第9話 光を追う者たち
翌朝、湖は不思議なほど静かだった。
風もなく、水面は鏡のように滑らか。
その奥に、昨日見た“光の糸”の残像がまだ残っている気がした。
「なあ、マルタ。昨日のあれ……糸だよな?」
「……うん。あれ、糸だよ。普通の光じゃない」
マルタの横顔は真剣だった。
彼女の瞳はいつもより淡い金色に光っている。
レンはその目に、一瞬だけ“何か”を感じた――胸の奥がざわつくような感覚。
「でも、俺たち以外には見えてなかった」
「うん。たぶん……見える人間、限られてる」
マルタは静かに呟いた。
レンは口を開きかけて、何かを飲み込む。
言葉にしたら、壊れてしまいそうな“予感”があった。
ふと、森の奥から足音がした。
振り返ると、白い衣をまとった少女が立っていた。
陽の光を受けて、髪が淡く輝く。
「……あなたたち、ここで釣りを?」
柔らかな声。
だがレンは、なぜか心臓が跳ねた。
見覚えがある。昨日の、あの“引き込まれるような光”。
「え、あ、ああ……。釣りっていうか、ちょっと、調べものを」
「調べもの?」
少女――リュシアが首を傾げる。
微笑みながらも、その瞳の奥では、何かを探っているようだった。
マルタが一歩前に出た。
「あなた、……どこから来たの?」
「旅の途中です。少し道に迷って……」
その言葉に、マルタは黙った。
けれど、心の中では警鐘が鳴っていた。
(この気配……人じゃない。けど、敵意もない……なに、これ)
レンは気づかぬまま、軽く笑った。
「だったら、一緒に見てく? 湖、ちょっと不思議なんだ」
リュシアは少し驚いたように目を見開き、
やがて静かに頷いた。
「……ええ、ぜひ」
その瞬間、彼女の指先から、かすかに“光の糸”が震えた。
レンには見えない。
マルタだけが、それを見て息を呑む。
(やっぱり――この人、あの糸の……!)
静寂の中、三人の視線が交錯する。
湖面は再び、淡い光を反射して揺れていた。




