよね?」
今日のみなみちゃんはいつもに増して鋭かった。探偵のように勘が冴えている。
「そもそも、わおってアニメ好きだったっけ?」
「そんなに見るタイプではないけども」
「だよね! おかしい……。あやしい匂いがぷんぷんするんだけど」
みなみちゃんは私に顔を近づけてくる。目が怖かった。
「吐きなさい! あたしたち親友でしょ? 隠し事はなしだよ!」
「うぅ……。わかった。わかった! 言うよ」
観念した。
私は風見先輩との、これまでの経緯を、みなみちゃんにすべて話した。
風見先輩の好きなアニメの主人公(男)が、私に似ていること。
ネットカフェでアニメの1話を一緒に鑑賞したこと。
サトシくんにしてみたいことを、三次元の私にもしてみたい気持ちがあること。
などをすべて話した。
「はぁ? 何それ」
みなみちゃんの第一声は呆れていた。その後に、大きなため息をついた。
「えぇ! てっきり、みなみちゃんだったら、おもしろそーって乗っかってくれると思ったのに!」
「そりゃ。他のクラスメートとかの話だったら、そんなふうに言ってたかもね。でも、わおのことだもん。心配するよ」
みなみちゃんが真剣に言ってくれているのが伝わった。
嬉しいけど。でも……。
「ねぇ。わお! 風見先輩と今日、会うのやめなよ!」
「えっ」
「良いように扱われてるよ! 絶対! ヒートアップして、もっと過激なことをされるに決まってる!」
「そうかなぁ……」
「わお?」
みなみちゃんが首を傾げた。
「風見先輩はそんなんじゃないと思うなぁ」
「……」
「それにね。変かもしれないけど、別に嫌じゃないんだよ。私っておかしいかな?」
「……おかしいよ!!!」
みなみちゃんはバッサリ言った。彼女がこんなに声を荒げて怒っている姿を初めて見た。
教室に残ったクラスメートが、ちらちらこっちを見ていた。
「和央ちゃーん!」
ベストタイミングだ。
風見先輩が教室をひょっこりと覗いた。
栗色の髪がふわっと靡いて、まるでドラマのヒロインの登場のようだった。




