第8話 天空会議
白銀の塔が、雲の上にそびえていた。
その高さは、地上のどんな山よりも高く。
そこに住む者たちは、誰もが“神族”と呼ばれている。
「……リュシア。失敗したそうだな」
硬質な声が響く。
声の主は、神族の執行官――ミラ。
長い白髪を後ろに束ね、冷たい灰色の瞳をしている。
リュシアは膝をついたまま、視線を落とした。
床に映る自分の影が、やけに小さく見える。
「申し訳ありません。標的は……光の糸に反応しましたが、
引き上げの途中で糸が途切れました」
「途切れた?」
ミラの眉がわずかに動く。
「はい。……まるで、何かに“切られた”ように」
その言葉に、議場の空気が一瞬だけざわめいた。
上層部の神々が互いに視線を交わす。
「地上に、糸を切れる存在などいるはずがない」
「……例外があるとすれば、“混血”か」
その言葉に、リュシアの胸が締め付けられる。
“混血”――神と人の間に生まれた、忌み子。
地上でも天空でも居場所を持たない存在。
ミラは冷たく言い放った。
「報告は以上だ。お前の任務は継続する。次の標的は――同じ個体だ」
「……同じ?」
「失敗は許されない。今回逃した“少年”を、確実に釣り上げろ。
我々の計画に支障を出すな」
リュシアの唇が、かすかに震えた。
あの少年。
湖のほとりで、必死に竿を握り締めていた少年の顔が、脳裏に浮かぶ。
光の糸に気づいたような――あの、不思議な目をした子。
「……了解しました」
声が震えないように、必死で抑える。
ミラが去り、会議室に静寂が戻る。
リュシアはゆっくりと立ち上がった。
窓の外には、雲海とその向こうの青空が広がっている。
「……どうして、あの子だけ……」
呟きは誰にも届かない。
けれど、その声には確かな“慈悲”が宿っていた。
それは空の都において、最も禁じられた感情だった。




