第1話 付き合ってくれない?
「ねぇ。松島和央って子いる?」
夏休みが終わってすぐのことだった。1-Aの教室の前で、私の名前を呼ぶ声がした。透き通るような高い声は、廊下で何度も耳にしたことがあった。素直じゃない私は聞こえないふりをした。クラスメートの男子一人が風見先輩に呼び止められて、恥ずかしそうに対応していた。
「わおー、なんか呼ばれてない?」
私の肩をトントンと叩いて、身を乗りだすのは、親友の囲碁沢みなみだ。好奇の目を私と、風見先輩に向けている。なんか口元がニヤニヤしているのは気のせいだろうか?
「うん」
覚悟を決めた私は、一人で教室の入り口に向かった。一歩ずつ進む足は、なんだか雲の上を歩いているみたいに浮遊感があった。
「はい。なんでしょうか?」
風見先輩の前に立った時、目を大きく見開かれた。何か言われるのかと思いきや、手で口元を覆い隠し、そのままだった。息を呑むような静寂があった。
男子生徒は空気を読み、私たちの前からいなくなった。
風見先輩の、魔性のような瞳を見ていると吸い込まれそうだった。両耳には青色のピアスをしていて、制服も着崩している。校則違反ギリギリのラインを攻めているのに、下品には見えない。むしろオシャレだ。
青嵐高校のインフルエンサーとして、下級生の女子生徒は、何人かこっそり真似することもあるかもしれない。実はいうと私も、風見先輩に憧れてライン入りソックスを履いていた。
そんなみんなの憧れの的の風見先輩が、1年の私の教室を訪ねてきた理由がわからなかった。部活が一緒というわけでもない。第一私は帰宅部だ。
バイト先が同じということでもない。私は学校が終わったら家に直帰している。できるだけ寝ていたいタイプで、いわゆる、ぐうたらだ。ちなみにバイトをした経験は一度もない。
風見先輩と私は何の縁もゆかりもない。悲しいけど正真正銘の他人だ。
だけど、一つ思い当たることがあった。
ここ最近、風見先輩と廊下ですれ違うことが増えたことだ。選択科目で音楽室に行く時や、購買に向かう時に、顔を合わせることが多かった。
1年と3年では、そもそも階が違うから中々会うことができないのに。
回数を重ねるほど、偶然じゃないのかもしれないと思うようにもなった。
風見先輩は友達といつも一緒にいた。すれ違うのも何回目か数えられなくなった時、目が合うようにもなった。きれいな先輩に見つめられると照れてしまう。目を逸らして、もう一度、こっそり見ようとしたら、バチっと視線がかみあった。私はきっと真っ赤になっていたことだろう。
そんな風見先輩が私の教室に来た。クラスメートの女子生徒数人が、何々と興味津々にこっちを見ていた。
「風見先輩だぁ」
ひそめき合う声も聞こえた。注目を浴びている。心臓の音がうるさくて仕方なかった。
風見先輩とは、廊下で何度もすれ違って、目があう仲。それ以上でもそれ以下でもない。
だけど、勘違いだろうか。今の彼女の視線には、熱がこもったような温度感があった。なんとなく見ているのではなく、しっかりとした意志を感じた。
「ねぇ。付き合ってくれない?」
「えっ。へっ。はぇ?」
変な声が出てしまった。風見先輩が私に愛の告白をした。
彼女から両手をギュッと握られた。あったかい。いや、熱いほどだ。心臓がさらに速い音を立てる。
「「キャーー!」」
後ろの女子たちが雄叫びを上げた。振り返って見てみると、女子二人が手を取り合って、輝く目を向けていた。
そんな。まさか。風見先輩が私のことを好き?
夢みたいなこと。あるわけない!
何もフラグなんて立っていないのに。こんな、ご褒美みたいな展開あっていいのだろうか!?
「ごめん。放課後のことだよ。放課後、わたしに付き合ってくれない?」
「あっ。はい!」
拍子抜けした。そ、そうだよね〜。愛の告白じゃないよね。うかうか勘違いしそうになるところだった。
後ろの女子たちも、「なーんだ」「そんな漫画みたいなことってないかー」と言っている。ガッカリさせちゃったかな。
だけど手! 風見先輩は、私の手をいまだに離そうとしない。
彼女の体温と、良い香りが私を包む。風見先輩は凛としているけど、ほのかに頬が赤い気がした。
「ありがとっ! じゃあ、放課後、迎えにくるから。待っててね〜」
「はいっ!」
元気よく返事をしたら、風見先輩が私の手を離した。ふりふりと手を振って、廊下の奥へと消えていった。はにかむ佇まいは、気品に満ち溢れていて、彼女が見えなくなるまで目で追ってしまっていた。




