第21話 神糸の記憶
タイトル変えましたー!
神釣り!
覚えやすいでしょ?
よろしくお願いします!
――風の音が、やけに遠い。
視界は白く霞んでいて、まるで雲の中にいるようだった。
リュシアはゆっくりと目を開ける。
見慣れた光景。光と金属の構造物が織りなす天界の街、「エリュシオン」。
脚の下に浮かぶ透明な歩廊。
その下では、無数の光糸が縦横に走り、地上へと伸びている。
その一本一本が、地上の“魂”と繋がっている――そう教えられてきた。
(……夢? いいえ、これは……記憶)
風が頬を撫でる。
あの日、彼女は命令を受けた。
“地上の選定”――増えすぎた人間の中から、神々の糧となる魂を釣り上げる任務。
リュシアの指先には光の糸が結ばれていた。
それを操作すれば、下界の一点――水辺で動く人間の気配が感知される。
釣り上げる対象の“位置”も“抵抗の力”も、手元で分かる。
「リュシア。選定番号C-127、“沙耶”。命令通りに引き上げなさい」
背後から響くのは、上官アーゼルの低い声。
その瞳は、いつもと変わらず冷たい。
「……了解、しました」
指先を動かすと、光の糸が唸りを上げた。
抵抗を感じる。まるで生きた魚が暴れるような振動。
“これが人間”――そう教えられた通りの反応。
けれど、違った。
その感触には、明確な“恐怖”があった。
釣り上げられる瞬間、糸越しに伝わる心の叫び。
(いや……やめて……! 誰か!)
リュシアの手が震えた。
けれど、止めることは許されない。
アーゼルの視線が背に刺さる。
命令に従わなければ、彼女自身が罰せられる。
光が閃き、地上から一人の女性が浮かび上がる。
手に刺さった神糸が血を滴らせ、その瞳がリュシアを見た。
――その目を、彼女は一生忘れない。
「……助けて……息子が……!」
言葉が届くより先に、光が彼女を包み込んだ。
そして、消えた。
残ったのは、指先の感触と、血の温もりだけ。
(あれが……レンの母……)
(私が――釣った)
リュシアは膝をついた。
夢なのに、心臓が痛いほどに鼓動している。
過去の光景が、何度も何度も再生される。
「リュシア、ためらうな。これは神の選定だ」
アーゼルの声が響く。
彼女は唇を噛み、光の糸を握り締めた。
あの瞬間に、自分の“神”としての在り方は壊れたのだと分かっていた。
(私は……あの日から、何を信じてきた?)
光が消え、静寂が訪れる。
足元の雲がゆっくりと流れ、地上の景色が見えた。
そこに、あの少年――レンが立っている。
見上げるその瞳が、まっすぐに空を射抜いている。
(ごめんなさい……あなたの空は、私が壊した)
リュシアの頬に、一粒の涙が落ちる。
それが雲の上に消えると同時に、夢がほどけていく。
⸻
目を覚ますと、部屋の中は薄明るかった。
白の塔の地下施設、石の天井の隙間から微かな光が漏れている。
ベッドの傍らで、レンが寝息を立てていた。
彼の手が、無意識に空を掴もうとするように動く。
その仕草に、リュシアは一瞬、呼吸を止めた。
(もしまた空を見上げたとき、
あの糸を掴むことができたなら――)
彼は母を取り戻すのか。
それとも、私の罪を暴くのか。
リュシアはそっと彼の額に触れ、微笑んだ。
「……もう少しだけ、この夢のままで」
囁きながら、再び目を閉じた。
けれどその眠りは、もう二度と穏やかではなかった。




