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神釣り ―天を裂く糸―  作者: おかゆフィッシング


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第7話 光の香り

あの日から、空が少しだけ違って見える。

 雲の切れ間に差す光が、妙に生々しい。

 まるで誰かがそこから釣り糸を垂らして、自分を見ているみたいで――。


 レンは釣り竿を握り直し、湖面を見つめた。

 昨日の“あれ”が夢じゃないことを、確かめたくて。

 けれど、水は穏やかに風を映しているだけだった。


 その時。


 「また釣り? 本当に好きだねぇ」


 背後から軽い声が飛んできた。

 マルタだ。


 腰まで伸びた薄栗色の髪を風になびかせ、

 彼女はレンのすぐ後ろまで歩いてくる。

 瞳の奥に不思議な落ち着きがあった。


 「好きっていうか……釣りしてないと落ち着かないんだ」

 「ふーん。釣れたらおばさん喜んでたもんね」


 レンは返事をしなかった。

 言葉にすると、泣いてしまいそうで。


 マルタはしゃがみ込み、湖面を覗き込む。

 「……昨日、ここで光を見たんでしょ?」

 「え?」


 レンの手が止まった。

 マルタは目を細め、空を指さす。


 「この辺りの人は気づかないけど、私……たまに見えるの。

  光の糸みたいなの。懐かしい匂いがして、空から落ちてくる」


 「それ……!」


 レンが思わず身を乗り出す。

 マルタの言葉が、胸の奥を撃ち抜いた。


 彼女も見えている――。

 あの夜、自分の目にだけ映ったと思っていた“光の糸”を。


 「……他の人には、見えないよな」

 「うん。村の人に言ったら笑われた。

  “空から釣り糸が落ちてくるわけない”ってさ」


 マルタは笑って言ったが、その笑みの奥には寂しさが滲んでいた。


 レンは空を見上げた。

 高く、遠く、届かない青。

 そのどこかに――“誰か”が糸を垂らしている。

 母を連れ去った、何者か。


 「もし、また見えたら教えてくれ」

 「いいけど……レン、何する気?」

 「今度は……釣り返す」


 湖面が風で揺れた。

 空を映した波の中、二人の影が重なって揺れる。


 マルタは一瞬だけ息を呑んだ。

 彼の目に宿った光が、ほんの少し怖かったから。

 けれど同時に――どこか惹かれていた。


 空から釣り糸を垂らす者と、空を釣り返そうとする者。

 その出会いが、この世界の“神隠し”の真実へと続いていくとは、

 まだ誰も知らなかった。


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